飛行機で台湾に行くとき、なぜか機体が「東南アジアのLCC」だったワケ そもそもなぜ外資が他国へ飛べるのか?

「以遠権」の基本概念

シンガポール航空の機体(画像:アレック・ウィルソン)

シンガポール航空の機体(画像:アレック・ウィルソン)

 日本各地から台湾へ行く際、東南アジアの格安航空会社(LCC)路線が多い。なぜタイやシンガポールの会社が日本から台湾に路線を運航しているのか、不思議に思う人も多いだろう。

 こうした日本と相手国以外の第三国のエアラインが就航する背景には、航空自由化の過程で各国に認められた「以遠権(いえんけん)」が関係している。ここでは、これらの権利の概要と日本の現状について説明する。

 以遠権とは、海外の航空機が本国に到着後、第三国へ運航する権利を指す。この権利が認められれば、例えばバンコクやシンガポールから成田に到着した航空機は、成田から米国に向かう乗客を乗せることができるようになる。

 一般的には、これは自国の航空会社の利益を損なうため、規制をかけざるを得なかった。しかし、世界的な航空自由化の進展に伴い、近年は世界各地で規制が緩和されている。

 日本も例外ではなく、混雑する成田空港や羽田空港を除き、オープンスカイ協定を結んでいる国であれば、第三国の航空会社も自由に路線を開設できる。ただし、中国、フィリピン、韓国など一部の国には規制が設けられているため、必ずしも自由に路線を開設できるわけではない。

 また、国土交通省航空局の認可を得て、規制緩和の対象外となった成田空港についても、以遠路線を開設する会社もある。

日本を発着する主な以遠権路線

 日本を発着する以遠権を活用した路線として、次の路線が存在する(2024年4月時点)。東南アジアのLCCが目立つが、フルサービスの航空会社も見られる。

●成田空港発
・シンガポール航空(シンガポール):シンガポール~成田~ロサンゼルス
・キャセイパシフィック航空(香港):成田~台北(桃園)~香港
・タイ・ライオン・エア(タイ):成田~台北(桃園)~バンコク(ドンムアン)
・スクート(シンガポール):成田~台北(桃園)~シンガポール
・パキスタン国際航空(パキスタン):成田~北京~イスラマバード~カラチまたはラホール
・エチオピア航空(エチオピア):成田~ソウル(仁川)~アディスアベバ

●関西国際空港発
・キャセイパシフィック航空(香港):関西~台北(桃園)~香港
・タイ・ベトジェット・エア(タイ):関西~台北(桃園)~バンコク(ドンムアン)
・バティック・エア・マレーシア(マレーシア):関西~台北(桃園)~クアラルンプール
・ジェットスターアジア航空(シンガポール):関西~マニラ~シンガポール

●中部国際空港発
・キャセイパシフィック航空(香港):中部~台北(桃園)~香港
・バティック・エア・マレーシア(マレーシア):関西~台北(桃園)~クアラルンプール
・バティック・エア・マレーシア(マレーシア):関西~高雄~クアラルンプール

●那覇空港発
・バティック・エア・マレーシア(マレーシア):那覇~台北(桃園)~クアラルンプール

●新千歳空港発
・スクート(シンガポール):新千歳~台北(桃園)~シンガポール
・バティック・エア・マレーシア(マレーシア):新千歳~台北(桃園)~クアラルンプール ※季節便

米系の占有率問題

キャセイパシフィック航空のウェブサイト(画像:キャセイパシフィック航空)

キャセイパシフィック航空のウェブサイト(画像:キャセイパシフィック航空)

 現在、以遠権路線は台湾便が主流となっているが、かつては米国発アジア行きの米国・アジア諸国双方の航空会社は、その航続距離の都合上、アジアの東端に位置する日本を経由する便を運航していた。

 特に多かったのは米国系航空会社で、なかでも日本の民間航空会社設立に貢献したパンアメリカン航空やノースウエスト航空はアジア各地に路線を飛ばしていた。

 その見返りとして、ふたつの航空会社は日本より先に無制限の以遠権を与えられたため、羽田空港と成田空港をアジアへのハブ空港として運営した。ソウル、上海、マニラ、バンコク、シンガポールなど東アジア・東南アジアの主要都市に多くの路線を就航させた。日本側では名古屋や大阪から発着する便も存在した。

 これらの利権を引き継いだユナイテッド航空やデルタ航空も2000年代までは多くの路線を持ち、航空券の価格も安いことが多く、旅行者に人気があった。
 しかし、これらの以遠権路線のために、成田空港の発着枠の30%近くを米国系航空会社が占めることになった。これは日本の航空会社にとって不利益をもたらす要因であるとしばしば批判された。

 2009(平成21)年、日米両政府は日米航空自由化協定に基づき、成田空港における米国系航空会社の占有率を縮小することで合意した。同時期に始まった羽田空港の国際化、米国本土から東アジア・東南アジア各地への直行便の増加、航空アライアンスの発展により、以遠権路線は徐々に減少している。

 2020年3月にデルタ航空の成田~マニラ線が運休したことで、米国航空会社による以遠権路線は消滅した。

 また、アジアのフルサービスキャリアが運航するほとんどの米国路線は、飛行距離の延長と日本人の海外渡航の伸び悩みにより、徐々に直行路線となっている。現在残っているのはシンガポール航空の成田~ロサンゼルス線のみである。

台湾路線再び増加

 一方、2010年代は日本国内外からLCCの新規就航が相次いだ時期でもある。直行便だけでなく、東南アジアの航空会社も以遠権を生かして、前述のように台北、高雄、マニラを経由してバンコク、クアラルンプール、シンガポールに就航する便が相次いだ。COVID-19が普及するまでは、韓国のLCCによるグアム線、スクートやエアアジアXによる関空~ホノルル線もあった。

 ここ数年、円安による日本の海外旅行需要の回復の遅れなどもあり、日本発の需要を見込んだ以遠権を持つ路線の開設は伸び悩んでいた。しかし、2024年3月にエアアジアグループによる成田~高雄線、那覇~台北線の開設が報じられるなど、双方向からの需要が見込める台湾路線が再び増え始めている。

 エアアジア・グループは当初、成田~台北線を開設する予定であったが、マレーシア民間航空庁がこの路線の運休を命じており、日台線がいかに厳しい競争環境に置かれているかを示している。

 フルサービスキャリア市場では、ユナイテッド航空が成田~セブ線の就航を発表した。同路線は、成田から運航する米国5路線(サンフランシスコ、ロサンゼルス、デンバー、ニューアーク、ヒューストン)への乗り継ぎ需要に対応するもので、米国系航空会社による4年ぶりの以遠権路線復活として注目を集めている。

以遠権路線が今もある理由 その1

タイ・ライオン・エアのウェブサイト(画像:タイ・ライオン・エア)

タイ・ライオン・エアのウェブサイト(画像:タイ・ライオン・エア)

 当時から以遠権を行使していた路線が今でも残っている大きな理由は、飛行機の航続距離の限界にある。

 この航続距離のため、かつては前述のように米国から日本を経由して東アジアや東南アジアに向かう路線が多かった。しかし、今では米国東海岸のニューヨークからシンガポールへの直行便があるほど航続距離が伸びたため、その多くが直行便に変更されている。東海岸からの直行便は少ないが、西海岸のシアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルスからアジア各地への路線は多くなった。

 しかし、LCCが頻繁に使用する小型機については、この原則はまだ当てはまる。例えば、A320neoの航続距離は約6400kmで、東南アジア各地から東京や大阪への直行便を運航するには距離が足りない。そのため、小型機を使用する各社は、日本と東南アジアの間に位置する台湾やマニラを経由する便を運航している。

以遠権路線が今もある理由 その2

 以遠権路線がまだ存在する理由のひとつは、日本から該当する目的地への路線が需要の高い路線であることである。

 特に、LCCを中心に以遠権路線がある台湾~日本間はかなりの行き交いがある。一例として、2023年に日本を訪れた台湾人は420万人で、韓国に次いで2番目に多い数字である。しかし、日本も台湾も自前のLCCが発達していない市場であり、両国間に就航しているのは大手航空会社傘下の3社(日本側はANA傘下のピーチ、JAL傘下のジェットスター・ジャパン。台湾側はチャイナエアライン傘下のタイガーエア台湾)しかない。

 これは、韓国側にティーウェイ航空、チェジュ航空、イースター航空など大手航空会社以外のLCCが多数存在する日韓路線とは異なる点であり、東南アジアの他地域の企業にとっては、以遠権を利用した路線を開設することで競合しやすくなる可能性がある。

 また、長年就航しているフルサービスキャリアの路線は、それ自体が高いブランド力を誇っている可能性も否定できない。

 例えば、シンガポール航空の成田~ロサンゼルス線は、一時期A380が就航していたが、就航当初は北半球で太平洋路線に投入する路線としては最も早い就航であった。これは、同社が成田初の以遠権路線をブランドとみなし、オール2階建てのA380で運航するだけの需要があった証拠である。

以遠権の存在感継続

パキスタン国際航空のウェブサイト(画像:パキスタン国際航空)

パキスタン国際航空のウェブサイト(画像:パキスタン国際航空)

 第三国のエアラインによる日本発着便のうち、以遠権を使って運航される路線数は、航空機の航続距離の延長により減少しているが、LCCの台湾路線のように、需要が高く、2国間の競争が大きくない市場では、依然として強い存在感を示している。

 日本の航空会社は他国に比べて国際路線網が充実しておらず、今後も外資系航空会社が以遠権を活用して日本発着路線を維持していく可能性が高い。

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