なぜ「通学定期券」はこんなに安いのか? 明治から続く教育政策、国の教育予算でカバーすべき?
学生優遇の謎
社会人になると、交通費は基本的に会社が支給してくれるため、通勤定期券の料金が高いとか安いとか、あまり気にすることはない。それでも、ふと通学定期券の金額と比べる機会があると、その大きな差に驚くこともあるだろう。
特にJRは通学定期券の割引率が高い。例えば、JR東日本管轄の東海道本線で藤沢駅から横浜駅まで通う場合を考えてみよう。ジョルダンの乗り換え案内で調べると、高校生の通学定期券は1か月7400円。ICの片道料金が418円で、往復だと836円になるから、
「9日」
ほどで元が取れる計算だ。さらに、中学生の場合は1か月5760円と、驚くほど安い。
一方で、通勤定期は1か月1万2540円だ。とはいえ、学生でも社会人でも、3か月や6か月の定期券を購入すれば、さらに割引率は高くなる。
筆者(古宮宗、フリーライター)は学生の頃、
「子どもだから」
「(フルでは)まだ働けないから」
という理由で学割があるのを当然のことだと思っていたし、そこに疑問を持つことはなかった。でも、よく考えると少し不思議ではないだろうか。
小学生でも大人でも、座席に座ればひとり分を占有する。立っていれば多少こじんまりするかもしれないが、ランドセルを背負っていればむしろ大人よりスペースを取ることもあるだろう。
では、なぜ通学定期券という仕組みがあるのだろうか。その割引分を誰が負担しているのか、気にならないだろうか。
鉄道割引の起源
JR西日本のウェブサイトには、通学定期券について
「修学上の経済的負担を軽減することを目的に大幅な割引」
と書かれている。関西大学経済学部の宇都宮浄人(きよひと)教授によると、これは
「国の教育政策の一環」
として明治時代に始まったものだという。
もともとは鉄道省の国鉄が導入し、それを民間会社もならって採用した。ただし、私鉄やバス会社は国鉄より少し割引率を抑えた形で始めたという(『プレジデントオンライン』2021年5月13日付け)。
つまり、通学定期券が安い理由や、現在のJRがほかより安い理由は、明治時代からの習わしが続いているということだ。
通学定期券の費用負担の現状
鉄道会社が国の主導で始めた通学定期券は、今でも鉄道やバスの事業者が割引分を負担している。通学定期を提供することで学生の利用を促し、将来的な顧客を獲得しようとしているため、行われている。
ただ、通勤や通学で公共交通を利用する人が多いなかで、定期券を使わず普通運賃で乗る人たちが、その割引分を間接的に負担している形になっている。
実際、JRの運賃は私鉄に比べてかなり高い。定期券の割引率が高い反面、こうした問題が生じているともいえるだろう。これは見過ごせない課題だ。前出の宇都宮教授は、
「通学定期の割引販売は教育政策の一環として始まっている以上、文部科学省の教育予算でカバーすべき」
と主張している。欧州などでは学割の費用は「すべて教育のための公費」から出ているもので、宇都宮氏の知る限りでは
「通学定期の割引コストを民間の事業者に押し付けている国は(日本以外)ない」
という。
神戸市が独自施策開始
神戸市は、公費で通学定期券代を負担する自治体のひとつである。
2024年9月から、神戸市に住む高校生などが市内の高校に通う際の通学定期券代を「全額補助(無料化)」することになった。
また、2024年4月から8月までの期間には、通学定期券代のうち6万円(月平均1万2000円×補助対象期間の月数)を超える額の半分を補助している。
神戸市外の高校に通う場合は、通学定期券代のうち年額14万4000円(月平均1万2000円×補助対象期間の月数)を超える額の半分を補助している(神戸市ウェブサイト。2024年11月15日更新)。
いずれの場合も、定期券を購入し、その写真などを証拠として電子申請をすると、指定の口座に補助金が支払われる仕組みだ。
この制度は神戸市独自のもので、通学定期券代の無料化は
「全国初」
の試みとなる。背景には、大阪府で高校の授業料が所得制限なしで完全無償化されたことがある。
神戸市では世帯年収910万円以上の場合、高校の授業料は全額自己負担となるため、子育て世帯が大阪に流出し、地域の進学希望者が減少することを懸念し、今回の施策に踏み切ったという(『神戸市公式note』2024年5月23日付け)。
時代に合わせた交通費割引の必要性
横浜市も、教育のための交通費をサポートしているが、神戸市ほどではない。
横浜市営地下鉄では、塾に通うためにも通学定期券を作れる。通学定期券を発行するためには、対象となる学校に通っていることが前提だが、これは大きなポイントだろう。
通常、通学定期券は、通学証明書に記載された居住地と学校間の区間のみ購入できるが、塾や予備校への通学費用は意外に大きい。これが通学定期券で割引されると、利用者にとって大きな助けになるだろう。
ただし、通信制高校に通う人がサポート校に週5日通う場合など、通学定期券が発行されないことが一般的な問題としてある。
時代の変化に合わせて、こうした割引が適用されるよう、ルールが見直されるべきではないだろうか。
11/18 14:11
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