店主が倒れて急遽閉店した名店「つばめ屋」跡地に新たな立ち食いそば屋が…59歳と72歳をつないだ“奇跡的な展開”とは

 取材した大衆そばの名店が突如、閉店してしまうことがたまにある。そんなお店の中で凄く気になっていた店が平和島の「つばめ屋」だ。

【画像】踊るような揚げ姿...「立ちそばにはち」の野菜天そばをみる

 2023年6月に取材したのだが、8月に店主の土屋喜美江さん(通称きみさん)が熱中症で倒れてしまい、店は閉じたままになっていた。明け渡して賃貸物件となることもなく、看板がついたまま月日は流れた。

平和島に2023年8月まで営業していた「つばめ屋」

平和島の「つばめ屋」が「立ちそばにはち」に

 ところが、2024年9月6日、「つばめ屋」のあった場所に「立ちそばにはち」という店がオープンしたという情報が入ってきた。どういう経緯で開店したのか、さっそく10月末の土曜日の昼下がりに訪ねてみることにした。

 1年2か月ぶりの平和島だ。駅前はあまり変わっていない。鰻の「あきば」も元気に営業している。「立ちそばにはち」の方向、つまり環七に歩いていくと、右手のビルが解体されてこれから建築するところだった。一方、「にはち」は何事もなかったように元気に営業していた。

 外観は白とベージュの清楚な雰囲気だ。店内を外からうかがうと窓際の小さなカウンター以外は「つばめ屋」の居抜きのようだ。

自家製麺で天ぷら揚げ立ての人気店に

 様子を見ているとお客さんがひっきりなしに入ってくる。すでに人気店になっているのか。その合間を見て入店すると、店主の三上泰良さん(59歳)がにこやかに迎えてくれた。

 売れ筋を聞くと、「天玉そば」や「野菜天そば」、「肉そば」、「とり天そば」あたりだというので、券売機で「野菜天そば」を探して注文した。

茹で時間50秒の「野菜天そば」が完成

 するとカットした玉ねぎや人参などを衣液(どろ)に混ぜて野菜天を揚げ始めた。さらに冷蔵庫からそば粉8、つなぎ2の二八で練ったそば玉を取り出して、天ぷらの揚げ具合に合わせて、押し出し式製麺機に投入し、にゅるっとお湯の中に押し出した。

 茹で時間は温かいそばで50秒、冷たいそばで1分20秒だそうだ。茹で上げそばをさっと洗ってどんぶりに移し、出汁つゆをかけて野菜天ぷらをのせて完成だ。

 登場したその姿は美しい。そばは細めのタイプ。押し出し式でこんなに細いそばを作るのは初めてみた。製麺機も小型で進化しているのだろう。野菜天は踊るような揚げ姿。

細身のそばは抜群のコシで出汁香るつゆもすばらしい

 つゆはきれいなむらさきだ。まずつゆを一口。おっ! これは出汁が良くきいている。

 本鰹節、鯖節、宗田節を使っているとか。返しはいい塩梅で、出汁を上手く持ち上げている。これは上質な一杯だ。

店主がとったきみさんへのコンタクトの経緯

 三上店主の手が空いた頃、お店を始めた経緯を聞いてみたのだが、これがまたすごく面白いのだ。

 三上店主は和食の板前やふぐの調理などに33年間も携わってきた和食のプロだった。そばが好きなので、いつか自家製麺のそば屋をやりたかったという。テリトリーは立会川なので、この辺りで店を探していたとか。平和島は乗降客も多い。

 しかし、立ち食いそば屋が少なくなっていた。平和島の「つばめ屋」がしまっていたことも把握していたのだが、不動産屋に行ってもその物件情報は出てこなかった。立地がいいのでここでやりたいけど、さて、どうしたら借り主にコンタクトできるのかわからない。

「そんな時、ネットで調べるとある記事が出てきたんです。『満身創痍とは私のことよ』ていうタイトルの記事で。それで連絡先がわかってきみさんと会うことができた」という。今年の6月頃のことだ。その話を聞いてびっくりした。その記事を書いたのは私だったのだ。

 きみさんは「つばめ屋」は息子さんが始めた店なので手放したくなかったそうで、できれば知り合いや心意気のある人にそのまま使ってもらいたいと考えていたそうだ。三上店主はすぐにきみさんに会って、自分の意志を熱心に伝えて、晴れてこの店を使わせてもらえることになったというわけである。

冷しのそばのコシが心地よい

 そんな話を聞いていて「野菜天そば」を一気に食べてしまったので、「冷しきつねそば」を追加注文することにした。きみさんは店が始まってから何度も食べにきてくれたりアドバイスしてくれていると三上店主は感謝していた。

 きみさんはお元気かと聞くと、隣でたまたま食べていたオジサンが2軒となりの「立ち飲み処きみちゃん1号店」の常連で、近況を教えてくれた。それによると、少し前まで再入院されていたけど、つい最近退院したという。

 登場した「冷しきつねそば」のつゆをまたひとくち。こちらはやや濃いめのつゆである。そばは茹でたてでキリッとして細めのそばのコシがすばらしい。どんぶりいっぱいにのったきつねも甘辛く炊いてあり和食の余韻が広がる。つるつると心地よいそばを啜りつゆを飲む。きつねをかじってまたつゆを飲む。

三上店主からのご挨拶

 食べているとどんどんお客さんが入ってくる。自転車に乗ってやってきた近所のオジサン。すでに5回は来たという若者2人など。なんとなく活気があっていい雰囲気だ。店主の挨拶もキビキビしていて清々しい。

 最後に三上店主から、お客さんへ挨拶をいただいた。

「『立ちそばにはち』は和食の経験が長い私が自家製麺のそば屋をやりたいと一念発起して始めた店です。街中の小さな日常食を提供する食堂のような店をやりたくて始めました。温かいそばも冷たいそばも自家製です。セットメニューやお弁当もやっています。平和島は良いところです。狭い店ですが、是非お越しください。そしてきみさんのお店にも是非どうぞ」

 自分の記事がきみさんの「つばめ屋」から三上店主の「立ちそばにはち」へと継承することに役立ったことは大変に感慨深い。

 そして、三上店主がきみさんの心意気を理解して自分の味を届けていることも人情味が感じられる。この場所で末長く続けて欲しいと思う。今度は「もりそば」か「肉そば」を食べに来ようと思う。

きみさんのパワーは健在だった

 三上店主に挨拶して店を出ると午後2時半。確か2軒隣の「立ち飲み処きみちゃん1号店」がオープンしているはずだ。突撃して美人のママにきみさんのことを確認しようとその旨を伝えると、常連の好青年がきみさんに電話をかけてくれて、話をすることができた。

 退院直後で弱々しい声かと心配したが、そんなのは杞憂だった。

「あんた何してたのよ! 全然店に来ないじゃない。アタシは元気だから、はよ顔出しなさいよ!」またまたマシンガントークでけしかけられて店中から爆笑を喰らってしまった。

INFORMATIONアイコン

立ちそばにはち
住所:東京都大田区大森本町2-31-16
営業時間:5:30~15:00
定休日:日

(坂崎 仁紀)

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