中国人留学生を書類送検! 「電動スーツケース」は日本で普及するかのか? その規制と課題に迫る
電動スーツケースの落とし穴
2024年6月、大阪府警は留学目的で来日していた30代の中国籍女性を道路交通法違反(無免許運転)で書類送検した。最高時速13kmの「電動スーツケース」を使って歩道を走行していた疑いである。電動スーツケースに関連する道交法違反による摘発は、今回が初めての事例だ。
現在、インバウンド産業の拡大にともない、
「電動スーツケースで公道を走行する外国人観光客」
を頻繁に見かけるようになった。この乗り物は、荷物を運ぶスーツケースにモーターとバッテリーが搭載されていて、多くの日本人には新しい存在だ。
すでに日本の家電量販店でも販売されている。しかし、道路交通法において
「原動機付自転車」
として分類されているため、日本の公道を走行するには
・ナンバープレート
・保安部品
の装備が必要だ。もちろん、運転者は免許証を所持している必要がある。そのため、家電量販店で売られている電動スーツケースには
「公道走行は不可」
という注意書きが必ず記載されている。開発者の技術や努力が詰まった製品ではあるが、日本では普及することが難しいといわざるを得ない。
商業化製品の先駆け
電動スーツケースを最初に発明したのは誰か――。
実はこの問いに明確な答えを出すのは難しい。なぜなら、同じ時期に複数の発明者が電動スーツケースと呼べる乗り物を開発していたからだ。ただし、「世界で初めて商業的に展開された電動スーツケース」という点でいえば、
「モドバッグ」
が挙げられる。
「モドバッグ」の開発者であり旅行家でもあるケビン・オドネル氏は、空港で子どもがスーツケースにまたがって遊ぶ姿を見かけたことが、この発明のインスピレーションになったと語っている。
2015年にクラウドファンディングサイト「キックスターター」に出展したものの、当初は十分な出資を集めることができなかった。しかし、翌2016年にクラウドファンディング「インディーゴーゴー」に挑戦し、78万ドル(約1.2億円)もの出資を獲得。2022年には後継機「モドバッグ 2.0」も発表している。
かつて日本でも話題
空港ではどうしても長距離を歩かなければならない。オドネル氏によると、テキサス州のダラス・フォートワース空港では利用者が2マイル(約3.2km)以上の距離を歩くこともあるという。スーツケースを引きながらの長距離移動は体に大きな負担をかけてしまう。
モドバッグは屋内モードで時速6.5km、屋外モードで時速11kmで走行でき、荷物を持ったまま快適に移動できる。また、
・米国運輸保安局
・連邦航空局
・国際航空運送協会
の規格に適合しているので、機内にも持ち込める。関連するYouTube動画には空港内を快適に走行している様子が映し出されている。2016年にインディーゴーゴーで資金を集めた当時、日本でも話題となり、
「楽しそう」
「乗ってみたい」
といった好意的な意見が多かった。
しかし、現在では状況が一変している。パンデミックが終息し、日本に再び外国人観光客が戻ってくると、街中で電動スーツケースを乗り回す姿が問題視されるようになったからだ。
日本上陸の壁
電動スーツケースに限らず、海外で生まれた新しいモビリティは、日本ではそのままでは走行できないことがほとんどだ。
そのため、電動キックボードやモペットのメーカーも日本市場に進出する際は、必ず販売代理店となるパートナーを見つけてから販売戦略を立てる。
「日本の法律を熟知したパートナー」
がいなければ、製品を販売することも難しい。
また、電動スーツケースの場合、日本の公道を走るために必要な保安部品を取り付けるスペースがないと考えられる。
もちろん、空港は公道ではないので、道路交通法は適用されない。モドバッグの製品コンセプトを見ても、電動スーツケースはもともと空港内で快適に移動するための乗り物だ。であれば、成田空港や羽田空港でこれを利用しても問題はないのではないだろうか。
主要5空港の規則を解説
結論として、日本の国際空港では電動スーツケースを走行させるのは難しい。以下、羽田、成田、関西、中部、福岡の主要5空港の規約を見ていこう。まずは羽田空港から。
「他のお客さまとの接触事故を防止するため、羽田空港ターミナル内における電動スーツケースによる走行はご遠慮いただきますようお願い申し上げます」
安全確保の観点から、実際には走行できないようになっている。
次に成田空港。成田国際空港でも利用者の安全のため、電動スーツケースでの走行は控えてほしいと案内されている。
「お控えいただきますよう」
という表現だが、これも走行禁止と考えるべきだろう。
続いて、関西国際空港の規約を見ていこう。
「関西国際空港ではお客様同士の安全のため、電動スーツケースによる走行を禁止しております。皆様のご理解をお願い申し上げます」
ここでは「走行を禁止」と明確に示されており、羽田や成田よりもさらにはっきりと使用を断っている。
次は中部国際空港だ。
「中部国際空港セントレアでは、お客様の事故防止のため、電動スーツケースに乗っての移動は禁止しております。皆様の安全確保のため、ご理解とご協力をお願い申し上げます」
関西と同様に「禁止」と明記されている。
最後に福岡空港である。
「福岡空港ターミナルビル内における電動スーツケースによる走行は他のお客さまとの接触事故を防止するため、ご遠慮いただきますようお願い申し上げます」
「ご遠慮いただきますよう」と柔らかい表現だが、実質的には走行禁止と考えていいだろう。
空港内を楽に移動するためというコンセプトで開発された電動スーツケースだが、日本の空港では完全に締め出されているのが現状だ。
鉄道会社の規約
次に、鉄道会社の規約について調べてみた。今回はJR東日本に直接問い合わせた結果を以下に示す。
●質問
日本の主要空港では、電動スーツケース(スーツケースにそのままモーターとバッテリーがついている乗り物)の構内での走行を禁止する措置を取っているが、JR東日本の駅(新幹線駅含む)では電動スーツケースに関する規約やルールはどのようになっているのか。
〇回答
・電動スーツケースは、道路交通法上「原付機付自転車」(必要となる保安器具は不足)として見なされた摘発事例があり、公道での利用は禁止されています。
・原動機付自転車のような免許を必要とする乗り物を駅構内で利用することは認めていません。時速10kmで走行可能な電動スーツケースの走行利用があることで、他のお客さまとの衝突や転倒事故が発生するリスクが考えられるため、走行利用はご遠慮ください。
●質問
電動スーツケースの駅構内への走行に関してJR東日本の見解は。
〇回答
・安全で快適な駅空間の創出のためにも、電動スーツケースの駅構内の走行利用についてはご遠慮ください。
JR東日本も、前述の五つの空港と同様に、電動スーツケースの構内利用を認めていないようだ。これらを総括すると、日本では電動スーツケースを使用できる公共空間は
「ほとんど存在しない」
といえる。
電動スーツケースの意外な欠点
電動スーツケースは「スーツケースとして見ればむしろ不便」ともいわれている。これは、電動スーツケースの構造上、
「内部の容積がバッテリーによって犠牲になってしまう」
からだ。そのうえ、モーターの影響で重量も増加する。今は軽量で大容量のスーツケースがディスカウントストアでも手に入る時代であり、日本では電動スーツケースが活躍する場がほとんどない。そのため、電動スーツケースを選ぶメリットはどこにあるのかという疑問が生まれる。
さらに、電動スーツケースは高額だ。日本では10万円を超えることが多く、単に「便利なスーツケース」を求めている人がこれを購入する可能性は低いだろう。高い価格にもかかわらず、使える場所が限られている。
こうした背景がある限り、日本人や日本在住者の間で電動スーツケースが普及することはほとんどないと考えられる。
海外でも「厄介者」
ここまで述べた、日本の空港では電動スーツケースの走行が軒並み禁止されているという事実は、すでに海外メディアでも報じられている。
英国の公共放送・BBCニュースは2024年7月29日、関西空港と中部国際空港が電動スーツケースの走行禁止を決定したことを伝えている。また、英国でも電動スーツケースの公道走行には保安部品や免許証が必要で、実質的に公道では走行できないことを説明している。
興味深いのは、この記事の下に読者向けのアンケートが設けられている点だ。アンケートの内容は「空港内で電動スーツケースを活用するべきか」というもので、回答の選択肢は以下の三つである。
1.歩いていると疲れるので、空港では電動スーツケースに乗るほうがいい
2.人とぶつかってしまう可能性があるため、乗らないほうがいい
3.いい面も悪い面もあると思う
この記事を執筆している時点(10月25日)での回答結果は、
1:17%
2:69%
3:14%
というものだった。海外でも電動スーツケースの空港内走行は危険と考える人が圧倒的に多いようで、これを考慮すればますます電動スーツケースは
「一過性のブーム」
で終わる乗り物と判断せざるを得ない。
11/04 17:31
Merkmal