知られざる闇? インバウンド増加による「バイト賃金」高騰が、介護業界に大危機をもたらしていた!

介護事業の危機的状況

観光地のイメージ(画像:写真AC)

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 好調なインバウンドを背景に、沖縄では観光客が増えている。その影響で、那覇の中心地では人材不足から時給2000円を超える求人が報じられた。

 人材の獲得競争は観光業界だけでなく、介護・福祉業界でも顕著だ。例えば、北海道のニセコでは人材不足が原因で介護事業所が倒産する事態が発生している。

 介護業界の賃金を決定する要因を調べると、雇用形態によっては介護職の賃金が上昇することで、逆に介護サービスが減少する懸念も見えてきた。

 本記事では、北海道ニセコでの事例をもとに「賃金を決定する要因」に焦点を当てて、詳しく掘り下げる。

介護業界の賃金壁

介護職のイメージ(画像:写真AC)

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 2023年の冬、世界的な雪不足が影響し、ニセコでは観光特需による「ニセコバブル」が起こり、地元の人手不足が深刻化した。コンビニや飲食店では時給2000円を提示するところも増えている。この人件費はそのまま価格に反映され、丼ものが2000円で提供される飲食店もあった。

 冒頭の沖縄やニセコの事例は、観光需要が高まるなかで販売価格が調整可能な場合、人件費がそれに影響を与えることを示している。

 しかし、医療、介護、福祉などサービス価格が法的に調整できない分野では、人件費を反映させることが難しいのが現状だ。実際、ニセコでは介護・福祉の人材が集まらず、訪問介護事業所が倒産する事態に至っている。

 人件費が局所的に高騰する例は沖縄のほか、海外工場が建設された熊本でも見られる。介護人材の賃金上昇が求められる一方で、時給が上昇することで介護サービスの提供時間が一部減少する可能性も考えられる。その背景には、

「年収106万円・130万円の壁」

が関わっており、次の項で解説する。

必要な介護士が不足する現実

観光地のイメージ(画像:写真AC)

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 年収106万円・130万円の壁とは、扶養から外れた際に社会保険料の加入義務が生じる年収のラインだ。企業の規模によって、この上限はわずかに異なる。例えば、時給1000円と2000円で比較すると、働ける時間が半分になる。このため、パートやアルバイトの比重が大きい福祉・介護事業所では問題が生じる可能性がある。

 学習院大学の鈴木亘教授は「パートタイム介護労働者の労働供給行動」という研究のなかで、パート介護労働者の賃金が上昇すると労働時間が減少することに懸念を示している。

 さらに、岸田・谷垣(2011)の研究では、1302人の登録ヘルパーのデータをもとに、約2割のヘルパーが「年収の壁」を気にしていることがわかった。つまり、介護力の低下を理由に賃金を上げるだけでなく、賃金上昇と同時に「年収の壁」の制度設計についても議論が必要なのだ。

 具体的には、労働力不足が深刻で社会的に必要とされる介護士や保育士などについて、適用除外を検討することが考えられる。そもそも、賃金は観光需要が増加し、人材が不足すると上昇する。しかし、福祉・介護業界では「地域の特需」(ニセコや熊本など)に対応した賃金設定が難しい要因も存在する。

 その背景には、福祉・介護業界特有の賃金決定プロセスがある。

観光特需と介護業界の苦闘

介護職のイメージ(画像:写真AC)

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 福祉・介護事業者の報酬体系は主に「基本報酬」と「処遇改善加算」のふたつで構成されている。基本報酬は事業者に支払われ、処遇改善加算は福祉・介護の実務労働者に対する「労働の対価」として基本的に支払われる。ただし、報酬体系は複雑なため、本記事では概説にとどめる。

 福祉・介護業界の基本報酬は3年ごとの報酬改定によって決まる。この改定では地域ごとに若干の調整が行われる。例えば、2024年度の改定では、訪問介護の利益率が高いため基本報酬が引き下げられる一方、東京などの地域では報酬が高くなる。上記を踏まえ、福祉・介護報酬が賃金体系に反映しにくい理由は次の三つだ。

・福祉・介護サービスはサービス価格が決まっており、賃金上昇に反映するには限界がある。
・3年に1回の報酬改定では、最低賃金や物価上昇などの外的要因に対応しにくい。
・観光特需による賃金高騰など特殊な地域事情に対応しにくい。

 福祉・介護報酬の基本報酬(サービス価格)は、国が総合的に検討して定めるため、価格の上限が決まっている。結果、福祉・介護産業は観光産業のように需要に応じて自由に価格を設定することができない。

 また、3年ごとの報酬改定では最低賃金や物価の上昇に迅速に対応することが難しい。介護業界では、アルコール消毒や車両購入といった経費がかかるため、報酬改定だけでは十分な対応ができない。

 さらに、観光特需によって賃金が上昇しても、基本報酬は大枠の地域で決まっているため、一部の地域だけには対応できない。

 これらの影響は特に、アルバイトやパートが主に働く訪問介護事業所において顕著だ。例えば、時給が2000円の「観光サービス」と比べると、福祉・介護業界が人材獲得競争で勝つのは難しい。

 観光特需による賃金上昇に対応するためには、特需地域の賃金上昇に合わせて福祉・介護の賃金も上昇させるための

「地域特性に応じた権限と財源の移管」

が重要だ。

「介護・福祉難民」の防止

観光地のイメージ(画像:写真AC)

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 本記事を書くことでわかったことは次のとおりだ。

・観光特需によって賃金が上昇すると、福祉・介護業界では人材の確保が難しくなり、閉鎖する事例もある。
・賃金を上げても「年収の壁」(106万円・130万円)が存在するため、結果的に介護サービスの提供時間が減少する可能性がある。これを受けて、エッセンシャルワーカーなどの除外についても話し合う必要がある。
・福祉・介護事業者はサービス価格を決められないため、賃金を反映させるには限界がある。地域特性に応じて、福祉・介護報酬の権限と財源を一部移管することを検討するべきだ。

冒頭に紹介した北海道ニセコの事例を教訓に、

「介護・福祉難民」

ができるだけ生まれない社会を目指したい。

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