どのパソコン機種を選んで買ったかが、その後の人生を変えた? MSXパソコンを巡る大人の青春小説

『僕たちの保存』(長嶋有/文藝春秋)

 長嶋有の新作小説『僕たちの保存』(文藝春秋)が出版された。本作は「史上最短のロードノベル、MSXパソコンを巡る大人の青春小説」である。自分が辿ってきた日常と、誰かが辿ってきた日常が重なる瞬間を、丁寧に描いた作品だ。

 1983年に生まれたMSXパソコンは、メモリがたった16KB。キーボードと本体が一体化していて、モニターが無い機種だ。今では一家に一台どころではない、一人一台所有しているだろうパソコンを、一部の人間だけが「やって」いる時代があった。

 作中では、この大昔のパソコンを「やって」いた人間同士の出会いがいくつも描かれる。例えば主人公の「僕」は出張買取のバイトで向かった長野県のプレハブ小屋で、引きこもりの中年男性と出会う。彼の部屋にはうず高く積み上げられた漫画本の他にもMSXパソコンのゲームソフトがあった。さらに別日には石巻での取材中に震災被害者の遺品であるMSXパソコンを受け取り、それを学生時代のパソコン部の旧友に渡しに行くことになる。

 5編の短編から成る本作では、主人公は常に移動し続ける。「そこにある場所」では車で中古品の出張買取に向かう。「運ばれる思惟」では新幹線で取材へ。「シーケンシャル」ではバス、「ゴーイースト」では自転車、「僕たちの保存」では再び車。時には路線を乗り間違えたりしながら、何かを運んでいたり、運ぶものを受け取りに向かったり。なるほど、ロードノベルである。

 移動中の「僕」は車窓を眺めながら、若かりし頃に触れたパソコンの記憶を順番に辿っていく。大学生時代に背伸びして買い替えたパソコン、あれが別の機種のものだったらデザイナーをやっている今の「僕」の人生は全く別のものに変わっていたかもしれない――などと思いながら。

“買い替え続けるパソコンの選択が実人生の分岐になりうるなんて、パソコンを「やらな
い」人には分からない感じ方かもしれない。”

 1980年代というピンポイントの時代に同じMSXパソコンを「やって」いた世代。それが今となっては親になったり、引きこもりになったり、すでに亡くなっていたり、超有名な経営者になったり。この作品では人生の様々な分岐結果が描かれている。「同じパソコンいじっていて、どこで差がついたのか」。しかしそれと同時に、同世代の者たちの目に見えない繋がり、ささやかなノスタルジーもそこかしこに散りばめられている。

 メモリ16KBのパソコン発売から40年が経ち、今やスマホなども普及して便利な世の中になった。「記録媒体」の観点から言えば、フロッピーディスクや光学ディスクからクラウドの時代へ。データの記録方法も容量も大きく変わったが、そこに「僕」は何を保存するのか――ぜひページをめくって確認してほしい。

文=ダ・ヴィンチWeb編集部

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