人口が密集する地域で懸念される「都市型津波」 波が建物にぶつかって方向が変わり“四方八方から襲われる”危険性

東日本大震災では津波が大きな被害をもたらした(写真/アフロ)

 今年、日本各地で発生した震度5弱以上の大型地震は、5月28日までで22回に及ぶ。なかでも、元日の団欒を襲った「能登半島地震」(石川県)は震度7。4月17日の「豊後水道地震」(愛媛県、大分県)は震度6弱を観測した。

【図解】大都市圏を襲う「都市型津波」はどこまで迫るのか?東京、大阪、名古屋では?

 一方、昨年1年間で発生した震度5弱以上の地震はわずか9回だった。まだ1年の半ばを折り返していないにもかかわらず、今年はすでに、昨年の2倍以上の大型地震が発生しているのだ。日本周辺の地震活動は、活発化していると言えるのかもしれない。

 家屋の倒壊などの直接的な被害以外にも、地震はさまざまな形で人の生活を、そして命をも奪っていく。

 5月23日、能登半島地震の「災害関連死」として30人が認定された。

「避難所生活で専門的な医療を受けられなかったことで基礎疾患が悪化し、肝不全で亡くなった60代男性や、エコノミークラス症候群になった70代女性、避難中に転倒して低体温症になった80代の男性のほか、避難所で新型コロナに感染し、うっ血性の心不全で亡くなった90代女性などが認定されました」(全国紙社会部記者)

 だが、こと大地震において最も注意が必要なのは、死に直結する「津波被害」だ。2011年の「東日本大震災」における死者は約1万6000人で、そのうち9割以上が津波に巻き込まれたことによる「溺死」だったとされる。

 震災後は、津波が来たら肉親にもかまわず全力で逃げることを説く「津波てんでんこ」という言葉が広まり、津波伝承碑を再確認する動きが活発化した。

「海からやってくる津波からは、頑丈な建物の上や、高台に避難する」

 震災から10年以上が経ったいまでも、多くの人は津波の恐怖を強く記憶し、いざというときの対応は心に刻まれている。

 だが、津波は「海からやってくる」という大前提が、最新の研究では大きく揺れているという。海岸工学が専門で、津波のメカニズムに詳しい中央大学教授の有川太郎さんが警鐘を鳴らす。

「近代的な開発が進み、強固な建物が多い都市部では、津波が陸地に入り込むと、建物にぶつかって方向を変えたり、速度を変えたりして進んでいきます。すると、海側の方向ではなく、“四方八方から津波に襲われる”ということが起こりうるのです。

 学術的に正式な用語ではありませんが、人口が密集する都市部で起こる危険性があるそうした現象は、『都市型津波』と呼ばれることがあります」

「海なし県」にも大きな被害

 今後、発生が懸念されているのが、「南海トラフ地震」だ。気象庁によると、マグニチュード8〜9クラスの大地震が、この先30年以内に発生する確率は70〜80%で、いつ起きても不思議ではない状態が続いている。

 この地震が起きれば、静岡県から宮崎県にかけての一部で震度7に見舞われ、周辺の広い地域が震度6強〜6弱の揺れに襲われる。その後間を置かずして、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い地域に、10mを超える大津波が迫るという。

「南海トラフ地震では、“津波は海側からくる”という思い込みを変えなければなりません。

 陸地に上がった津波は、建物の間を縫うように広がりながら進みます。“さいの目”状の整然とした街並みに整備されている都市部の方が、水が通りやすく、都市型津波の被害が大きくなると考えられます」(有川さん・以下同)

 特に大きな被害が予想されるのが、東京では墨田区や江東区、江戸川区などの東側のエリア。足立区と葛飾区を加えた江東5区は、荒川や江戸川などの大きな河川の最下流に位置し、陸の7割が満ち潮の海面よりも低い「海抜ゼロメートル地帯」になっている。

 一方、南海トラフ地震の震源域に近い大阪では、大阪湾を中心に兵庫県の甲子園球場あたりまでが危険度が高いと想定される。2013年に大阪府が公表した被害想定では、大阪の大ターミナル駅である梅田駅周辺でも、最大で2mも浸水するおそれがあるとしている。

 名古屋を中心とした中京圏も、名古屋市を含む濃尾平野に広大な海抜ゼロメートル地帯を抱えている。そこに住む人口は約90万人。津波が襲えば大きな被害は避けられない。

 津波が予想もしない方向から迫ってくる──。「都市型津波」の大混乱をさらに強めるのが、津波が川を遡る現象だ。

「川が多い東京や大阪では、南海トラフ地震によって発生した津波が川を遡上し、上流部であふれ出ることも考えられます」

 東日本大震災の際、宮城県多賀城市は、海側である仙台港方向からだけでなく、砂押川を遡上した津波、砂押川から貞山運河を遡上した津波と、大きく分けて3つの方向から津波に襲われたことがわかっている。これらの津波は幹線道路である仙台塩釜線や国道45号などの道路を流れて内陸部へ入り込んでいった。特に被害の大きかった市街中心部は、海側からと、そうではない“予想外の方向”の2方向から津波に襲われて被害が出たという。

 また、同様に東日本大震災では、宮城県と岩手県を流れる北上川でも津波が遡上した。津波が河口から49kmも遡り、その被害は河口から12km付近までと広範囲に及んだ。

 未曽有の大津波が予想される南海トラフ地震では、「海なし県」の都市でも油断はできない。関東地方では津波が利根川を遡上したとすれば、群馬県付近にまで到達し、埼玉県の春日部市や幸手市周辺などでも大きな被害が出るとのシミュレーションもある。

路地で津波が加速

 人口密集地に津波が流れ込む「都市型津波」の場合、被害をさらに増幅させる特性がある。それが、「縮流」という現象だ。

「地方の沿岸部では、広い土地に家屋がポツンとあるエリアもあるでしょう。それに対して都市部では建物が密集し、津波の“通り道”になる道幅も狭い。

 すると、路地など狭いところに水が流れ込んだ際、急に水位が上昇したり、流れが速くなったりするのです。これを縮流と呼んでいます。水道につなげたホースの口をギュッと絞ると、水の勢いが強くなるのと同じ理屈です」

 そうなれば、大津波警報などで示される高さを上回ったり、到達時間が早まって津波が襲い来る危険性も否定できない。

 実際、東日本大震災では、市街地において津波が進む速度が時速30kmに達していたという検証結果が出ている。当然、人が走って逃げられる速度ではない。

「縮流によって高さや速度が増せば、当然威力も増します。開けた場所でならなんとか耐えられた規模だったとしても、都市部において縮流で威力が増せば、人間の力では容易に抵抗できなくなります。これも、都市型津波ならではのリスクと言えます」

 津波はエリアによってその危険性がさらに上昇する可能性があることを、肝に銘じなければならない。

※女性セブン2024年6月13日号

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