『池袋ウエストゲートパーク』シリーズ最新作。バッテリー盗難ビジネス、フェイクニュース…社会の“今”を鮮やかに描きだす!

『男女最終戦争 池袋ウエストゲートパークXX』(石田衣良/文藝春秋)

 数日前、スマートフォンの機種を替えた。わたしは物持ちがいいので、携帯ショップのお兄さんに「5年も使ってたんですか、バッテリー死んでません?」と呆れたような顔をされた。そうだよ、バッテリーがもたなくなったから機種変更しに来たんだよ。

 手に入れた最新機種のスマホは、液晶が大きくなったわけでもなく、軽くなったわけでもなかった。手軽なデータ移行作業をすれば、アプリも写真もそっくりそのまま新しいスマホに引き継げる。あまりにも代わりばえしない使い心地に、「これじゃ15万円のバッテリー買ったのといっしょだな」。だからこそ、『男女最終戦争 池袋ウエストゲートパークXX』(石田衣良/文藝春秋)の冒頭に、しみじみ「わかる」とうなずいた。

 スマホはさして進化しない新機種に無理やり買い替えさせられるし、電気自動車はバッテリー交換に元の車両価格の半分、二百万円もかかるという。なんというか、おれたちみんな半分はバッテリーのために働いているようなもんだよな。

 わたしたち読者の「なんだかな」を代弁するように、主人公・マコトは語りはじめる。

 今回、池袋西一番街で家業の果物屋を手伝うかたわらストリートのトラブルシューターとして動くマコトを訪ねたのは、高校時代の恩師・中野だった。豊島区では最近、電動アシスト自転車のバッテリー盗難が多発している。電動自転車からバッテリーだけを抜き取り、ネットで安価に売りさばくビジネスが流行っているのだ。そして、どうやらそのバッテリー盗難に、マコトの後輩たちがかかわっているらしい。母校で今も教鞭を執る中野は、バッテリー盗難に加担している生徒たちをなんとかしてやってくれと、マコトに依頼をしに来たのだ。

 バッテリー盗難にかかわっている生徒たちは、根っから悪いやつらではないという。恩師である中野に頭を下げられてしまっては、断ることなどできるはずがない。かくしてマコトは、今回もクラシック音楽を聴きながら頭をめぐらし、池袋のGボーイズを統率するキング・タカシとともにトラブル解決に乗りだすのだが……。

 本作でマコトが挑むのは、高校生たちが巻き込まれたバッテリー盗難ビジネスのほかにも、フェイクニュース・ライターに迫る闇、しっかり者の会社員女性がはまったメンズコンカフェの罠、ミソジニー(女性嫌悪)の果てに生まれたアシッドアタッカーなど、今日のニュースで取り上げられていてもおかしくない事件の深部だ。隠れた貧困、顔の見えない誰かの悪意、現代人のさびしさにつけ込むビジネス、メディアやSNSによる偏見の助長──このリアリティこそが、本作で20作を数える「池袋ウエストゲートパークシリーズ」を人気シリーズたらしめる魅力ではないか。

 マコトが立つストリートの景色は、不変ではない。時代は変わる、技術も変わる、人々の常識も変わっていく。しかし、マコトやその仲間たちには、変わらない信念があり、変わらない愛がある。マコトたちは、それらを武器に池袋の街を駆け抜けて、わたしたちの心の中にある「本当は信じたいもの」を照らしだしてくれる。

 ストリートの青春を爽快に描く累計450万部突破の人気シリーズ、最新作にして記念すべき第20弾。マコトたちとともに池袋の街を走り抜けた読後は、社会の“今”に対するもやもやが、どこか晴れているに違いない。

文=三田ゆき

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