なぜ私たちは心を病むのか? 進化心理学から読み解く「うつ」「依存症」の正体

『なぜヒトは心を病むようになったのか?』(小松正/文藝春秋)

 SNSでは今日も、どこかの誰かが“病んでいる”とつぶやいている。いったい、いつから私たちは病みはじめたのか。進化心理学の専門家による書籍『なぜヒトは心を病むようになったのか?』(小松正/文藝春秋)は、ヒトのネガティブな性質に真正面から向き合う1冊だ。

■うつの原因物質とされる「セロトニン」の低下はサルにも見られた

 誰しも、うつは他人事ではない。実際、著者にうつを明かした知人には神経質な性格でいかにもストレスをため込みそうに見える人もいれば、社交的で明るい性格に思える人もいたという。

 ではなぜ、私たちは心を病むのか。仮説とされているのが「競争社会における防御反応」だ。

 今ある環境で社会的地位を失ってしまい、さらにはそれを奪い返せる可能性がない場合に我々は心を病む。しかし、それはヒトに限らないのだという。過去の研究では、群れで高い地位から失脚したサルに、うつの原因物質とされるセロトニンの低下が見られたとは驚く。

 いわゆる「うつ状態」は、日常の行動すら変えてしまう。本人の意思や希望とは無関係に、やる気の喪失、睡眠障害、食欲不振などの症状が起こる。

 ただ、公私ともどもボロボロになるほど頑張り過ぎて、ひいてはそれ以上無理をすると命にかかわるかのような状況下においては、うつは心身を休ませる手段として優れた仕組みだと著者は主張する。けっして逃げではない。私たちが自分を守るために持つ、ある種の“本能”であると気がつく。

■依存症の要因は脳内の快楽物質である「ドーパミン」

 私たちの心の健康を脅かす存在として、依存症も深刻な問題だ。ニュースでも取り上げられる「違法薬物」をはじめとし、日常生活へ支障をきたすほど過度に何かへ依存する可能性は誰しもあるのだ。

 本書によると、依存症の要因は脳内の快楽物質であるドーパミンにある。私たちの持つ欲求が満たされたとき、例えば、「食欲や性欲の他、ゲームで勝つこと、周囲で評価されること」などの刺激を受けると、脳内で報酬系と呼ばれる神経ネットワークが働き、再び同様の刺激で欲求を満たそうとするのだ。なかには日常生活や健康、仕事などに悪影響をおよぼす刺激もあるのは、想像にたやすい。

 ひとつ、本書で「報酬系は動物界で広く見られるシステムであり進化的起源はかなり古い」と言及していたのは強く印象に残った。例えば依存の要因となりうるアルコールの歴史を見ると、古くは5000年前のメソポタミア文明の粘土板にビールの製法が記録されていたという。当時のように食物や一部の薬物が貴重な資源であった時代は、報酬系の働きが生活において有利だった。しかし、現代では「環境の激変によって生じてしまった進化のミスマッチ」だと、著者は述べる。

 心を病むと言っても様々で、本書では「DV」や「サイコパス」、果ては「陰謀論」に至るまで、進化心理学の視点から多岐にわたる問題へときりこむ。人間社会に潜む、いわば“ダークサイド”にふれる話題はどれも興味深い。

文=カネコシュウヘイ

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