車内で泣いちゃう人がいる?「すごすぎて…」 人気列車の10年を支えた“尋常じゃないおもてなし” 背景にあった危機

JR四国の観光列車「伊予灘ものがたり」が10周年を迎えました。乗車人数20万人を達成し、いまだ乗車率8割以上を維持している人気の秘密には、地域の“尋常ではないおもてなし”がありました。

人気観光列車の10周年ラッピング 車体側面には「長文」が

 JR四国が初めて、食事が楽しめる本格的な観光列車として打ち出した「伊予灘ものがたり」が、2024年7月26日に運行開始10周年を迎えました。JR予讃線の松山駅と伊予大洲駅・八幡浜駅のあいだで週末を中心に運行。車窓には穏やかな伊予灘の海が広がり、愛媛自慢の食材を楽しめる列車ですが、いまだ乗車率は常に8割を超えるという人気ぶりです。

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夏休みの午後、初代伊予灘ものがたりの通過に集まり“お手振り”。こうした姿が至るところで見られた(坪内政美撮影)。

 10周年を記念して報道陣にお披露目されたのは、2022年4月にキハ47形を種車とする初代から引き継がれた2代目車両への記念ラッピングでした。このラッピングは今年の12月22日まで実施され、車両正面には記念のヘッドマークが装着されるそうです。

 瀬戸内海の松山以西に広がる穏やかな伊予灘に沈む夕日をイメージした茜色と黄金色を纏った3両編成のキハ185系の側面には、それを祝うロゴマークや、「10周年ありがとう。これからも」の大きなメッセージのほか、シャボン玉が飛び交うイラストも。このシャボン玉は近年、沿線住民が列車の“おもてなし”のアイテムとして使うようになったものです。

 さらに、1号車山側と3号車海側には、なにやら手書きの長文メッセージが書かれています。それには、伊予灘ものがたりアテンダントの熱い思いが込められていたのです。

“おもてなし遅延”が発生!?

 この観光列車の一番の魅力は、なんといっても沿線住民の“おもてなし”でしょう。アテンダントのきめ細やかな気配りによるおもてなしもさることながら、車窓を眺めると、見ず知らずの沿線の人たちが笑顔で手を振っているのです。

 それも1か所や2か所の話ではなく至るところで遭遇し、そのたびに列車はオリジナルの曲を車外に取り付けられたスピーカーから流して減速、徐行を行うのです。

 初代の車両は、もともと徳島で普通列車として使っていた非力のキハ47形を改造したものでしたが、これでは回復運転がままならず、常に“おもてなし遅延”が発生。伊予大洲駅や松山駅で岡山へと接続する特急列車にまで影響が及んでいたといいます。

おもてなしの背景にある“過去の記憶”

 沿線の“おもてなし”ぶりは尋常ではありません。通過するだけの駅や民家の軒先、営業中のガソリンスタンドでも、タヌキやピエロに変身した近所中の人たちが集い、花やオリジナルで作った旗やプラカードを持って、しかも笑顔で手を振ってくれます。

 これは、運行しているJRが演出で頼んだことではなく、四国独自のお遍路文化・おもてなし精神をもち、また、地域鉄道への存続意識が高い沿線住民たちが自主的に始めたものなのです。

 運行されている予讃線の海回り区間(伊予市-下灘-伊予大洲)は、1986年3月にそれまで枝線であった内子線を取り込む形でバイパス線(山回り)が開通し、メインルートから外れました。その際、今では絶景の観光名所ともなっている下灘駅を含め、この海回り線は廃止される計画があり、住民が存続運動に奔走した経緯があったといいます。

 毎年9月第1土曜日に実施され、夕日が沈む伊予灘を背景に下灘駅ホームをステージにして行われるプラットホームコンサートは1985年から始まったものですが、もともとは路線廃止反対運動の一環で地元有志が集まって「こんな素晴らしい路線を廃止にするのか」と抗議のコンサートを行ったことがきっかけだといいます。

 そのローカル区間を活かした観光列車が「伊予灘ものがたり」です。沿線では10年前から人々が“おもてなし”をずっと欠かさず続けているという地域もあれば、「あの地域に負けないお手ふりをして、お客さんに喜んでもらいたい」という地域もあり、おもてなしの輪が広がっていきました。

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「地元の方々に読んでほしい」と描かれた3号車のメッセージ(坪内政美撮影)。

 沿線住民に話を聞くと、「お手振りは、もう生活の一部。ないとさみしいくらい」とか、「伊予灘ものがたりの時刻が体内時計に組み込まれている。時間になると自然と手を振りに行くのが当たり前になっている」「お手ふりが1日4回、週末に走っているので旅行やお出かけもできない!」と苦言を呈しながら笑みをこぼす人も。

 ガラス窓一枚隔てていても、その向こうに笑顔があれば、不思議とそれは喜びに変わる――相手の笑顔が、もう一方の笑顔になり、まさに連鎖反応が起こっています。乗客のなかには、そのおもてなしに圧倒され、涙する人もいるほどです。

車体側面のメッセージは「アテンダント筆」

 この笑顔のおもてなしこそが乗客と地域を結び、あたたかい絆が生まれているのだと、アテンダントたちは声をそろえて言います。

 アテンダント自身も乗務しながら、沿線の人たちと心を通わせています。中には家族のように接してくれる人や、水害で運休を余儀なくされ、復活に向けた試運転でスタッフしか乗っていないと分かっていても、普段と変わらず乗務員にお手ふりをしてくれ、「おかえり!」とプラカードを振ってくれた人もいるといいます。

 冒頭で紹介した車体側面の長文メッセージは、そんな沿線の人々にアテンダントが綴った感謝の言葉です。

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報道公開の翌日となる7月19日から専用ラッピングで運行された。予讃線高野川―伊予上灘(坪内政美撮影)。

 料理や景色だけではない、この列車の魅力を知っている乗客は、「また乗りたい」とリピーターになってしまい、中には数百単位での乗車数を誇る常連客が何十人もいるうほどです。そうした結びつきもまた沿線を活気づけています。何度も顔を合わせるうちに、会話も弾み、この列車は多くの人たちの笑顔とものがたりを運んでいるのです。

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