北陸新幹線「延伸」はいばらの道? 立ちはだかる「着工5条件」 “建設費”以外もある障壁とは
北陸新幹線の敦賀~新大阪間は、早期開業を望む声があり、ルート案も公表されています。しかしそもそも整備新幹線には、着工の前提となる「5条件」が存在。まだまだ課題が残っています。
避けられない事業長期化
2024年3月に金沢~敦賀間が延伸開業した北陸新幹線。北陸と首都圏の結び付きは劇的に向上しましたが、歴史的に結び付きの深い近畿とは、途中の敦賀駅(福井県敦賀市)で乗り継ぎの必要が生まれました。大阪~福井間など在来線時代と所要時間がほとんど変わらないのに乗り継ぎが必要になり、料金が高くなった区間もあり、残る敦賀~新大阪間の早期開業が求められています。
敦賀~新大阪間は、与党(自民党・公明党)の整備新幹線建設推進プロジェクトチームが2016年、敦賀から小浜、京都を経由して新大阪に乗り入れる「小浜・京都ルート」に決定しています。与党や沿線自治体は同区間の早期着工を求めていますが、ここにきて2016年に対案として示された「米原ルート」を推す声が高まっています。
国土交通省は2024年8月7日、敦賀~新大阪間の駅の位置やルートの詳細案3案を公表しましたが、工期が最も短い京都駅直下を南北に通過する「南北案」でさえ20年を見込んでおり、事業の長期化は避けられません。また、約2兆円と見込まれていた工費は、近年の物価・人件費高騰を踏まえると、約3.9兆~5兆円になるとみられています。
それであれば建設区間が短く、地形的にも工事が容易な米原ルートを採用すべきではないか――というのが米原派の主張です。しかし、どちらの主張を取り入れるにせよ、着工の前提となるのが、次の「着工5条件」です。
(1)安定的な財源見通しの確保
新幹線の建設には莫大な費用がかかります。整備新幹線の建設財源は、営業主体となるJRが受益(新幹線開業で得られる利益)の範囲で支払う貸付料を除いたうち、国が3分の2、地方自治体が3分の1を負担します。国と地方は厳しい財政状況の中、20年以上にわたる整備期間を通じて安定的に財源を確保する必要がありますが、これは努力によって解決できる部分ではあります。
(2)収支採算性
国の公共事業として行われる整備新幹線には、かつて国鉄が赤字路線を次々に開業したことが破綻の要因の一つになった反省から、採算の取れない路線は作らないという大原則があります。そこで整備区間ごとに整備新幹線と並行在来線にかかる収入と費用を推計し、新幹線が整備される場合の収益と、整備されない場合の収益を比較。その差である「受益」がプラスになる必要があります。
(3)投資効果
ここにきて米原派が再び勢いをつけてきた最大の要因が投資効果です。税金を使う事業である以上、投じた資金を上回る効果がなくてはなりません。整備新幹線は、建設費、用地関係費、車両購入費、施設の維持更新投資といった「費用(C)」を、所要時間短縮など鉄道利用者が受ける利用者便益と、鉄道事業者の収支改善など供給者便益の合計である「便益(B)」が上回る(B/C>1)必要があります。
しかし2016年の試算では、小浜・京都ルートは総費用8000億円に対して総便益が8600億円、B/C(費用便益比)はギリギリの1.1でした。前述のように建設費が2~2.5倍になれば、B/Cは1を割り込み0.5程度まで低下する可能性があります。
一方、米原ルートは2016年の資産でB/Cが2.2と算出されており、費用が倍になっても1を超えるというのが米原派の主張です。ただB/Cの算出方法そのものを見直そうという動きもあり、国交省が2025年中に発表を予定している最新のB/Cが注目されます。
白黒ついてない「並行在来線」問題
(4)営業主体としてのJRの同意
整備新幹線は国(鉄道・運輸機構)が整備主体、JRが営業主体となる「上下分離方式」で整備されます。国・自治体は単独で新幹線を経営できないので、JRに引き受けてもらわなければ事業は成立しません。そこで着工にあたっては、JRが整備区間の営業主体となることを同意する必要があります。これも国鉄時代の反省を踏まえ、JRが必要としない路線を押し付けないための条件です。
北陸新幹線延伸区間の営業主体となるJR西日本は、2010年代初めまでは米原ルートを支持していましたが、現在は小浜・京都ルートを前提にしています。米原ルートに転換した場合、JR西日本の同意が得られない可能性があります。
(5)並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意
新幹線の開業で在来線特急が廃止される路線は、並行在来線としてJRから経営分離され、自治体が出資する第3セクター鉄道に移管されます。地元にとっては、普通列車主体の地域密着ダイヤに転換する点がメリットですが、運賃値上げは避けられず、自治体が赤字経営を受け入れるなど負担も少なくありません。
そこでJRに整備新幹線を押し付けないのと同様に、自治体にも並行在来線を押し付けることがないように、経営分離の同意が必要としています。多くの地域では新幹線誘致の「代償」として並行在来線の受け入れはやむなしと考えていますが、小浜・京都ルートは滋賀県内を通過しないにもかかわらず、(現在の原則から言えば)特急「サンダーバード」が走る湖西線が並行在来線に指定される見込みです。
滋賀県が「湖西線は並行在来線ではない」と主張すれば、JR西日本は「どれが該当するかは明確ではない」と言葉を濁しますが、いずれにせよ、いつかは白黒つけなければならない問題です。
西九州新幹線における長崎本線・江北~諫早間は、鉄道施設を佐賀県と長崎線の出資する3セク「佐賀・長崎鉄道管理センター」が保有し、JRが運行を担う上下分離方式とすることで、「並行在来線」ではない=沿線市町村の同意を必要としないと整理した事例がありますが、北陸新幹線の場合は、そもそも滋賀県が反対すれば話は進まないでしょう。
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このように北陸新幹線・敦賀~新大阪間の着工には、ルート選定以外にも様々な課題が立ちはだかります。国交省が目指す2025年度の着工は、かなりハードルが高いと言わざるを得ません。
09/06 07:12
乗りものニュース