絵本作家・鈴木のりたけ「子育てで一番重要なことは、忍耐・待つこと」。大ヒット絵本「大ピンチずかん」シリーズに続く最新作『たれてる』誕生秘話

「大ピンチずかん」「しごとば」「ゆうぐ」シリーズなど、数々のヒット作を連発してきた絵本作家・鈴木のりたけさん。最新作『たれてる』(ポプラ社)は、過去の作品と一味違った仕上がりとなっている。

『たれてる』が目指すものはなんなのか。3児の父としても知られる鈴木さんに、子育てにおいて大事にしていることもあわせて聞いてみた。

(取材・文=さわだ 撮影=川口宗道)

「あれ? これ何が面白いんだっけ?」みたいなことはしょっちゅう

――「大ピンチずかん」シリーズや過去の作品と比べて、『たれてる』は文字の量や書き込みが少なく、子どもの想像力をかき立てる作りになっていますね。

鈴木のりたけさん(以下、鈴木) もともとはワンシチュエーションで成立するアイデアをどんどん並べていく絵本を作ろうと思っていたんです。例えば、バナナの皮を剥こうとしたら次のページごと破れてしまうトリックアートだったり、カウボーイが投げ縄を頭上でブンブン回していたらそのまま飛んでいっちゃったり…。そういうものを7年くらい前からずっと考えていました。そんな折、3年前くらいにポプラ社さんから「言葉に頼らない世界で通じる本を作りましょう」とお誘いを受けたんです。

――たくさんのアイデアの中から、ひとつを採用したのですね。

鈴木 採用されなかった膨大な数のアイデアたちにも、陽の目を見させてあげたいんですけどね。

――「たれる」というアイデアは、どのようにして生まれたんですか?

鈴木 ひたすらドーナツを描いて、ああでもないこうでもないってしていたら、息子が1枚のチョコまみれの真っ黒になった絵を見て「もうドーナツかどうかわからなくなってるじゃん」って喜んだんです。あ、こういうのが面白いんだと。そこから、チョコレートをどんどんたらす、というところに辿り着きました。

――お子さんの反応からアイデアが閃くことは多いのですか?

鈴木 やっぱりありますね。子どもと公園で遊んでいた時に「プラタナス」って言葉を噛んじゃったんです。当時3歳くらいだった娘は、「プラトナス〜」「プララタナッス〜」って一日中笑っていまして、そこから『す~べりだい』『ぶららんこ』『すなばばば』という「ゆうぐ」シリーズを作りました。子どもの言葉をスタート地点にして、遊具の名前を1文字だけ変えてみたらどうだろうとか、「すべりだい」を逆から読むと「いだりべす」になってイギリスの女王っぽいなとか、アイデアを膨らませていきました。

――お子さんにヒントをもらいながら作っていった?

鈴木 いや、最初だけかもしれないですね。あんまり子どもの顔色ばっかりうかがって作っちゃうのもよくないし、自分が楽しまないと筆も乗っていきませんから(笑)。子どもが面白がることを大人の頭で分析して、伝わりやすいようにまとめていくのが大変なんです。ばーって描いて、しばらく寝かせて冷静になってもう1回考え、少しずつ修正していきます。

――アーティスティックな反面、ロジカルな思考も必要とされるんですね。

鈴木 ですね。「あれ? これ何が面白いんだっけ?」みたいなことはしょっちゅうです(笑)。

楽しんでくれれば、絵本を読んでくれなくたっていい

――『たれてる』を読み聞かせする大人に伝えたいことは?

鈴木 とにかく楽しく読んであげてほしいです。冷静に「たれてる、たれてる」とか言っても楽しくないじゃないですか? 「うわー! たれてるー!!」とか「た、たれてる…」とか、読むたびに言い方もどんどんアレンジしてほしい。楽しんでさえくれれば、僕の絵本なんて読んでくれなくたっていいです。

――よ、読まなくてもいい?

鈴木 全然いいですよ。表紙だけ見て「そういえば、駅前にドーナツ屋できたねー」「今度買ってきてよー」とか会話が始まってもいいし、どんどん関係のない話に脱線してくれてもいい。この本が親子のコミュニケーションのきっかけになってくれたら、僕は嬉しいですよ。

――鈴木さんも子どもに読み聞かせをする時に、脱線することがあるんですか?

鈴木 あります、あります。世の中には残念ながら“駄作”とされている絵本もあるわけじゃないですか? でも、我が家ではそういう作品も独自に楽しんでいて、途中まではいつもどおりに読んでいたのに、最後のあんまり面白くないオチのページのところで「なんだこりゃー!」って本を投げ捨てたりします(笑)。いまいち読む気になれなかったら「あれ? なんかこの本ページが開かないぞー!」とかふざけたり…。メッセージをちゃんと汲み取ることだけが絵本の楽しみ方ではないと思っています。

子育てで一番重要なこと

――お子さんが3人いらっしゃいますが、子育てで大事にしていることはなんですか?

鈴木 「忍耐・待つこと」、これに尽きますね。うちの子は小学校入学して1週間ぐらいで「学校に行きたくない」って言い出したんです。もちろん親としては行ってほしいですが、でも強制するのはよくない。なぜなら、「行きたくない」も立派な自己主張なんですよ。それを認めなかったら親子の関係としてダメじゃないですか?

――親としてはなかなか難しいところですね…。

鈴木 だから「忍耐」という言葉になるんですよ。僕の人生ではなく、あくまで子ども自身の人生です。最終的に全部責任を負うわけにいきません。もちろん「学校楽しいよー」とか促すことはしましたけど、それでも強制はしませんでした。最初は家でずっとゲームしたり、ダラダラしたりしていて、もうどうしよう? って感じだったんですけど、時間が経つにつれて子どもに勉強への意欲が出てきたんですよ。

 やっぱり、やらされるのと自分からやるのでは、吸収力が違いますよね。週に1回だけ個別指導の塾に行かせたら、それまで何も勉強していなかったのに、すぐに同じ学年の学習進度に追いつきました。自分の判断で人生を歩んでいくために、親が強制や先回りをせずに見守ることは非常に大事だと思います。

――他にも「忍耐」が必要だと感じたことはありますか?

鈴木 学校に行く行かない、となると難しいテーマになってしまいますが、日常的な場面でもたくさんありますよ。例えば、子どもが牛乳をこぼすじゃないですか? 案じて先回りしてタオルで拭くのは簡単ですが、こういう時も、待つことによって考えさせる機会になるんです。子どもは、はじめはどうしていいかわからないから、ティッシュをたった1枚持ってきて、それで拭いてみるんです。でも、それでは全然足りないことを学んで、ティッシュを捨てようとゴミ箱に持っていく時に、その牛乳が床にたれることを学ぶ(笑)。

――うわー、口出したくなっちゃいますね(笑)。

鈴木 でも、最終的には大人が拭けばいいだけですから、大したことではないんですよ。「こぼさないで!」「早く拭いて!」と思わずに、「いったいこの子はどうする気なんだろう?」という目線で見れば、待つことはそれほど難しいことじゃないです。むしろ失敗して少しずつ学んでいく子どもの姿を見るのは喜びでもあります。そっちの方が、僕も子どもも楽しいですしね。

大ヒット作家が絵本作りをやめる可能性…

――鈴木さんは人を楽しませるのが好きな方だと感じます。

鈴木 自分本位なだけですよ(笑)。人生の本質として、やっぱり自分が楽しくないと意味がないじゃないですか? なので、自分が楽しむために関わってくれた人にも楽しんでもらう。そうすると、また自分が楽しくなってくる。そういう相互作用が一番いいですよね。

――その最適解が絵本作家だった?

鈴木 いや、もともとなろうと思ってなったわけではないんです。ただ漠然と、自分の名前が残るような仕事がしたくて絵本のコンペに応募したら、入賞してそこからズルズル…って言い方は違うか(笑)。でも、絵を描くのも好きだし、楽しいことを考えるのも好きだし、それをどう伝えるかを考えたり、全部ひとりでやったりするのも好き。なので、結果的には絵本作家という職業がすごく気に入っています。

――もしかして、他にもやりたいことがあったりします?

鈴木 いや、具体的にはないですよ(笑)。ないですけど、絵本って仕事量に限界があるじゃないですか? もちろん『たれてる』みたいに、国内だけでなく世界の読者に向けて作ることもできるから、仕事の広がりはあります。でも圧倒的なカリスマにでもならない限り、限界があります。なので、自分のキャパを超えたところまで幸せが広がっていくような仕組みを作りたいな、とは思っています。

――例えば?

鈴木 具体的ではないですけど、子どもたちの居場所を作りたいですね。放課後の時間だったり、不登校の子もそうですが、今って本当に子どもたちの居場所って少ないんですよ。そこをうまいことなんとかできたらって思っていますけど、なかなか難しいですね。それ以外にも、視野は広げて何かできたらとは常に思っています。

――では数年後、今とは全く違った仕事をしている可能性も?

鈴木 もしかしたらそうかもしれないですね。ただ今のところは、まだまだ描きたいこともいっぱいあるし、楽しんでいるので、しばらくは絵本作家だと思います。

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