「ママチャリの人」炎上を支える幼稚な“正義感” 実行部隊は“40万人に1人”というレアキャラっぷり、糾弾より交通ルールを守る環境づくりが先決だ

ママチャリ動画、ネットで炎上

自転車(画像:写真AC)

自転車(画像:写真AC)

 X(旧ツイッター)に投稿された「ママチャリの逆走」動画が話題になった。この動画は、逆走してきたママチャリとのトラブルをドライブレコーダーで撮影したものだ。

 動画では、ママチャリに乗った女性が交差点を右折し、信号無視をして車にぶつかりそうになる。女性は怒りに任せて何かを叫び、どこかに電話をかける仕草をし、最後に車の運転席をスマートフォンで撮影してその場を立ち去るという内容だ。動画は車のドライブレコーダーで録画されていた。

 動画が投稿されるやいなやXでは

・ママチャリの人
・ママチャリ逆走おばさん

などのワードがトレンド入りするほどの注目を集めた。そして

「逆走にイライラする」
「信号無視は論外」

といった声であふれかえったのである。

 騒動はそれだけにとどまらなかった。女性を特定しようとする動きも広まり、場所が都内の某地域であることが明らかになると、その地域を訪れるネットユーザーも増えた。なかには女性の名前や住所と思われる情報を公開するアカウントもあった。

 実際、女性の行動には問題があったのかもしれない。しかし、だからといって顔を晒し、個人を特定することが許されるわけではない。

交通法改正、自転車への厳罰

自転車道(画像:写真AC)

自転車道(画像:写真AC)

 では、いったいなぜこの動画がネットユーザーの“暗い感情”を刺激し、炎上を引き起こしたのか。自転車利用者のマナーの悪さに対する強い憤りがあったことは考えられる。

 2024年3月5日、政府は自転車の悪質な交通違反に対して青切符を交付し、反則金を課す道路交通法改正案を閣議決定した。これによって、自転車マナーの改善が期待されている。以前から自転車利用者のモラルの低さが指摘されていたなかで、厳罰化によって、ようやく事態が改善することが期待されている。

 これまでも、

・逆走
・信号無視
・スマートフォン操作

など、交通ルールを守らない自転車による危険行為は後を絶たなかった。警察庁の調べでは、2022年中に発生した自転車が関係する死亡・重傷事故7107件のうち、自転車乗用中の交通事故による死者の77.1%、負傷者の66.8%は、

「自転車側にも何らかの法令違反」

が認められている。この数字は、自転車のマナーがいかに危機的な状況のまま放置されてきたかを如実に物語っている。

 本来、自転車は「車両」の一種だ。そのため、自動車と同じように交通ルールを守る義務がある。例えば、車道の左側を通行すること、歩道を走る場合は車道寄りを徐行すること。そして何より、

「信号を守ること」

である。これらは自転車利用者なら誰もが知っているはずの基本ルールだ。しかし、そうしたマナーはおろそかにされているのが実情だ。

 自転車のマナー違反は、とき重大な事故につながる。例えば、炎上のきっかけとなった「逆走」は最も危険な行為のひとつだ。逆走がなぜ危険なのか。それは、クルマにとって

「対向車線から自転車が飛び出してくること」

が想定外だからだ。時速30kmで走行していたとしても、反応するまでの時間はわずかである。とっさの回避は極めて難しい。しかも、逆走自転車は信号の変わり目を狙うことが多い。クルマが発進しようとした瞬間に、目の前に飛び込んでくるのだ。

自転車ルール違反と認識ギャップ

自転車(画像:写真AC)

自転車(画像:写真AC)

 歩道における自転車の危険運転も大きな問題だ。

 警察庁の資料によると、2023年の自転車対歩行者の歩行者死亡・重傷事故件数は358件に上る。そのうち歩道で発生したものが141件と

「約4割」

を占めており、歩行者の安全が脅かされている実態が浮き彫りになった。とりわけ危険なのが、子どもや高齢者といった“交通弱者”だ。スピードを出した自転車に追突されれば、大けがは免れない。

 しかし、歩道の危険性は案外認識されていない。自転車利用者のなかには

「歩行者はどいてくれるはず」

とたかをくくる向きもあるようだ。なかには

「道を譲ってもらえるのは当然」

という身勝手な考えの持ち主もいる。自転車は弱い立場にあるのではない。歩行者にとっても脅威となりうることが十分に認識されていないのだ。

 なぜルールは守られないのか。その原因のひとつに、

「免許制度の不在」

が挙げられる。自動車やバイクと異なり、自転車は免許がなくても乗ることができる。誰もが簡単に利用できる反面、交通ルールへの理解は二の次になりがちだ。

「左側通行を守らなくても大丈夫」
「ちょっとくらい信号無視しても平気」

そんな意識の低さが、マナー違反を招いているのだ。

 実際、警察庁が全国のおよそ5000人を対象にインターネットで行ったアンケートでは、「自転車乗車中に携帯電話を使用してはいけない」という交通ルールを正しく認識している人は90%を超えていた一方で、これを守れていると答えた人は67%にとどまった。

 さらに、「乗車中はヘルメットを着用すること」を守れていると答えた人は25%、「歩道を通行するときは、自転車は車道寄りを徐行すること」を守れていると答えた人は49%と、多くの人が交通ルールを知っていても守れていないことが明らかになった。また、一般的な視点から特に守られていないと感じる自転車の交通ルールについては、

「乗車中はヘルメットを着用すること」

が70%と突出して高く、次いで「乗車中に携帯電話を使用しないこと」が46%、

・原則として車道の左側を通行すること
・歩道を通行するときは歩行者の通行を妨げないこと
・歩道を通行するときは、自転車は車道寄りを徐行すること

がいずれも40%前後と、多くの人がルール違反を見かけている実態が浮き彫りになった。

求められる交通安全教育

自転車道(画像:写真AC)

自転車道(画像:写真AC)

 加えて、自転車の取り締まりの甘さも問題視されている。

 警察は自転車の違反行為に対し、これまであまり積極的ではなかった。例えば2023年に全国で自転車の違反で検挙されたのは4万4207件。これは同年の自動車の検挙件数547万6654件と比べると、はるかに少ない数字だ。

「捕まるリスクが低いこと」

が、ルール無視を助長しているのかもしれない。もちろん、警察も無為無策だったわけではない。

 2011(平成23)年以降、警察庁からは「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について」などの通達が出され、自転車への街頭指導や交通切符の積極的な活用なども進められてきた。その結果、自転車の交通違反の検挙件数は2014年の8070件からは大幅に増えている。それでも、なおも取り締まりは十分とはいえなかった。こうした状況もあり、自転車にも反則金を導入する道路交通法の改正を歓迎する声が多いようだ。

 しかし、警察にも人的リソースに限界がある以上、反則金制度が導入されて、取り締まりを強化するだけでは問題は解決しないだろう。警察庁の調査でも、自転車の安全利用の促進に向けて重要だと思うことについて

「子どもに対する交通安全教育の推進」

が最も多く選ばれている。学校における交通安全教育の拡充はもちろん、地域や家庭と連携した多角的なアプローチが求められる。また、自転車が安心して走行できるインフラ整備も欠かせない。

・自転車レーンの設置
・歩道と車道の区別を明確化

するなど、事故の可能性を減らし、ルールを守りやすい環境づくりが必要であることも忘れてはならない。

 結局は厳罰だけでは対策は不十分であり、

「利用者個人の自覚」

が重要なのだ。自転車は公共の場で利用する乗り物である。利用者には「車両を運転している」という自覚が求められる。「ちょっとくらいルール違反しても大丈夫」といった安易な油断が重大事故につながることを忘れてはならない。交通ルールをしっかり守り、安全運転を心がける。それが自転車事故を減らすための第1歩となるだろう。その点で、冒頭で触れた女性のママチャリ逆走動画は

「自転車マナーを考え直す貴重な機会」

になるはずだった。しかし現実には、女性を“悪者”として懲らしめようとするという空気ばかりが議論をリードし、肝心の「自転車マナーをどう改善するか」という建設的な議論が置き去りにされている。

暴走する幼稚な“正義感”

自転車(画像:写真AC)

自転車(画像:写真AC)

 ここで改めて、本質的な議論を脇に置いたまま、なぜ多くの人が安易にネットリンチに加担してしまうのかを考えてみたい。ネットユーザーの動向に詳しいフリーライターの渋井哲也氏は、次のように話す。

「炎上に参加する人の多くは、“正義感”からというより、単に面白がっているだけです。動画を投稿した人が本当に違反者を糾弾したいのであれば、警察に通報したはずです。しかし実際はそうせず、ただ面白半分で女性の動画を拡散した。しかも、その状況に乗じて現場に押しかけた人たちは、違反者を懲らしめるというより、単に炎上を楽しんでいるだけなのです」

つまり、

「逆走にイライラする」
「信号無視は論外」

といった批判的な意見の多くも、心からの義憤というより、炎上という“祭り”に加わるための方便にすぎないのだ。こうして本来議論すべき問題の核心がすり替えられ、表層的な非難に終始してしまっているわけである。

 渋井氏の指摘は、この件に限らず、ネット炎上の大半が建設的な対話を欠いたまま拡大している実態を浮き彫りにしている。だからこそ、もう一度冷静に考えたい。

 なお、ITメディアの記事(2023年6月29日配信)では、経済学者でネットメディア論の専門家である山口真一氏の調査を紹介している。最後に引用する。

「山口博士の調査によると、22件の炎上事件を分析したところ、Twitterでネガティブな書き込みをしている人は炎上事件1件につきネットユーザーの0.00025%。約40万人に1人の割合だった。特に規模が大きい炎上事件でも0.0125%にとどまったという。ほとんどの人はそもそも炎上事件について投稿していない」

“約40万人にひとり”の存在になった人たちへ。あなたの“正義感”は幼稚で空虚だ。過ちを犯さない人間などこの世に存在しない。次回から改めればいいだけだ。

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