東京湾に来る!? 異形の「水素をつくる船」 とんでもない姿の「動くプラント」が“早期に実用化”できるワケ

商船三井が「水素をつくる船」の開発を進めています。巨大な筒状の“帆”を何本も甲板に林立させ、それで風をつかまえて運航や水素精製の動力に活用するというもの。極めて先端的な技術と思いきや、そうでもないようです。

「水素をつくる船」その仕組みとは?

 流線形をした異形の船体、甲板には巨大な“帆”が林立――海運大手の商船三井が2024年現在、このような船の開発を進めています。グリーン水素生産船「ウインドハンター」です。
 
 洋上風力を推進エネルギーにする帆の技術を活用し、航行しながら船内で水素を生産、そして船舶や陸上の消費地向けに水素燃料の供給を行うという構想です。水素はCO2(二酸化炭素)を排出しないクリーンエネルギーとして注目が集まっており、商船三井は「ウインドハンター」により、生産から利用までGHG(温室効果ガス)排出しないゼロ・エミッションのサプライチェーンを作ることができる、としています。

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ウインドハンターのイメージ(画像:商船三井)。

 商船三井技術顧問で大内海洋コンサルタント代表取締役の大内一之氏はウインドハンターについて「これは輸送のための船ではなく、水素を生産する船だ」と強調します。

 商船三井は2050年までにグループ全体でのネットゼロ・エミッション達成を掲げており、運航船舶からのGHG排出を大幅に削減できる環境に優しい次世代エネルギーとして、風力と水素に着目し導入に取り組んでいます。

 その一環として開発中の「ウインドハンター」に搭載されるのは、「ウインドチャレンジャー」と呼ばれる風力推進装置です。ウインドチャレンジャーは状況に合わせて角度や高さの変更が可能な4段階の伸縮機構を備えた「硬翼帆」で、2009年に東京大学を中心とする産学共同プロジェクト(大型風力推進船開発)として開発がスタート。2017年からは商船三井と大島造船所が実装プロジェクトとして発展的に引き継いで実用化に至っています。

 ウインドチャレンジャー自体はすでに実船搭載が行われており、2022年10月に10万重量トン型バルカー「松風丸」(10万422重量トン)が竣工しています。現在は、これに続く搭載第2船の6万2900重量トン型バルカーが2024年中の竣工を目指して大島造船で建造中です。

「松風丸」に搭載されたウインドチャレンジャーは1本のみ。新造バルカーもウインドチャレンジャー1本とイギリスのアネモイ・マリン・テクノロジーズが開発した「ローターセイル(円筒帆)」の組み合わせとなっています。

 これに対し商船三井が公開したイメージ図でウインドハンターは、ウインドチャレンジャーを12本も船上に搭載するとしています。

カギを握る「身近な文具で使われる物質」

 ウインドハンターは、洋上で吹く風を用いてCO2を出さずにグリーン水素を作り、船内に貯めて陸上へと運ぶことから、動く洋上風力発電と水素生産設備が融合したハイブリッドプラントとも言える存在で、全く新しいコンセプトの船となります。

「帆をたくさんつければ、どんどんエネルギーが出てくるので、それを船にため込む。風の弱いときには貯めたエネルギーを使って船を動かす。要するに、化石燃料を一切使わないということになる」(大内氏)

 しかも、ウインドハンターは船内に乗組員を乗せない無人運航船です。風が強いところへ自ら向かい、風の力で航行しながら、水中のタービンを用いて発電し、海水から作った純水を電気分解することで水素を生産します。

 生産した水素はトルエンと化学反応させ、常温常圧の液体であるメチル・シクロヘキサン(MCH)として船内のタンクに貯蔵します。MCHは修正液の溶剤などで使用されている身近な物質で、取り扱いも容易という利点があります。液体状態では、水素ガスと比べると体積当たり500倍以上の水素を含んでいることから、効率よく水素を運ぶことができる“水素キャリア”として注目されているほか、マイナス253度にもなる極低温の液化水素を輸送するのに必要な冷却設備も必要としないため、コストも削減できるとされています。

 船内のMCH貯蔵タンクの容量が一定量を超えると、荷揚げに向けた準備を始め、港へ戻るための自動航行装置が起動。船の位置から寄港地までの風の状況を予測し、定時性を考慮して風エネルギーと推進プロペラを組み合わせたハイブリッド推進によって航路の最適化を図ります。ウインドハンターの情報は陸上側でも共有されており、同船が寄港に向けて動き出すと、港でもMCHの受け入れに向けた準備が行えるようにする構想です。

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ウインドチャレンジャー搭載の貨物船、松風丸。将来的には推進補助装置として複数取り付ける構想も(画像:商船三井)。

 航行の途中で風が弱まった場合は、自動制御で硬翼帆が下げられ、格納されていた推進プロペラによる航行に切り替えます。MCHの一部は、貯蔵タンクから機関室へと運ばれ、化学反応により水素とトルエンに分離。水素と燃料電池を組み合わせて推進プロペラを回転させることで推進力を生み出し、風がないときでも一定の船速を保持し、完全ゼロ・エミッション航行を実現していく予定です。

どれだけつくれば「原発1基分」に?

 さらに、無人運航船であるため、着岸時はドローンが係船索を陸上へと運びます。船と陸側設備とをつないでMCHを陸揚げし、船のタンクが空になるとトルエンを補給しつつ、船の現在地から効率的にたどり着ける風が強いエリアを探し、再び水素を生産するため出港します。

「ウインドハンターは基本的には既に確立された技術の応用で、早期の実用化が可能だと考えている。大型化・多数隻化ができ、220m級の双胴船を30隻建造した場合は、原子力発電所1基分のエネルギー生産量になる。グリーン水素を他国に頼らず自前で生産し販売できるようになれば、エネルギー安全保障にも役立つのではないか」(大内氏)

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ウインドハンターの実験船、ウインズ丸。大村湾で水素精製に成功している(画像:商船三井)。

 このウインドハンタープロジェクトは東京都が行う「東京ベイeSGプロジェクト」の2023年度先行プロジェクトに採択されています。東京湾や周辺海域で、まずヨット型の実験船「ウインズ丸」を使い、実船上でのグリーン水素生産、MCHの船上貯蔵、中央防波堤エリアでの陸揚げ、水素の供給といった一連の流れが実証される予定です。

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