船も「空気抵抗」を気にする時代? 隅切型“居住区”の導入が進むワケ

隅切型居住区という画期性

海賊対策と風圧抵抗削減を実現した次世代型上部構造「エアロ・シタデル」(画像:今治造船)

海賊対策と風圧抵抗削減を実現した次世代型上部構造「エアロ・シタデル」(画像:今治造船)

 近年、地球環境への配慮やエネルギー効率の向上が重視されるなかで、船舶の設計にも新しい流れが生まれている。そのひとつが、空気抵抗を減らすための「隅切型居住区」という設計手法だ。

 通常、船舶のエネルギー効率は船体の

・形状
・燃料消費

が主な課題とされているが、船上構造物の空気抵抗を減らすことも無視できない重要な要素として注目されている。

 貨物船では、船員が生活する場所、つまり居住区は船体の上甲板に配置されていて、従来は

「方形型(角が直角で構成された箱型のデザイン)の形状」

が一般的だった。前述の隅切型居住区は、その方形型の

「前進方向側の角を斜めに削った形状」

を指す。このデザインにより、居住区が受ける風圧を減らし、結果的に船全体のエネルギー効率を高めることが狙いだ。

 これまでの船舶設計では、船体外板の海面下の流体抵抗を減らすことが主な課題だった。しかし、風が強い海上では、船上構造物が受ける風圧も無視できない要素として浮上してきた。

 隅切型居住区は、船の前進方向に角度をつけることで、風がスムーズに後方へ流れるように設計されている。その結果、風の抵抗が減り、燃料消費を抑えることができる。この設計は特に大型貨物船で採用されることが増えており、今後さらに広まると予想されている。

燃料コスト削減を狙う新設計

二酸化炭素排出量のイメージ(画像:写真AC)

二酸化炭素排出量のイメージ(画像:写真AC)

 船舶産業が風圧抵抗の削減に注目するのは、

・燃料コスト
・二酸化炭素(CO2)排出量

の削減というふたつの大きな目的があるからだ。船舶の燃料となるC重油の価格は変動しながらも上昇傾向にあり、輸送コストを抑えることが船主の重要な課題になっている。このため、燃費を改善する手段のひとつとして隅切型居住区の導入が進んでいる。

 さらに、海運業界は世界の貿易量の約90%を支える一方、CO2排出量の約3%を占めている。国際的な規制や環境への配慮が高まっていることから、船舶設計にも環境負荷を軽減する対策が求められている。国際海事機関(IMO)は、2030年までに船舶のCO2排出量を2008年比で40%削減する目標を掲げており、この目標達成のため、船の形状改善やエンジンの燃費性能向上、新技術の導入が進められている。隅切型居住区の採用もその一環で、特に燃費改善に効果が期待されている。

 船が航行する際、最も大きな抵抗は当然ながら水中での流体抵抗だ。しかし、海上では風の抵抗も無視できない要素になる。特に高速で走る船や、上部構造が大きい貨物船は風の影響を強く受ける。そのため、風圧抵抗を減らすことが燃費に直接影響を与える。

 風圧抵抗が船のエネルギー消費に与える影響は、水の抵抗に比べればはるかに小さい。これは空気の密度が水の1/800だからだ。そのため、かつては水の抵抗が重視され、風圧抵抗はあまり考慮されていなかった。しかし、燃料コストが上昇している現在では、たとえ数%の燃費の差でも航続距離に大きな影響を与えることがある。特に強風時には、船上の構造物にかかる風圧が増えるため、隅切型居住区のような設計が効果を発揮する場面が多い。

隅切型居住区の効果とメリット

常石造船「MT-COWL」(画像:常石造船)

常石造船「MT-COWL」(画像:常石造船)

 隅切型居住区の最大の利点は、風圧抵抗を減らして燃費を改善できることだ。

 船舶の運航では燃料コストが大きな割合を占めるため、空気抵抗を減らすことで燃料消費が抑えられ、結果として運航コストの削減が期待できる。さらに、燃料の消費が減ることでCO2の排出量も減少するため、環境保護の観点からも重要な意味を持っている。

 また、風による横揺れや風圧が軽減されることでかじを保ちやすくなり、隅切型居住区は船の安定性を高めるとされている。これにより、航行時の安全性が向上する。さらに、隅切型居住区を取り入れることで、外観がモダンなデザインの船が実現できる点も、船主や設計者にとって魅力的なポイントだ。

 最近、日本で建造される貨物船では隅切型居住区が一般的になっている。特に注目を集めたのが、今治造船(愛媛県今治市)の「エアロ・シタデル」だ。これは居住区だけでなく、エンジンケーシングやファンネルも一体化し、流線形状を実現することで風圧抵抗を25~30%削減できる。また、暴露部の階段を上部構造内に収めることで、海賊対策も行われている。

 さらに、常石造船(広島県福山市)では居住区の角を斜めに切るだけでなく、居住区のブリッジウイング部と支柱の前面に箱形の付加物を取り付けることで隅切り形状を実現した「MT-COWL」を日本郵船と共同で開発している。このデザインにより、風圧抵抗が約10%低減し、18万t級のばら積み貨物船に適用すると年間520tのCO2を削減できる見込みだ。

 これらの事例は、燃費改善や環境対策としての新技術導入が、今後の海運業界においてますます重要になることを示している。

持続可能な航海技術

 隅切型居住区は、船舶の風圧抵抗を削減し、燃費を改善するための革新的な設計手法だ。

 従来の船舶設計では水中での抵抗が重視されていたが、風圧抵抗も無視できない重要な要素になっている。特に、大型貨物船のような大きな船では、その削減効果が顕著だ。

 隅切型居住区は、標準的な船舶設計の一部として普及しつつある。今後も環境負荷の軽減やエネルギー効率の向上を目指す取り組みが進むなかで、隅切型居住区のような新しい設計技術はさらに発展していくと予測される。

 海運業界は、持続可能な未来に向けて革新を続けていくことだろう。

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