生きることの大半はケアだから――身近な人の心に“雨”が降った時に役立つ「ケアの技術」とは?

『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』(東畑開人/KADOKAWA)

 人の心は、予測できない動きをする。だから、ある日突然、身近な人や大切な人の心に雨が降ることだってあるものだ。

『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』(東畑開人/KADOKAWA)は、そんな雨の日に開きたい折り畳み傘のような1冊だ。

 著者は『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)で第19回大佛次郎論壇賞や紀伊國屋じんぶん大賞2020を受賞した臨床心理士の東畑開人さん。本書は、誰もが日常で行っている心のケアに役に立つ、実践的な心理学入門だ。

心を知るための2つの技術

「この人のことはよくわかっている」。身近な人に対して抱いていた感覚が、急に薄れてしまった経験はないだろうか。すごいね、と褒めたのに、なぜか相手を怒らせてしまった。よかれと思ってしたアドバイスが、迷惑がられてしまった。予期せぬ反応が返ってきて、心が繋がっていなかったのだと悲しくなる。これが「雨の日」だ。こうした状況に置かれると私たちは焦ってしまう。

 つまり雨の日とは、誰かの心がわからなくなった日のことで、「わかる」ことが心のケアになる。その理解の上で、心のケアの具体的な方法である「きく」と「おせっかい」について詳細に解説しているのが本書の特徴だ。専門家ならではの技術を、日常に役立つようにアレンジして伝授してくれるのだ。

少しだけ紹介しよう。「きく」技術には、心の表層に焦点を合わせる「聞く」と、深層に焦点を合わせる「聴く」の2つがあるという。

 まず、聞く技術とは相手の言葉をそのまま受け取るためのもの。例えば、あらかじめ終了時間を決めておく、場所は相手に決めてもらうなど、相手が話しやすくするための環境を用意する技術や、沈黙に強く、返事は遅くといった、相手にたくさん話してもらうための受け答えの技術だ。

 一方、心の裏に隠された気持ちを「聴く」技術は上級編だという。例えば、相手の話を覚えておこう、矛盾に注目しよう、自分たちの関係性について話してみようといったもの。深い話を聴く技術はリスクも伴うそうなので、注意して使ってみたい。

ハードルの高くなった「おせっかい」

 もうひとつ、聞く(聴く)より少し積極的なケアである「助かるおせっかい」を勧めているのも本書のユニークなところだ。じっと話をきいて内面の変化を促すよりも先に、こころの外側を整えることが必要なときもあるという。

「おせっかい」は今の時代、難しい。ニーズ以上のものを押し付けたり、無理に本人を変えようとすると、「余計なお世話」になってしまう。部下をフォローしたつもりが、ハラスメントになってしまうといったことが起きかねない。

「助かるおせっかい」の技術として紹介される内容も、とにかく具体的で実践的だ。一つ一つにはここでは触れないが、大原則は「外付けハードディスク」。こうした言葉選びにも著者のセンスが光っていて、専門的でありながら親しみやすい。

 「わかる」ために役立つ技術が満載の本書だが、著者は大前提として、その「わからない」を大切にしてほしいという。「わからないから、わかりたい」と繋がり続けることは「わかる」への第一歩だからだ。そして、ケアする側の「わかりたい」が実らなかったとしても、誰かが関わろうとしてくれたという事実は雨の中で苦しむ人の孤独を和らげる。

 生きている限り、すべての人はケアをする側にもされる側にもなる。本書は当たり前だからこそ忘れやすいその事実ととことん向き合い、ケアする人のケア法にも言及している優しい1冊だ。

 止まないように思える雨の日をどう一緒に歩み、生きていこうか。そう前を向かせてくれる本書は、身近な人と自分の守り方を教えてくれる。

文=古川諭香

ジャンルで探す