テスラを追い詰めるBYD! 名実ともに「世界一」となれるのか? 垂直統合で世界EV市場に挑戦、「ありかも」CMは今後「超あり」or「なし」どちらか

BYDのテック開発進展

BYDの発売した自動車(画像:BYDジャパン)

BYDの発売した自動車(画像:BYDジャパン)

 中国の電池メーカーが驚異的な成長を遂げ、世界最大の電気自動車(EV)メーカーとなった比亜迪(BYD)。その飛躍的な躍進は世界に衝撃を与えた。同社の創業者・王伝福氏は卓越した洞察力とユニークな経営手腕を発揮し、この成長を導いた。同社は、電池事業で培った「人とテクノロジーの融合」の生産方式を武器に自動車業界に参入。2005年に発売した「F3」は瞬く間に中国市場を席巻。各国の政府の後押しもあり、急成長を遂げた。本連載では、BYDの急成長の要因を分析し、その実力を明らかにしていく。

※ ※ ※

 BYDの海外進出は激しい勢いで展開している。日本国内に限っても、2024年3月時点で51店舗(開業準備室を含む/うち正規ディーラー22)の販売拠点設置しており、2025年末までに100店舗まで拡大するとしている。「ありかも、BYD!」というテレビCMを目にする機会も増えた。

 現在、同社はEVメーカーとしてよく知られているが、テック系での技術開発も進んでいる。現在、台湾の鴻海(ホンハイ)が製造しているグーグルのスマートフォン「Pixel」のベトナム生産にBYDが関心を示しているという情報もある。

 BYDの強みは、創業以来、電池の分野で競合他社に圧倒的な競争力を誇ってきたことだ。ここで培われた技術力は、海外市場を制覇するための武器となっている。

欧州拡大計画

ATTO 3(画像:BYDジャパン)

ATTO 3(画像:BYDジャパン)

 BYDの国際展開は、欧州でも強化されている。2020年5月、BYDはノルウェーを欧州参入の足掛かりに選んだ。BYDヨーロッパ社長のイスブランド・ホー氏は、ノルウェーでの販売実績を見極めた上で

「長期的には、ノルウェー以外への乗用車販売の拡大を目指す」

と述べている。

 その目標どおり、BYDは2022年9月、欧州8か国(スウェーデン・デンマーク・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・ドイツ・フランス・英国)への展開計画を発表した。

 このとき、主力の「Tang」と「Han」は7万2000ユーロ、コンパクトスポーツタイプ多目的車(SUV)の「Atto3」は3万8000ユーロで投入するとされた。この価格帯からは、高級路線のモデルで富裕層の獲得を狙う一方、Atto3で大衆市場も獲得する意図がみてとれた。

 アジア太平洋地域でも進出が続いている。オーストラリアとニュージーランドでは、2022年2月にAtto3を投入、7月にはニュージーランドにも拡大した。日本でも、2025年末までに100店舗体制の構築を目指している。

 さらに、タイでは年産15万台の工場を稼働予定だ。この工場は、東南アジア需要への供給拠点とする。インドでも、2030年までにEVの40%シェア獲得を目標に掲げている。

自社一貫生産の強み

垂直統合型のイメージ。『CASE による自動車産業の構造転換と自動車メーカーの経営戦略』より(画像:北陸先端科学技術大学院大学)

垂直統合型のイメージ。『CASE による自動車産業の構造転換と自動車メーカーの経営戦略』より(画像:北陸先端科学技術大学院大学)

 世界中で事業を拡大し続けるBYDだが、その背景にある戦略は、電池から車両まで自社で生産する垂直統合型のビジネスモデルだ。

 垂直統合型とは、川上(原材料の調達)から川下(販売)まで、製品づくりに必要なすべての工程を1社で担うビジネスモデルのことだ。自動車産業でいえば、鉄鋼や樹脂などの原材料の調達から、エンジンやボディ、内装などの部品製造、完成車の組み立て、ディーラーでの販売まで、すべてを企業グループ内で行うことを意味する。つまり、本質は、自社製品に関わるサプライチェーン全体を一社で所有し、外部に依存しないことにある。

 垂直統合型の第一のメリットは、市場変動の影響を受けにくいサプライチェーンの構築が可能になることである。例えば、世界的な半導体不足で多くの自動車メーカーが減産を余儀なくされた際、チップの内製化を進めていたBYDは、他社と同程度のダメージを回避することができた。また、外注コストを削減することで、価格競争力のある製品を投入しやすくなる。部品の共通化・モジュール化を進めることで、開発期間を大幅に短縮することも可能だ。

 垂直統合型のビジネスモデルを生み出したのは、自動車産業の覇者として名高いフォードである。創業者のヘンリー・フォードは、1910年代に画期的な一貫生産体制を確立した。鉄鉱山や森林などの原料調達拠点に始まり、輸送船、製鉄所、ガラス工場、組立工場、販売店など、自動車製造に関わるすべてをフォードの傘下に収めた。これにより、T型フォードは当時としては破格の低価格で販売され、全米で人気を博した。

高品質生産の秘密

40年間読み継がれてきた『トヨタ生産方式――脱規模の経営をめざして』(画像:ダイヤモンド社)

40年間読み継がれてきた『トヨタ生産方式――脱規模の経営をめざして』(画像:ダイヤモンド社)

 大手自動車メーカーのトヨタは、高度な垂直統合型でも知られている。トヨタの連結子会社は500社を超え、自動車の研究開発から販売店までを垂直統合することで国際競争力を維持してきた。

 本社が車両開発を担当し、系列の部品メーカーが個々のユニットの製造を分担し、専売ディーラー網が販売とサービスを担当する。この緊密な連携により、ジャスト・イン・タイムやカイゼンといったトヨタ生産方式(TPS)で無駄を省きながら、高品質なクルマを生産することが可能になった。

 BYDのビジネスモデルは、フォードとトヨタの経験から学び、21世紀のEV時代に合うようにアップデートされたものといえる。電池から完成車までの一貫したEV生産システムこそが、同社の成長をけん引している。

 BYDは独自の電池技術により、他社よりも安価で高性能な電池を供給できる立場にある。また、電池だけでなく、電気モーターやパワーコントロールユニット、車載インフォテインメントシステムなどの主要部品も自社生産しており、EVシステム全体の最適設計と低コスト化を実現している。部品メーカーへの発注を最小限に抑え、高い収益性を実現している。

米国市場への挑戦

テスラ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク(画像:AFP=時事)

テスラ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク(画像:AFP=時事)

 今やテスラはBYDの世界進出における最大のライバルだ。BYDは世界市場でテスラに真っ向勝負を挑んでいる。2022年、BYDの純利益はテスラを上回り、販売台数でもテスラに迫った。

 ブランド力ではテスラに分があるが、BYDはコスト競争力と幅広い製品ラインアップで対抗している。BYDはAtto 3のような戦略的なエントリーモデルで、テスラがカバーしていない層の需要獲得を狙う。

 また、高い環境性能をアピールすることで、持続可能なブランドイメージの構築にも取り組んでいる。BYDがテスラを追い続ける一方で、中国の新興メーカーであるニオ、シャオペン、リ・オートも成長を続けており、EVをめぐる世界的な競争は激化の一途をたどっている。

 米国の関税障壁に直面しても、BYDの海外攻勢は揺るがない。2010年には米国市場への参入計画を発表したが、現時点では商用車への展開にとどまっている。

 障壁の高い米国市場への参入が困難ななか、より有望な市場を求めて世界各国に販路を拡大したのは当然のことだ。今後、強力な研究開発力、優れた製品品質、堅実な市場戦略を武器に、BYDはさらに幅広いブランド影響力と市場シェアを獲得することが期待される。

中国勢との競争激化

2024年6月25日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

2024年6月25日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

 BYDの国際的な拡大戦略の中心は、独自の垂直統合型に基づく競争優位性である。BYDは電池メーカーとして、長年培ってきた技術をEVの開発に応用してきた。しかし、後発というハンディキャップを克服するためには、社内の学習と人材育成に一層注力する必要があろう。

 特に、グローバル市場で通用する人材の獲得・育成は喫緊の課題である。また、垂直統合型の弊害を回避するためには、外部パートナーとの連携を柔軟に取り入れることが不可欠である。グローバル化のさらなる深化とブランド力の向上が、BYDが世界一のEVメーカーを目指す試金石となる。

 テスラなど欧米勢やニオなど中国勢との競争が避けられないなか、垂直統合型で成長してきたBYDはどう対応するのか。同社の将来は、EV市場の覇権を狙う中国の将来とも絡んでくる。

「ありかも、BYD!」は今後どうなるのか。「超ありかも」か、それとも「なしかも」か。これからも同社の動きから目が離せない。

ジャンルで探す