トヨタ「インド新工場」 投資額3600億円も、市場拡大に潜む“若者の経済不満”というリスク

拡大するトヨタの投資計画

トヨタ・キルロスカ・モーターのウェブサイト(画像:トヨタ・キルロスカ・モーター)

トヨタ・キルロスカ・モーターのウェブサイト(画像:トヨタ・キルロスカ・モーター)

 トヨタ自動車のインド法人であるトヨタ・キルロスカ・モーターは7月末、インド西部マハーラーシュトラ州政府との間で新工場の設立を検討する覚書を締結した。投資額は日本円で3600億円ともいわれ、1万6000人の雇用が新たに創出されることが期待されている。

 同社は既に南部カルナタカ州にふたつの工場を有しているほか、2023年11月にも同州で3か所目となる新工場を建設すると発表(投資額が590億円あまりで2026年の完成予定)しており、マハーラーシュトラ州での工場は四つ目となる。

 今後もインド国内で生産強化を進めていくことが予想される。

中国に代わる新たな成長エンジン

中国進出の日本企業、ピークから1千社・1割減、2024年は約1.3万社(画像:帝国データバンク)

中国進出の日本企業、ピークから1千社・1割減、2024年は約1.3万社(画像:帝国データバンク)

 では、なぜトヨタはインド市場への展開を強化しているのだろうか――。

 これはトヨタに限らず多くの日本企業に共通する背景だろうが、世界的に影響力を拡大させるインド経済への期待がある。2023年、インドは中国を抜いて世界一の人口大国になり、若年層が多いことから将来的な労働市場として大きな魅力がある。

 インドは14歳以下の人口が全体の4分の1を占め、小学校や中学校の義務教育年齢層が2億人を超え、労働力人口は10億人に迫る勢いだ。また、経済力でも2025年には日本を、2027年にはドイツを抜いて世界第3位の経済大国になると予測されており、進出先としてのインド市場の重要性が高まっている。

 インドの2023年の国内総生産(GDP)の伸び率は8.2%と高い数字を記録し、2022年の7%を上回っており、今後も高い成長率を維持すると予測される。こういった明るい動向がトヨタのインド進出を促進していることは間違いない。

 一方、こういった直接的要因のほかに、「間接的要因」も考えられる。

 近年、世界の自動車メーカーの間では電気自動車(EV)をめぐる競争が激化し、特に中国はその中心にあり、中国市場で日本の自動車メーカーは競争で厳しい立場にある。中国経済の成長率は鈍化傾向にあり、不動産バブルの崩壊や若者の失業率、少子高齢化、賃金上昇など、中国に進出する外資系企業にとって世界の工場だった中国は終焉(しゅうえん)を迎え、明るい兆しは見えない。

 また、経済的威圧や米中貿易摩擦、改正反スパイ法などの地政学リスクを考慮すれば、中国への進出強化は外資企業にとっては難しいものになってきている。こういった間接的要因も企業のインド進出を促進するバロメーターとなっていると考えられよう。

企業が直面するテロ脅威

進出日系企業数(画像:在インド日本国大使館のデータを基にMerkmal編集部で作成)

進出日系企業数(画像:在インド日本国大使館のデータを基にMerkmal編集部で作成)

 しかし、インドには中国では発生する可能性が決して高いとはいえない政治リスクが考えられる。ひとつに「テロ」が考えられ、

・2005年10月:ニューデリー連続爆弾テロ(死者59人、負傷者210人)
・2006年7月:ムンバイ列車爆破事件(死者200人、負傷者700人以上)
・2008年9月:ニューデリー連続爆弾テロ(死者24人、負傷者97人)
・2008年11月:ムンバイ同時多発テロ(死者165人、負傷者304人)
・2011年7月:ムンバイ市場爆弾テロ(死者18人、負傷者130人以上)
・2011年9月:ニューデリー裁判所前爆弾テロ(死者11人、負傷者76人)
・2013年2月:ハイデラバード爆弾テロ(死者13人、負傷者83人)
・2014年5月:チェンナイ中央駅爆弾テロ(死者1人、負傷者14人)

などのように断続的に発生し、その多くでイスラム過激派が関与している。

 幸いにも近年インド国内では大規模なテロ事件は起こっていないが、インドの独立記念日や総選挙などを狙ったテロ計画などは繰り返し明らかになっており、インド情報機関はイスラム国関連のテロなど、たびたびテロ警戒情報などを発信している。

 こういった情報は日本のメディアや新聞ではほぼ流れないので、企業が率先して情報収集し、駐在員や出張者に対して注意喚起することが重要となる。2008年11月ムンバイ同時多発テロでは日本人も犠牲になっている。

急増する労働人口と経済格差の脅威

インド国内販売台数の推移(画像:ジェトロ)

インド国内販売台数の推移(画像:ジェトロ)

 そして、今後の展望を考慮すれば、トヨタを含めインド進出を目指す日本企業は若者たちの経済的、社会的不満という潜在的リスクを念頭に置くべきだろう。

 無論、これまでもインド国内でも起こってきたことだ。経済的に急成長を示すインドではあるが、急速な労働人口の増加に比例するように

「十分な雇用」

が創出されているとはいいがたく、今後は若年層における経済格差だけでなく、学歴を有する若者がそれに見合う職に就けないなどの社会的、経済的不満が広がっていく可能性は排除できない。

 インドの隣国バングラデシュでは7月、公務員の特別枠の撤廃を求める学生らによる抗議デモが発生したが、治安部隊との衝突がエスカレートしていくにつれハシナ首相の退陣を求める暴動へと発展し、結局ハシナ政権は崩壊した。

 同様のことがインドで発生するとは考えにくいが、

・急速な労働人口の増加
・経済格差
・温暖化

による社会的影響などを考慮すれば、若年層による抗議デモや暴動などといった政治的暴力は、インドを含むグローバルサウス(無論、国々によってリスクの度合いは大きく異なる)への進出を強化する日本企業が注視していくべきリスクとなろう。

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