都知事が変わると「都バス」も変わる!? 歴代で真の「都バス知事」は誰だ? 「色を変えよう」「深夜もやろう」

いよいよ東京都知事が行われます。「都民の足」を担う都営バスは、都知事の変化で施策も大きく変わってきました。これまでの都知事は都営バスをどう変えてきたのでしょうか。

今年40周年を迎えた「看板路線」は任期最長の都知事時代に登場

 東京都知事選挙が2024年7月7日に行われます。都知事が変われば施策も変わるのは、「都民の足」である都営バスも同様。都営バスは歴代知事の意向も反映しながら発展してきました。

 これまで都知事は初代の安井誠一郎氏から現職の第21代小池百合子氏まで9人が務めてきましたが、なかでも第9代~第12代を歴任した鈴木俊一都知事(就任期間:1979年4月~1995年4月)の時代には、現在に続く、ある都営バスの画期的な路線が登場しました。それが、渋谷駅東口から六本木を経由し新橋駅前を結ぶ「都01」系統です。

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再開発が進む渋谷駅東口。「都01」系統と、別経路で新橋駅前を結ぶ「都06」系統が発着する(水野二千翔撮影)

 路線バスは1950~60年代にかけて黄金期を迎えましたが、その後のモータリゼーションの発達で定時運行が困難になるなどし、都市交通としての地位が下がりました。そこで1982年、運輸省(現国土交通省)はバスの復権を目指して「都市新バスシステム構想」を発表。エアコンの設置や低床化したハイグレードな車両、道路にはバスレーンや上屋付きの停留所、バスの走行位置を表示するバスロケーションシステムなどを整備して、乗りやすい「都市新バス路線」を作るという計画でした。

 これに呼応し登場したのが「都01」です。渋谷駅前~六本木駅~新橋駅前間にはもともと橋89系統が設定されていました。3つの繁華街を結び、今後も路線の発展が望まれるため白羽の矢が立ったのです。一部経路の変更や路線の整備を進め、1984年3月31日に、改めて「都01」として運行開始し、2024年で40周年を迎えました。

「都01」には愛称も設定されることになり、公募から選ばれた「グリーンシャトル」と名付けられました。これを皮切りに、利用者が多い系統の“都市新バス化”が図られ、大塚駅前~錦糸町駅前の「都02」(グリーンライナー)から日暮里駅前~錦糸町駅前の「都08」(グリーンリバー)まで「都」がつく8つの系統が設定されています。

 2024年4月には「都03」「都05-1」系統の起点・晴海埠頭付近の運行ルートが、東京2020大会の選手村だった晴海フラッグの「街開き」に合わせて変更されました。「都03」は新設された晴海五丁目ターミナルに乗り入れ、「都05-1」は晴海ふ頭公園南を経由するなど、時代や街の開発に合わせて、いまも手が加えられています。

コミケ利用者に優しかった知事!?

 鈴木都知事時代には都市新バスの導入のほかにも、都営バスに関する様々な施策が行われました。1988年から1990年にかけては、終バス後にターミナル駅間を結ぶため渋谷駅前~新橋駅前に「深夜01」系統など深夜バス4系統や、銀座と三鷹駅北口を結ぶ深夜中距離バス(関東バスと共同運行)、上野駅前と春日部駅西口を結ぶ深夜急行バス(東武鉄道と共同運行)を運行しました。都庁が新宿に移転した1991年には新宿駅西口から都庁第一本庁舎を結ぶ循環路線「C・H01系統」が設定。「C・H」はシティ・ホールの略です。

 他の都知事の時代にも、都営バスでは特徴的な取り組みが見られます。

●初代~第3代 安井誠一郎(就任期間:1947年5月~1959年4月)

 戦後の混乱が収まらない時代。1947年には米軍払い下げのトラックを活用したバスが登場。輸送力増強のため、遊休車のエンジンを外してトレーラーとしてトラックに繋いだ「親子バス」が荻窪~東京駅などに投入されました。また、当時バスの燃料にはガソリンが使用されていましたが、容易に手に入りませんでした。そこで1949年から新潟県産の天然ガスを燃料にしたバスが走るように。のちに千葉県産の天然ガスも使用されました。

●第4代~第5代 東 龍太郎(就任期間:1959年4月~1967年4月)

1950年代後半以降、自動車の普及や地下鉄建設の進展で、バスや都電、安井都知事時代に開業したトロリーバスの利用率が低下。東京都交通局は赤字に転落します。業務効率化のため登場したのが、車掌を廃し、運転手が料金を収受するワンマンカーです。1965年2月に堀ノ内車庫前~新宿駅西口、新橋駅前~東京タワーなど9系統で実施され、じょじょに都バス全体へと広がっていきました。

●第6代~第8代 美濃部亮吉(就任期間:1967年4月~1979年4月)

 アイボリーにスカイブルーのカラーリングをまとったバスが1968年6月に登場。1980年まで使用されました。美濃部都知事の就任期間とほぼ重なることから「美濃部カラー」と呼ばれることも。また、1964年の東京オリンピック開催にあわせて首都高速が次々と建設されましたが、これを活用して、1968年には東急電鉄との共同運行路線だった桜新町~東京駅南口に、朝夕の通勤時間帯だけ首都高速を経由する通勤急行バスが登場しました。

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都営バスの歴代カラー。「美濃部カラー」は左下(画像:東京都交通局)。

●第13代 青島幸男(就任期間:1995年4月~1999年4月)

 ドラマ『意地悪ばあさん』で主人公を演じた青島都知事は、お台場など臨海副都心を舞台にした「世界都市博覧会(都市博)」の開催を中止しましたが、この当時、都営バスはお台場方面に積極的に進出しています。東京駅八重洲口と東京ビッグサイトを結ぶ「東16」系統は1996年3月に登場。「コミックマーケット」などのイベント後、混雑するゆりかもめやりんかい線を避けるため利用した経験がある人も多いでしょう。

「ラッピングバスをやれ」

●第14代~第17代 石原慎太郎(就任期間:1999年4月~2012年10月)

 都営バスの新たな財源確保や経営効率化が進められたのが石原都政の時代。2000年、収入増を狙い、バス車体全体を広告で覆う「広告ラッピングバス」を導入しました。また、営業所の運営を民間事業者に委託する仕組みもスタート。2003年から観光バス大手のはとバスが早稲田営業所杉並支所(当時)の車両を使用して運行管理や整備を行う受託運行を始めました。現在では合計5箇所を受託運行しています。

●第18代 猪瀬直樹(就任期間:2012年12月~2013年12月)

 猪瀬知事の就任期間はわずか1年ですが、車両面では大きなトピックスがありました。1997年の青島都知事時代に導入が始まったノンステップバスが新車として投入される一方で、従来のツーステップタイプが数を減らしたため、2013年3月、ついに路線バスの全車両がノンステップバスとなりました。

 また、12月からは渋谷~六本木で終夜運転がスタート。毎週金曜日の深夜に1時間に1本程度走らせ、いわゆるナイトタイムエコノミーを盛り上げようとする意欲的な取り組みでしたが、利用は振るわず、2014年10月末で廃止されました。

●第19代 舛添要一(就任期間:2014年2月~2016年6月)

 このころからインバウンド需要が拡大し、2016年度には都営バスの外国人を含めた利用者が1日60万人以上を数えることも。そこで路線案内板のデザインを改修して英語、韓国語、中国語(簡体字)に対応し、停留所の接近表示機にも英語が掲出できるようにしました。

●第20代~第21代 小池百合子(就任期間:2016年7月~)

 東京2020大会開催に向けて、インバウンド需要や輸送量増加に対応する動きが見られました。海外からの利用客にわかりやすいように、一部の系統番号に「英字+数字」を付与する「系統ナンバリング」が始まったのが2019年10月。冒頭で紹介した「都01」系統は「都01(T01)」となりました。

 また、選手村が住宅に転用されるなど、大会会場周辺は将来にわたり利用者増加が見込まれることから、輸送力増強を図るため、有明自動車営業所が2020年3月に開所しました。2020年春以降の新型コロナウィルス禍では、2021年5月からワクチンの大規模接種会場へ送迎バスを運行したことも記憶に新しいところです。

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 経営合理化やインバウンド需要への対応など、時代のテーマに合わせて次々と改善策や新機軸を打ち出してきた都営バス。現在では2024年問題に端を発した運転手などの人員不足が大きな問題となっています。都営バスのさらなる進化に向け、新しい都知事がどのような策を打ち出していくのか注目です。

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