過去には水があったとされる痕跡も発見された調査が進む火星の実態。果たして生物は?

火星には、かねてより水の存在を示唆する地形が見つかっていたが、近年のデータ分析から、実際に太古の火星には大量の水があり、その一部が極地に現存していると考えられるようになった。武蔵野大学の教授で宇宙科学の啓発にも取り組んでいる高橋典嗣氏に、はたして火星に生命は存在しているのかを聞いた。

※本記事は、高橋典嗣:著『知れば得する宇宙図鑑』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

平均気温がマイナス58℃という極寒の惑星

2021年5月、中国初の火星探査機「天問1号」が火星への軟着陸に成功し、探査車(ローバー)の「祝融号」が火星表面の調査をおこなった。ローバーによる火星表面の探査は、アメリカに次ぐ世界で2か国目となった。

これまで火星には、NASAやESAのほか、インド、UAE、中国といった国々の宇宙機関のオービター(周回探査機・人工衛星)や着陸機が送り込まれ、探査をおこなってきた。

なぜ、それほどまでに火星は探査の対象となり得るのか。それは、火星にはかつて濃い大気と豊富な水があり、生命が存在していたのではないかと考えられているからだ。

まず、火星の概要を見てみると、地球と比べて直径は約半分、質量は約10分の1、重力は40%ほど。表面が赤く見えるのは、地表に酸化鉄が多く含まれているためだ。また、火星の大気は非常に薄く、表面の気圧は地球の約100分の1しかない。

成分の95%を二酸化炭素が占めている。自転軸の傾斜は25度なので、地球のように四季もあるが、太陽から受け取るエネルギーが地球の約半分で、平均気温がマイナス58℃という極寒の惑星である。

▲NASAの火星探査機「バイキング1号 」がとらえた火星。表面に液体の水はなく、豊富な酸化鉄(さび) によって赤みがかった色をしている。そのため「赤い惑星」ともいわれる。極域(北極)に見える白い領域は「極冠」といい、冬になるとドライアイスのぶ厚い層でおおわれる(写真は夏の極冠)。この下に水が存在するのでは、と考えられている ©NASA

こうした火星の大地には、以前より、かつて大量の水が流れていたことを示唆する侵食地形が見つけられていた。

また、2011年にはNASAが、南半球にあるニュートン・クレーターなどで、夏になるにしたがって斜面に沿って黒っぽい筋が広がっていき、冬になると、その筋が消える崖を「マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)」の探査で発見。これは、地下からしみ出した水の仕業ではないかと考えられている。

さらに、NASAの火星探査車「キュリオシティ」は、火星に着陸して2年が経過した2012年9月、着陸以来探査を続けていたゲールクレーター内、その北端とクレーター中央付近にある高さ約5500mのシャープ山(アイオリス山)の中間地点で、水流によって運ばれたと考えられる丸い小石の集まりを見つけた。

それは、過去の火星には秒速約90cm、川幅が約610mもの水流があったことを示唆している。

▲2011年1月、NASAの火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)」が撮影した、火星最大の衝突クレーター「ヘラス盆地」。斜面に発達した筋状の地形はガリーといって、2000年に初めて観測された「水が流れてできたと見られる構造」である ©NASA/JPL-Caltech/University of Arizona

さまざまな発見や、この小石の詳細な分析などから、35~40億年前、火星には大量の水があった可能性が高まってきた。そして、かつて火星表面にあったはずの大量の水は、火星表面から宇宙空間へ消えていった。残った水は、現在も北極や南極といった極地、あるいは地下に、氷の状態で存在しているのではないかと考えられている。

史上初の火星の土壌採掘調査の結果は?

火星の地下に水があるとすれば、微生物などの生き物がいても不思議はない。そんななか、2013年2月、NASAの火星探査車「キュリオシティ」は、ゲールクレーター内のイエローナイフ湾という盆地で、史上初の火星の土壌採掘調査をおこなっている。

キュリオシティは、ロボットアーム先端についたドリルを使って、地表に直径1.6cm、深さ6.4cmほどの穴を掘ってサンプルを採取。サンプルを探査車が装備した分析装置にかけて、どんな物質を含んでいるかなどを詳しく調べた。

その結果、土壌には硫黄や窒素、水素、酸素、リン、炭素といった生命のもととなるような物質があることが判明した。

かつての火星は今よりもずっと暖かく、たくさんの水をたたえていた時代があったとすれば、土壌から見つかった一連の物質から、過去の火星には「原始的な生命」が存在していた可能性が高まった。

これに先立つ2004年、ESAの火星探査機「マーズ・エクスプレス」が、火星の大気に微量のメタンを検出したと報じられた。

メタンは、地質学的な作用でできる場合もあるが、地球では、その多くは生物が食料を消化する際に生成される。また、動物の消化器や沼地、海底、地殻内などに生息する「メタン菌」という微生物が合成する。

そのため、火星大気に一定量のメタンが含まれるのであれば、メタン菌のような微生物がいるのではないか。いるのであれば、水が存在しているのは地中深くではないかと推測された。

▲ESAの探査機マーズ・エクスプレスがとらえた、総延長164kmにもおよぶ火星、オスガ峡谷の中央付近。高低差を色分けしている画像で、白いほど標高が高く、赤、黄を経て青〜紫になるほど低い。流線型の地形は、水流による浸食で形成された ©ESA/DLR/FU Berlin

ところがその後、2012年10月から6回にわたり、キュリオシティが火星大気を採取して分析したところ、メタン濃度は従来値(最大45ppb)を大きく下回る1.3ppb未満であることが判明。10年弱でメタンがこれほど激減するとは考えられず、「火星にはメタンを発生させる生命はいない」とした。

そのいっぽうで、2014年5月、アメリカ・アーカンソー大学などの研究チームは、過酷な環境にある火星でもメタン菌が生息可能という実験結果を示している。メタンの有無は今後の探査や研究を待つしかないが、いずれにしても火星は、大気が薄く、地球のように太陽風など強い放射線をガードする磁場もない惑星である。

よって、現在の火星で生物が生きているのであれば、地下深くではないか、と考えられている。

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