まさに"今を生き抜くための知恵"。あのシェイクスピアの言葉をアップデートしよう!


「肉体は戻れなくてもシェイクスピアは僕をいつも14歳に戻してくれます。14歳の頃って何かに驚いたり、疑問を持ったり、いろいろな問いを抱えられる時期だと思う」と語る木村龍之介氏

ウィリアム・シェイクスピアといえば、誰もが一度は耳にしたことのある劇作家。さわりだけでも彼が書いた名ぜりふや、物語を知っている人もいるだろう。だが実際の舞台や戯曲となると、「古典だから難しそう」と思い込んでいないだろうか。
400年間、世界で読まれ、演じられ続けてきたシェイクスピアを楽しむ方法を演出家の木村龍之介さんに聞いてみよう。

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――木村さんとシェイクスピアとの出合いは?

木村 大学1年生の秋でした。私は2年浪人して東京大学に入ったんですが、全然大学になじめなかったんですよ。自宅浪人していたこともあって、コミュニケーション能力はゼロに等しかった。

でも頭の中には夏目漱石やニーチェ、ドストエフスキーがひしめき、妄想が膨れ上がっていた頃に、授業を抜け出して行った大学の図書館で、たまたま手に取ったのがシェイクスピアの『マクベス』でした。

読んだときの感動は今でもありありと思い出せます。それまでの自分には勉強で得た知識はあったけれど、世界に触れているという手触りがなかった。世界を半分しか知らない感じでした。それが『マクベス』を読んだときに「わあ、これが世界か」と思ったんですよね。

3人の魔女が出てくるのは『ハリー・ポッター』みたいだし、物語がとにかく面白い。終盤「バーナムの森が動いて向かってくる」というせりふからは、米同時多発テロのときにワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んでいくのを見た記憶がよみがえってきたり、いろいろな感情が相まって全身が震えるような体験だったんです。

――『ロミオとジュリエット』などはご存じなかった?

木村 知識としては知っていたと思うんですが、「今」と結びつけてシェイクスピア作品が心に入ってきたのが『マクベス』だったということですね。

その日の帰りがけに渋谷のTSUTAYAに寄って、『NINAGAWA・マクベス』のビデオをレンタルしました。そうしたら舞台いっぱいに作られた巨大な仏壇の中で芝居が演じられていて驚いた。自分が読んだ戯曲がこんなふうに舞台になるのかと感動しました。

戯曲を読んでから演劇を見たのも良かったと思います。演劇は作り手の解釈が前に出ますから。 

――400年前の作品がリアリティを持って現れる体験は、古典特有の楽しみ方のひとつですね。

木村 いいタイミングで出会えました。僕はレディオヘッドやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどのロックバンドが好きですが、彼らのアルバムを初めて聴いたときの感じに近かった。

「このサウンドはなんだ」「カッコいい」と思うようにシェイクスピアに触れたんです。

90年代の音楽やアートが持っている手触りはヒリヒリするようなリアリティを持っていると思うんですが、そのリアルな世界とシェイクスピアが、僕の中で重なったのかもしれません。

――木村さんはシェイクスピアを「人間を『シェイク』する天才であり、人間を『スピア』する天才」と書いています。

木村 僕が感じているシェイクスピアの魅力なんですよね。

人の感情を揺り動かし(シェイク)、見事に本質を突き(スピア)、伝えることができた人。こう見れば人間を理解できる、こうとらえれば困難に立ち向かっていける――といった生きるヒントも含めて、人間の普遍性を言葉で表現する天才でした。

古代ギリシャからシェイクスピアの時代(16世紀後半から17世紀初頭)、そして現在に至るまで、人間の普遍的な部分は変わりません。もちろん科学技術の進歩によってライフスタイルや表面的な部分は変化するので、刷新していく必要もあります。

演劇というメディアについていえば、シェイクスピア作品は現代に合わせてリバイバルする、リボーン(復活)させるのに適していると思います。

――シェイクスピアの言葉は本当に哲学的だと思いました。例えば「嫉妬」について。〈用心なさい、将軍、嫉妬というやつに。/こいつは緑色の目をした化け物だ〉(松岡和子訳『シェイクスピア全集13 オセロー』第三幕第三場、ちくま文庫)などは印象的でした。人間の負の感情に向き合ったシェイクスピアの言葉は、人生に悩む読者の味方になってくれそうです。

木村 シェイクスピアは恋愛から権力欲まであらゆる感情を書いていますが、人間の感情の中でも嫉妬は特別なものだと感じていたんだと思います。だから悲劇ばかりでなく喜劇にも何度も出てきます。

「緑色の目をした怪物」になってしまうことについて、シェイクスピアがこれでもかと描いているのは、おそらくどんな人間にもある感情だと言いたかったんだと思います。

だからこそ、シェイクスピアからわれわれが学んだり感じたりすることも大きいし、ひいては味方になってくれるといえるでしょうね。

――ところで本のタイトルは『14歳のためのシェイクスピア』ですが、大人になってからも間に合うでしょうか。

木村 肉体は戻れなくても、私たちの精神はいつでも14歳に戻れますよね。シェイクスピアは僕をいつも14歳に戻してくれます。

14歳の頃って、答えが欲しいわけじゃないでしょう。何かに驚いたり、疑問を持ったり、いろいろな問いを抱えられる時期だと思う。その解決策がわからなくて「死にたい」と思ったりもする。

でもそこにシェイクスピアがいてくれると、14歳に巻き起こる感情の暴風や問いが連続してやって来る忙しさに対して、ポジティブな見方ができます。14歳の気持ちでありたいと思うとき、シェイクスピアを読むのはオススメです。

――最後に、14歳の観客に最初のシェイクスピア作品として薦めるなら、どれにしますか?

木村 『ハムレット』や『夏の夜の夢』もいいけど、『ロミオとジュリエット』かな。手違いでふたりは死んでしまいますが、愛を成就させることを最後まで信じ続けました。

シェイクスピアはその結末を否定も肯定もせず、ただ観客に問いかける。その問いかけこそが14歳にとって贈り物になると思います。

自分でせりふを言ったり演じてみると、また理解が深まるんです。学校でシェイクスピアを題材にした演劇教育プロジェクトにも着手しています。

また、誰でも通える「演劇の学校」も定期的に行なっています。14歳も、大人も、ぜひシェイクスピアで遊んでほしいですね。

木村龍之介(きむら・りゅうのすけ)

1983年生まれ。東京大学文学部でシェイクスピアを研究。在学中からプロフェッショナルな現場で俳優・演出を学び、2012年に「カクシンハン」を立ち上げる。『ハムレット』『夏の夜の夢』『リア王』『マクベス』など、多数のシェイクスピア作品を演出。演劇教育や一般向けのワークショップも多数開催し、誰でも通える「演劇の学校」を運営する。近年の演出作品に『シン・タイタス』(22年)など

『14歳のためのシェイクスピア』
大和書房 1760円(税込)

あまたの映画や演劇の元ネタとして活用されてきたシェイクスピア作品。400年前の劇作家がなぜ読まれ、演じられ続けたのか。劇団「カクシンハン」主宰であり、演出家の著者がわかりやすく解説。登場人物の性格や、せりふの魅力、物語の普遍性を読者が体感しやすい構成になっており、明日を生きるためのエネルギーが湧いてくる一冊。シェイクスピアが気になる人にも、どこか元気が出ない人にもオススメの画期的な入門書だ

取材・文/矢内裕子

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