発言「切り取り」で変わる言葉づかい 〝誘惑〟のワンフレーズ、「心地よさ」に潜む危険 宰相の条件⑤「言葉の力」

「聖域なき規制改革!」。横浜市のJR桜木町駅前広場に響いた熱のこもる声に、集まった約7000人の聴衆が喝采を送った。

声の主は元環境相の小泉進次郎(43)。「古い自民党を終わらせる」と訴え、自民党総裁選に名乗りを上げた直後の街頭演説の一幕だ。

その姿に「自民党をぶっ壊す」と総裁選に挑み、宰相の座をつかんだ父、純一郎(82)を重ねた支援者も多かった。

「聖域なき構造改革」「改革なくして成長なし」。短い文言を多用する純一郎の政治手法は「ワンフレーズ・ポリティクス」とも揶揄(やゆ)されたが、平成17年の総選挙で地滑り的に大勝利。国民の支持率を背景に、構造改革の「象徴」として郵政民営化を断行した。

言葉は「言霊(ことだま)」であり、そこには力が宿る。田中角栄の「日本列島改造論」、池田勇人の「所得倍増」など、過去のリーダーは印象的なフレーズを残してきた。

「日本列島を、強く豊かに」(経済安全保障担当相の高市早苗)

「自民党は生まれ変わる」(前経済安保担当相の小林鷹之)

「人にやさしい政治」(官房長官の林芳正)

今回の総裁選でも、候補者たちは存在感を打ち出そうと模索している。

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11月に大統領選を控えた米国でも、言葉が躍っている。

共和党候補の前大統領、ドナルド・トランプ(78)の支持者たちは、帽子にボードに「MAGA」の文言を掲げ、熱狂する。「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国を再び偉大に)」。トランプが連呼する政治スローガンの頭文字だ。

「中学生でもわかるような言葉だ。『グレート』が何を指しているのか判然としないが、富裕層から労働者にまで当てはめることができる」

こう指摘する映画・演劇評論家の萩尾瞳は「分かりやすさが何より重要。意味がストレートに入ってこなければ、言葉が人の心に染みることはない」と話す。

平成24年、民主党(当時)から政権を奪還した安倍晋三が率いた自民党が掲げたスローガンは「日本を、取り戻す」だった。誰から取り戻すのか。取り戻す日本とは何なのか。何一つ、明示されてはいない。だからこそ、有権者一人一人がそれぞれの期待を投影できたのかもしれない。

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インターネットの普及は、政治家の言葉づかいを変えつつある。福岡工業大准教授の木下健(政治コミュニケーション)は「SNS(交流サイト)の反応が支持率に直結する時代となり、発言の一部が切り取られ拡散されるようになった。どこを切り取られても問題がないよう、端的な言い回しが増えている」と分析する。

格差の広がりに伴い、社会を閉塞(へいそく)感が覆うようになった。心地良い言葉は有権者を誘惑する一方、「内容がないのに雰囲気だけはある。独裁者の政治手法に近い手法だ」(萩尾)との危惧も募る。

ワンフレーズを駆使し有権者の感情に訴える手法は、ポピュリズムと紙一重だ。大衆を扇動し、民主主義を危険領域へ導きかねない。

宰相の「宰」は、「みこともち」とも読む。古来、天皇の御言(みこと)を持ち(命を受けて)、政を司(つかさど)った者を指した。

新たな宰相となる人物が27日に決まる。人々を導く言葉の担い手にふさわしいのは、誰だろうか。(敬称略)=おわり

この連載は玉崎栄次、宇都木渉、山本玲、梶原龍、堀川玲、梅沢直史が担当しました。

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