運賃交渉すれば“村八分”にされる? 荷主を過剰に気遣う中小運送の社長たち、本当に守るべきは誰なのか?

運賃値上げの壁、田舎のしがらみ

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

「運賃交渉なんてできませんよ。やったら、私は“村八分”にされますから」

と、東北から関東への青果輸送を行っている運送会社の社長(A社長)の言葉に、筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)は驚いた。

この話は、2024年の夏前に聞いたものだ。世間話のつもりで「社長、運賃交渉はうまくいっていますか」と尋ねたところ、A社長はこう答えたのだ。

 驚いた筆者に、A社長は説明してくれた。荷主である農家は、仕事以前に地域の顔見知りであり、互いに懐事情を何となく察しているという。野菜の種や肥料などの価格も上がっており、農家も経営が苦しいと感じている。

「そんななかで、ウチだけ運賃を値上げしてみなさいよ。あっという間に“村八分”ですよ」

とA社長は嘆いた。

「それなら、手積み手卸しの解消なんて相談できないですか」と筆者が聞くと、A社長は苦々しげに答えた。

「農家は、高齢者ばかりですからね。あの人たちに『積み込みを手伝え』なんていえませんよ」

 A社長によると、「物流の2024年問題」を理解している協力的なJAの若手職員が積み込みを手伝ってくれることもあるそうだ。しかし、JAも人手不足なので、いつも手伝ってくれるわけではない。

「でも、A社長のところって、ドライバーの労働時間もコンプライアンス違反になっている状態ですよね。それに運賃の値上げもできず、ドライバーの給料も上げられないとなると、ドライバーが辞めてしまうんじゃないですか」

と筆者は聞いた。A社長はこう答えた。

「しょうがないですよ。むしろ、ドライバーが逃げ出して会社が経営できなくなり、廃業すれば、農家の人たちも納得してくれるんじゃないですか。それに、少なくとも“村八分”にされる心配はなくなります」

田舎のしがらみというのは、これほどまでに重いものなのだろうか。筆者には、ちょっと想像がつかない世界だった。

荷主を気遣うあまり交渉断念

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 A社長のケースほど極端ではないが、運賃交渉をためらう運送会社は確かに存在する。例えば、2020年に相談を受けたB社長の会社では、地方から関東方面への長距離輸送を行っていた。

「運賃の値上げはしたいんです。でも、ウチの荷主は中小企業ばかりで、原油高でみんな経営が苦しくなっているなか、うちだけ運賃を値上げするのは、さすがにいい出しづらいんですよ」

とB社長は語った。おそらくB社長は優しすぎる人なのだろう。

「荷主さんたちを気遣うことも大切だと思います。でも、まずB社長が気遣うべきなのは、あなたの会社のドライバーや従業員ではないでしょうか?『荷主さんを気遣っているので、物価高でも君たちの給料は据え置きます』とか、さらに極論ですが『荷主さんを気遣っていたら会社が倒産しました』っていわれても、従業員は納得できないですよね」

 B社長に限らず、荷主の状況を考慮しすぎて運賃交渉を行わない運送会社は意外と多い。

 国土交通省が2024年6月28日に発表した「『標準的運賃』に係る実態調査結果の公表」では、

「71%」

の運送会社が荷主に対して運賃交渉を行った一方で、残りの29%は交渉を行っていないという結果が出ている。運賃交渉を行わない理由として最も多かったのは「取引が切られることが怖い」(47%)で、次に多かったのは

「荷主の経営状況を考慮した」(27%)

という回答だ。つまり、運送会社が13社あれば、そのうち1社は荷主に気を使いすぎて運賃交渉を行っていないことになる。

接待費1000万円超、従業員の不満

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 C社長が経営する運送会社で30年以上働いているドライバーのD氏は、最近になってC社長に対して強い不満を感じ始めたという。

 この運送会社は、トラックを80台保有する中堅企業だ。物流業界外の人から見ると小さな会社に思えるかもしれないが、トラック保有台数が50台未満の運送会社が全体の93%を占める業界では、準大手にあたる。

 D氏は、C社長が毎日のように荷主と接待をしていることを知っていた。荷主は特定の1社で、この運送会社の仕事の9割以上がその取引先に依存していた。

 D氏は気さくなC社長を慕っており、C社長が誰よりも早く出勤する姿勢にも尊敬していた。しかし、たまに

「昨夜も呑みに行っててさ……ちょっと今朝はしんどいんだよね」

と弱音を吐くC社長に対して、D氏は「肝臓が弱っているんじゃないですか。接待もほどほどにしてくださいよ」とねぎらったこともあった。

 この運送会社も物流の2024年問題の影響を受け、残業ができなくなり、ドライバーの収入も減少した。D氏は運賃の値上げ交渉がうまくいっていないのではないかと感じ、長年勤めているベテラン事務員と雑談していた際に、この疑問を口にしたところ、驚くべき答えが返ってきた。

「実はね……C社長は荷主さんと呑みに行くたびに、『ウチも経営が苦しいんだよ』と逆に説得されて、値上げ交渉を諦めているんだって」

さらに、ベテラン事務員も、相当腹に据えかねていたのだろう。接待費用はいつもC社長が支払っており、その金額が

「年間1000万円」

を超えていると教えてくれた。

「私も、社長の苦労は何となくわかっているつもりでした。だから『接待も仕事なんだな』と思っていましたが……自分は散々飲み食いした揚げ句、逆に荷主に丸め込まれて、私たち従業員のことをないがしろにするなんて……何のための接待なんですかね」

D氏は、このような疑問を筆者のウェブサイトの問い合わせフォームを通じて送ってきた。

しがらみを超えた経営者の覚悟

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 人はひとりでは生きていけない。普通に生活していれば、多かれ少なかれ何らかの人間関係が生まれ、それにともなうしがらみも発生する。それは経営者にも当てはまる。

 B社長に筆者が伝えた通り、そしてD氏が不満に感じたように、

「荷主ではなく、まず従業員のことを考えるべきだ」

という意見は正論だろう。C社長の場合、人がよいことが裏目に出たのか、それとも単に気が弱く、交渉に向いていないだけなのか。それとも、従業員よりも荷主の気持ちを優先しているのか、そんな可能性も考えられる。

 だが、先に行われた国土交通省の運賃交渉調査によると、13人にひとりの運送会社社長が運賃交渉を行わないとされており、そのような社長にあたったドライバーや従業員にとっては、非常に迷惑な話だろう。

 繰り返しになるが、運送会社が経営を健全化するには、運賃値上げ交渉を避けることはできない。そして、企業にとって社長は最大の権力を持ち、従業員が幸せになるかどうかは

「社長の手腕」

次第だ。もし、社長が荷主や地域社会とのしがらみに縛られて運賃交渉に消極的であれば、それは大きな問題だ。

 ちなみに、本稿執筆にあたり、B社長と久しぶりに連絡を取った。荷主も苦しんでいるから、運賃交渉はしづらいといっていたB社長は、今ではこういっていた。

「今は、断られたら取引がなくなっても仕方ないという覚悟で運賃値上げ交渉を行い、結果も出ています。やはり、従業員のほうが大切ですから」

 しがらみという“呪縛”を乗り越え、社長としての優先順位を間違えないB社長のような経営者が増えることを、筆者は期待したい。

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