ここで「カンパ~イ」できるなんて! 鉄道ファン至高の瞬間、大井川鐵道の「珍ビール列車」

全国各地で運行され、夏の風物詩ともなっている「ビール列車」。その草分け的存在なのが大井川鐵道です。今では旧型客車を使うなど、昭和のノスタルジーに浸れる演出にも抜かりありません。

昭和の客車列車へ、郷愁と想像

 2024年の夏は大変厳しい酷暑が続きます。さっさと仕事を終え、キンキンに冷えたビールで癒されたい。列車の中で思う存分ビールを飲みたい。できるならば、機関車の牽く懐かしい客車列車で……。

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ビール列車は電気機関車に専用のヘッドマークを取り付ける。E10形E101牽引の2両編成だ(2024年8月16日、吉永陽一撮影)。

 そんな鉄道ファンの欲張りを叶えられるのが、大井川鐵道「ビール列車2024」です。「レトロ列車でカンパイ!」と銘打ち、同鉄道が保有する「旧客」こと、国鉄の旧型客車をビール列車に仕立てています。

 電気機関車が牽引し、昭和50年代まで国鉄で見られた客車の普通列車を再現。当時を知る人々にとっては郷愁を、若い世代には昭和の客車列車の想像を膨らませ、昭和時代を追体験してもらおうと企画されました。

 連結される客車は戦前や戦後すぐの製造です。クーラーはなく、すべての窓を開け放してビールを堪能する列車となっています。日が暮れかける18時10分に新金谷駅(静岡県島田市)を発車し、ボックス席に長テーブルが設置された車内で、おつまみとロング缶を楽しめます。

 2両の客車のうちオハ35 149は室内がニス塗り。「トーマス号」用にオレンジ色を纏い、本来ウインドウシルとヘッダーの補強板が巻かれる側窓は、上部補強板の無いノーヘッダー仕様となり、連結部の妻部も張り上げ屋根となって丸みを帯びた試作車です。

 スハ43はトラストトレイン所有の元・特急「はつかり」用で、青地の塗装に白帯2本線を巻いています。なかなかマニアックな客車の編成が、2024年にビール列車の編成となり、その空間でビールを楽しめるだけで感動することでしょう。

当日中に東京・名古屋へ帰宅可能

 大井川鐵道本線は災害により、起点の金谷駅(静岡県島田市)から川根温泉笹間渡駅(同)までの運行となっています。ビール列車はさらに短く、新金谷~家山間を往復します。乗車は約30分と短めなので、ロング缶で十分です。

 その代わり、木造駅舎の家山駅がビアステーションとなり、駅舎内に設置された2か所のビールサーバから生ビールが飲み放題。郷愁感溢れる駅舎にはビアガーデン風の提灯がぶら下がり、静岡おでんなどおつまみも食べることができます。

 約1時間、堂々と駅飲みを堪能したあとは、19時55分に家山駅を発車し、新金谷駅着は20時25分。その後21時03分発の金谷行き連絡電車へ乗り継いで、そこでJR東海道本線へ乗り換えれば、静岡駅から新幹線を使ってその日のうちに東京と名古屋方面へ帰宅できます。

 ビール列車は大井川鐵道のほか、JRや私鉄、路面電車と、全国の鉄道会社が様々な工夫をしながら走らせており、今や日本の鉄道の夏の風物詩となっています。それぞれの鉄道では自社の電車や気動車を使用しますが、大井川鐵道では唯一、電気機関車牽引の旧型客車列車で実施しています。

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「トーマス号」カラーを纏うオハ35 149。側窓上部の補強板ウィンドウヘッダーを省略し、張り上げ屋根となった試作車。1940年小倉工場製造(2024年8月16日、吉永陽一撮影)。

 大井川鐵道といえば、1976(昭和51)年から蒸気機関車を動態保存しており、年間を通じてSL列車が走り、客車も国鉄から譲渡された何種類もの旧型客車が集う、いわば“動く鉄道博物館”です。近年ではC11形をトーマスに変身させた「トーマス号」が人気を博し、子どもたちの歓声が響き渡ります。

 動ける旧型客車の宝庫だからこそ、「レトロ列車でカンパイ!」が毎年実施できるのかと思いきや、実は旧型客車のみのビール列車は今回が初めてとなります。2023年の実施ではロングシートの7200系電車を使用し、家山駅往復と木造駅舎のビアステーションプランでした。

お酒が飲めない筆者は…

 大井川鐵道のビール列車はコロナ禍で一時中止となりましたが、それ以前は長らく新金谷~千頭間を電気機関車+旧型客車+お座敷車+展望車の編成で往復走行し、車内にビールサーバが設置されていました。この時すでに旧型客車を使用していましたが、トイレ用の控え車両としての連結で、定員はお座敷車+お座敷車+展望車の3両でした。

 これらの車両には座席もテーブルも配置済みであり、この手のイベント列車にはうってつけの存在。名物広報の山本豊福さんによると、2024年に旧型客車のみの編成となった際にテーブルが必要となり、ボックス席へ収まるテーブルを特注したのだそうです。

 では、いつからビール列車を走らせていたかというと、1984(昭和59)年から。ちょうど40年前です。開始当時はまだ昭和ですから、昭和時代の追体験がコンセプトではなく、暑い季節を楽しんでもらうのがきっかけだったのです。

「ビール列車としては先駆け、草分け的存在となりますね。会社は個性的なものを走らせたい使命感があったのでは?」と山本さん。40年前のビール列車では、側窓を廃したクハ861形納涼電車(元・名鉄3800系を改造)が使用されていました。

 ここまで、さも“飲んできた”ように書いてきた筆者(吉永陽一:写真作家)ですが、実は体質変化で下戸になってしまい、酒は一滴も受け付けません。それでも、結果として大満足でした。もちろんソフトドリンクやおつまみなど持ち込み可能で、グループで参加すれば通路を挟んで会話も飲食もはずみ、往年の急行列車旅のように和気あいあいの空間となりました。

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出札窓口の前に置かれたビールサーバ。ビールはセルフではないので失敗せずに済む。サッポロ静岡麦酒を使用していた(2024年8月16日、吉永陽一撮影)。

 列車は適度なスピードで快走し、車窓には暮れゆく井川路の光景が映し出されます。家山駅では薄暮で浮かび上がる旧型客車を眺めながら、淡い提灯の光と木造の暖かい空間に包まれて、名物静岡おでんを頬張る。正直、ビール列車だけど酒がなくても楽しめ、子ども連れの参加も多く見られました。

 今期のビール列車は週末を中心に9月14日(土)まで運行されます(最終日は満席)。山本さんによると、ビール列車を通じて来た人に楽しんでもらおうと、2024年はこの2両編成と行程を提供し、来年以降はどんな形で運行するかアイディアをひねっていくとのことです。

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