朝日出版社「経営陣全員クビ」の大混乱 M&Aで創業者遺族と対立

「不当な会社売却反対」と書かれた横断幕が張られた朝日出版社の自社ビル=2024年10月21日夕、東京・九段下

 語学教材などで知られる中堅の朝日出版社(東京)が、M&Aの手続きによる混乱で揺れている。経営陣が反対する株式譲渡契約を、創業者の遺族が締結。取締役6人全員が解任され、経営体制が不安定になっている。

 朝日出版社は1962年設立。月刊『CNN ENGLISH EXPRESS』を発行し、人文書から実用書まで幅広いジャンルの書籍を手がける。

 同社への取材などによると、創業者が昨年4月に死去。妻と娘が株式を受け継いだが、創業者とは長く別居状態で、会社側に不満を抱えていた。

 経営陣が昨年、自社株買いを検討した際、10億円は必要だとされた。東京・九段下の自社ビルや遺族の居宅など複数の不動産を保有しているからだ。

 だが、今年5月に遺族側の金融アドバイザー(FA)から示された合同会社による買収の意向表明書では、株式代金は4億6600万円とされた。経営陣は遺族に「価格が安すぎる」「もっと好条件の買い手がいるはずだ」と訴え、8月には取引先の印刷会社が7億円で買収する表明書を提出したが、結局、遺族は8月末に当初の買い手と契約を結んだ。譲渡額は8億円超とされる。

 FA側は同時期から、同社が持つ遺族宅を約1億円で妻に売る売買契約を経営陣に求めた。経営陣は前向きだったが、昨夏から経営陣が直接話していない妻にも会って意思を確認すべきだと判断。FAを通じて妻への面会を求めたが、断られた。

 妻の意思確認を求める経営陣に対し、FA側は9月11日に「不動産売買に応じないので全員解任だ」と通告した。登記簿上は同日付で遺族2人を含む3人が取締役に就いた。

 だが、新代表は入院中で、娘は会社に現れなかった。FAが連れてきた「新代表の代理」が銀行の実印などを要求したが、会社側は拒否。株式譲渡はまだ完了していない。

 35人が加入する労働組合は9月中旬から団体交渉を申し入れ、10月16日にスト権を確立。役員解任などの説明を求めるが、新役員3人は交渉に応じていない。

 代表取締役を解任された小川洋一郎氏(52)は「株式を誰に売るかを決めるのは株主だが、従業員のことも考えて冷静に判断してほしい。なぜ今の買い手にこだわるのかを説明してほしい」と訴える。

 遺族の代理人弁護士は「労組への対応は新代表の代理に求め、対応が進むよう努めている」と回答。妻への意思確認はFAや司法書士とともに対面で行い、買い手は「業績、保有資産、条件提示などを踏まえて適正かつ妥当な譲渡額だと判断した」という。

 遺族のFAは「限られた時間で売却金額の最大化に努めた」とし、朝日出版社の現状については「株主の売却の意思決定に旧経営陣が同意できず、現状を招いている。全関係者が納得する理想的なM&Aになっていないのは残念。早期に経営が安定化されることを願っている」とコメントした。(藤田知也)

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