新幹線の運転士は「数字を合わせるだけ」? 自動運転の導入で注目が集まる超高度な“運転士のワザ”と、自動運転の乗り心地のリアル

東海道でも東北でも山陽でもなく…新幹線で初めての自動運転が「上越新幹線」だった“納得の理由”とは〉から続く

  JR東日本が上越新幹線の「ドライバレス運転」と「無人運転」の導入スケジュールを発表したことで、にわかに鉄道の運転士の仕事に注目が集まっている。

【写真】JR東海が開発中の自動運転制御はこんなにも複雑だが…「乗った新幹線が無人だった」という日も遠くない?

 しかし実は、「自動運転」は地下鉄や大手私鉄を中心にすでに導入が進んでいる。

©︎AFLO

 東京メトロは丸ノ内線、日比谷線、東西線、千代田線、有楽町線、副都心線、南北線で導入済み。他の都市の地下鉄も札幌市、仙台市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市の全部または一部の路線に導入済みだ。

 JR九州の香椎線、JR東日本の常磐線各駅停車の一部でも実用化されている。踏切のある路線は事故の懸念があるが、運転士が乗務して非常ブレーキを担当する。

 ただこれらの通勤路線は、駅間が短いため自動運転を導入しやすい事情がある。なぜなら「運転パターンが単純」だからだ。

 発車したら最高速度までスピードを上げて、あとは惰行。停車駅が近づくとブレーキ操作を開始して、一定の減速度で停止位置にピタッと止める。途中に勾配があるなど加速が必要な場合は、あらかじめそこで加速して速度を保持するようにプログラムしておく。

新幹線の自動運転が、通勤路線よりも難しい理由

 ところが新幹線の自動運転は難しい。速度が高くなるほど空気抵抗を強く受けるから、惰行すればたちまち速度が下がってしまう。常に一定の速度を保つためには、適切な加速操作が必要になるからだ。

 同じ区間でも、列車の種別や時間帯によって最高速度が異なるのも複雑だ。新幹線の速度メーターには最高速度が示されており、区間によって指示速度が上下する。指定された最高速度を超えると自動的にブレーキがかかるが、指定された速度を下回れば、次の駅に予定された時刻で到着できない。

 新幹線の運転士は、運行ダイヤを維持するために指示された速度の直前を保ち、なおかつ制限速度を超えないように操作する。まるで指示速度に実際の速度をなぞり合わせていくゲームである。

 自動ブレーキが発動すると乗り心地が悪くなるので、最高速度の数値の変化に合わせるあまり、急加速、急減速をすることは避けたい。

運転士によって新幹線の使用電力が変わる?

 一見すると運転士の仕事は「数字を合わせるだけ」に見えるが、実はそうではない。

 列車によって最高速度が異なるし、乗客の数によって加減速の勘所も違ってくる。なので運転士は列車ごとの運転パターンや、列車の重さによる加減速の癖も覚えるなど経験を重ねていく必要がある。

 運転士が判断基準にするのは、通過駅ごとに定められた時刻だ。「A駅を○時○分○秒に通過した。B駅を□時□分□秒に通過するためには、時速△△△kmで××分走ればいいんだな」と、常に計算しながら走っているという。駅間ごとに何回も計算しているそうだ。

 なので運転士の技術によっては、同じ時刻で通過しても電力使用量が異なることがある。急加速や急減速をすれば当然電力の使用量は増える。そこが運転士の技の見せどころなわけだ。

現在の自動運転の実力を体感すべく乗ってみると…

 2023年5月、JR東海は自動運転列車の走行試験を報道公開した。この時の自動運転は運転士が乗務したが、仕事は発車スイッチを押すだけ。列車の走行中は前方と機器の見守りだけ行った。

 あらかじめ途中の駅の通過時刻を設定しておけば、あとは定時に通過できるように列車の速度を機械が調整してくれるのだ。走行中に天候や安全確認のため減速した場合も最適な速度を維持し続けるという。人間の運転士が「何回か」実施する計算を、機械は走行中ずっとリアルタイムで行い、速度を調整しているという。

 自動運転の試運転は、浜松から静岡までの往復だった。私も乗車したが、ふだん乗っている列車と変わらない乗り心地だった。

 東海道新幹線は駅に到着する時間の誤差の許容範囲は定時の前後15秒以内で、停止位置は規定の前後50cmまでとしている。私が試乗した列車は、浜松から静岡までは予定時刻より2秒早く、停止位置の誤差は0.9cm。静岡から浜松までは2秒遅く、停止位置の誤差は12cmだった。きわめて優秀と言えるだろう。

運転士の仕事は「新幹線の指示速度に合わせるゲーム」なのか

 列車の運転士は飛行機の操縦士と同じかそれ以上に花形職業だった。自らの技量を発揮して巨大な列車を高速で走らせる部分も仕事の魅力だったことだろう。

 しかし安全と正確を突き詰めて、人間がミスする部分から徐々に自動化を進めた結果、運転士の仕事は「新幹線の指示速度に合わせるゲーム」に近づいている。機械が主で、人間はその補助というのが現状だ。

 行政改革の中には「民間にできることは民間に」というスローガンがあった。OA(オフィス・オートメーション)も、「機械にできることは機械にやらせよう。人はもっとクリエイティブな仕事をすべきだ」という考え方だ。

 鉄道の現場も「機械にできることは機械に」という考え方が主流になりつつあるようだ。

 CNN日本版が2017年8月10日に公開した記事「操縦士なしの飛行機、3.8兆円の経費削減も乗る人いる?」によると、航空機はコンピューターの支援による自動化が進み、操縦士が手動操作する時間は平均で10分間以下だという。

 しかもパイロットが操作する10分間というのはほとんどが「離陸はパイロットが行う」というルールを守るためだけの時間で、技術的には完全自動運行も可能だという。

 鉄道においても、JR東海が「運転士が乗務したうえでの自動運転」を目指しており、JR東日本は無人運転をゴールとして研究開発を実施している。

 あなたが乗った新幹線列車が、実は自動運転だった。そんな未来が近づいている。

(杉山 淳一)

ジャンルで探す