オープンイノーベションで探り当てる、目に見えない水「AIR」の可能性——アイシン×WiL 三吉香留菜

根っからのクルマ好きが人事畑へ

三吉 アイシンは、アイシン精機とアイシン・エィ・ダブリュが経営統合した2021年を機に新たなスタートを切りました。まず御社の事業概要についてご紹介いただけますか?

土井久明|Hisaaki Doi  アイシンイノベーションセンター AIRビジネス推進室 ビジネス推進グループ グループ長。1996年エンケイ入社。1998年ソニー・ブロードキャスト・プロダクツ入社。2006年アイシン精機(現・アイシン)入社。人事、経営企画、社長随行秘書の業務を経て2022年1月から現職。

土井 アイシンは自動車部品のグローバルサプライヤーです。eAxle(EV車の駆動システム)、HVトランスミッション、回生協調ブレーキなど、脱酸素社会に貢献し、クルマの「走る・曲がる・止まる」を支える商品から、パワースライドドア、パワーバックドア、カーナビといった皆さんがよく目にする商品まで、様々な自動車部品を開発・製造しています。

三吉 前身のアイシン精機の創業は1965年にさかのぼります。これまで自動車部品以外にも、住生活関連製品や福祉用品なども展開されていますね。

土井 はい。家庭用ミシン、ベッド、自動で日射を制御するシャッター、電動車椅子、エネファーム(家庭用燃料電池)、色素増感太陽電池、レーシック手術などに使うフェムト秒ファイバーレーザー、YY Probe(リアルタイム音声認識アプリ)、ユニークなところでは、カツオ一本釣り機、足裏マッサージ機と、多種多様な商品を展開しています。

三吉 そうした様々な技術やリソースをお持ちの御社が、2015年にイノベーションセンターを開設されました。

土井 イノベーションセンターは、コア技術とビジネスアイデアをもとにスピーディーに新規ビジネスにトライし、ビジネスを通した社会課題の解決を目指すべく設立されました。既存事業と新規事業それぞれに新たな価値の創出に注力していますが、新規ビジネスの方向性に絞ってお話しますと、社外との連携を強化しながら、モビリティ、エネルギー、生活環境の3領域に注力しています。

三吉 土井さんがイノベーションセンターの配属になったのは?

土井 一昨年の1月です。現在は世界最小の水粒子「AIR(アイル)」を活用した新ビジネスに挑戦しています。

三吉 新ビジネスの具体的なお話を伺う前に、土井さんのこれまでのキャリアについてお聞きしてもよろしいでしょうか。というのも、何度か転職をされているんですよね。

土井 私は静岡県浜松市の出身で、新卒で入社したのは地元浜松に本社のあるエンケイです。同社は世界最高峰のF1マシンにもホイールを提供しているアルミホイールのメーカーで、憧れて入社しました。幼少の頃にスーパーカーブームを経験し、大学時代は自動車部に所属したほどのクルマ好きなんです。同社では鋳造作業に1年、アフターマーケット営業に1年ほど携わり、いずれも貴重な経験をさせていただきました。ただ、なまじクルマが大好きなゆえに、ジレンマに陥りまして……

三吉 ……と言いますと?

土井 仕事にしてしまうと純粋に趣味としてクルマを楽しめなくなってしまいそうだなと。そこで思いきって手に職を付けようと、週末、専門学校に通い社会保険労務士の資格取得に向けた勉強をしながら、人にかかわる仕事にも興味があったので、人事部で働けたらと考えたのです。ただ、社内での転属がなかなか難しい状況だったので、ソニーの生産事業所であるソニー・ブロードキャスト・プロダクツ(現・ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ)の人事課に転職しました。

三吉 「今後は人事畑で働く」と強い意志を持って挑戦されたところがすごいと思います。

土井 ありがとうございます。同社に転職した1998年頃、ソニーは「Re Generation」(第二創業)を掲げ、全社を挙げて構造改革を進めている時期でした。人事も従来の年功序列型から変わる必要があるということで、人事制度改定とシステム構築に携わりました。

三吉 従来の制度を変える仕事というのは、心理的に大変なこともあったのではないでしょうか。

土井 そうですね。ただ、若くても成果を出せば見合った報酬が得られるというのはフェアなことで、必要な改革だと思っていました。また、2000年には、ビジネス環境の急激な変化に即応する為、国内生産体制を抜本的に変革・強化すべく、複数ある生産事業所を統合することになり、統合に伴う制度・システム統一にも携わりました。

三吉 複数社の合併みたいなものですよね。

土井 日本国内の13の生産事業所が、2001年に統合されました。

三吉 そんなにたくさん!

土井 苦労もありましたが、他の事業所の担当者たちと会って話す機会が増えたのはとても良かったですし、やりがいがのある仕事でした。

本社系の人事にチャレンジするため、アイシンへ

三吉 ソニー・ブロードキャスト・プロダクツの生産事業所には何年くらい?

土井 約8年です。日本のエレクトロニクス分野が停滞し始めていたことと、キャリアを生かして本社系の人事に挑戦したいという思いから、2006年にアイシン精機(現・アイシン)に転職しました。入社してから7年間は、要員採用計画、若手育成ローテーション、幹部人材の配置、サクセッションプラン(重要なポジションの後継者を育成する施策)、グローバル人材育成、グローバルグレーディング制(海外子会社を含む全世界の経営幹部・管理職の序列を世界統一の基準で評価し、等級分けをする仕組み)の企画・提案などに携わってきました。

三吉 生産事業所の人事と本社の人事を比べてみて、どのような違いがあると感じましたか?

土井 事業所の人事では、ある程度本社から道筋が示されたものを現場ですり合わせ、導入や運用の仕組みを考えていました。一方本社の人事は、すべて自分たちで企画していく必要があります。

三吉 本社の人事は責任も影響力も大きいと思います。特に若手の育成やグローバル人材育成などは責任重大です。

土井 適材適所の採用・配置はもちろんのこと、若手が早いうちから海外経験できるような制度を構築したり、現地語の習得や現地の人々との交流が進むような駐在プランを企画したり。

三吉 とても重要なポイントだと思います。WiLのシリコンバレオーオフィスでは複数の日本企業から駐在員を受け入れているのですが、その方々が地元の起業家・投資家コミュニティに溶け込めるように、スタートアップの情報が集まるパーティーを紹介したり、WiL主催のイベントにご参加いただいたりしています。地元のパパ友やママ友のコミュニティーもそうですが、いかに社内の人間関係だけに閉じこもらないかということが大事なんですよね。

土井 ええ、そう思います。

三吉 2006年から人事で7年活躍されて、そのあとは?

土井 青天の霹靂で、経営企画に異動となりました。折しも事業再編の真っ只中で、世界で戦える真の競争力を身につけるため、当時、世界に約180あるアイシングループ各社の専門性を結集し、会社の枠を超え事業軸で総合力を発揮できる新たなグループ連携体制を構築していこうという時期でした。

三吉 組織変革において人事は必須の課題ですし、土井さんは複数の生産事業所の統合にもかかわりました。そのご経験を大いに活かせたのではないでしょうか。

土井 経営企画では、アイシングループの事業再編や経営統合、カンパニー制の導入、2021年のアイシン設立に至るまで、様々な案件にかかわりました。組織というのはあくまでも形で、第一義はそこで働く人たちが、志・意欲をもって挑戦できるステージを用意する事です。そういう意味ではそれまでの経験を活かした企画や提案ができたのかなと思います。

三吉 生産事業所の人事、本社の人事、経営企画と、勉強しなければいけないことが次々とあったと思います。新しいことに挑戦していくモチベーションをどうやって保っているのですか?

土井 常に好奇心を持ってやりがいを見つけています。やり遂げれば人事制度などの形として残るので、それも一つのやりがいです。また、自分一人で解決しようとせず、知識や経験が豊富な人から謙虚に学び、協力を仰ぐことも大事だと思っています。

三吉 私も知りたいことがあるとすぐにスタートアップ投資チームのメンバーに「この分野に秀でたスタートアップを知りませんか?」などと投げかけます。もちろん自分が何か聞かれたらお答えします。チーム全体でパフォーマンスを出すためにはそうした循環が不可欠だと日々実感しているので、とても共感します。

土井 人事はそれぞれカルチャーの違う部署の状況を把握しながら個々人とコミュニケーションしていく仕事なので、その経験が大きいかもしれません。

三吉 日本の大企業の中には「隣の部署と話をしたことがない」というところもあると聞きます。

土井 アイシンは自由な発想で新しいことに挑戦する風土がある面白い会社です。社内の風通しも良く、部署ごとに壁で仕切られていないんです。だから他の部署を一望できて、わからないことがあったら聞きに行きやすい。昔から続くいい社風だと思います。

理容・美容分野への活用から始まった超微細水粒子「AIR」

三吉 経営企画の仕事を経て新規事業開発に?

土井 時系列的には、経営企画に移って3年、社長随行秘書を2年、経営企画に戻って3年、その後、新規事業開発です。

三吉 社長秘書というのも青天の霹靂だったのでは?

土井 「なぜ自分が?」と思いました(笑)。伊原保守新社長(2019年退任)就任のタイミングで随行秘書4人のうちの1人に指名されたのです。4人交替で社長に随行し、随行しない間は政策秘書的な業務に従事しました。具体的には、各方面へのトップメッセージの発信、会談先の事前情報の整理、訪問する国内外の拠点の課題の抽出、各種イベント対応などです。

三吉 社長の目線にならざるを得ない環境ですから、得られるものも多かったのではないでしょうか。

土井 経営においていちばん重要なのは意志決定であることを伊原さんから学びました。情報が出尽くしてから意志決定をするのでは遅いので、ある段階で方向性を示さなくてはならない。その胆力がないと社長は務まらないのだなと。他にも勉強になることばかりでしたね。

三吉 新規事業開発への異動はどのような経緯で?

土井 アイシンには部署ごとに人材を募集する社内公募制度があり、事業開発が進んでいたAIRのプロジェクトの人材公募に手を挙げました。自分に不足していた事業部の経験を積みたいと考えたのです。

三吉 AIRについてご紹介いただけますか?

土井 冒頭でお話した通り、アイシンはミシンやベッドなどの生活産業も手掛けてきました。その一つであるベッド事業において、寝室空間の課題であった喉の渇きや肌の乾燥に着目した湿度調整システムを研究開発していました。ベッド事業はその後撤退が決まりましたが、開発したコア技術を活かしたビジネス探索を新規事業として行うことになったのです。そしてこのコア技術と自動車やオートバイの排ガス処理に使われているカートリッジの技術を組み合わせることにより、空気中の水分子を超微細水粒子に変換して放出する技術が誕生。この水粒子を「AIR(アイル)」と名付けました。

三吉 湿度調整の技術と、自動車やオートバイの排ガス処理に使われているカートリッジの技術、全く関係なさそうな2つを掛け合わせたところが面白いですね。

土井 そもそも自動車部品は技術の掛け合わせでできていますから、当社の得意分野と言えるのです。AIRの水粒子は、水蒸気の約1/600という小ささ。空気中の水蒸気をカートリッジを通じてAIRに変換するので、加湿器のように給水の必要がなく、結露することもありません。研究を進める中で、このAIRに保湿効果があることも分かってきました。そこで、まず理容・美容分野で商品化を進めることになりました。

三吉 一般的な美顔器のスチームは目に見えますが、水蒸気の1/600の小ささと言うことは目に見えないということですね。

土井 見えません。見えないところが販売するうえでの難しさであると同時に、価値でもあると思っています。AIRは微細な水粒子なので生体に相性が良く、理容・美容ビジネス以外の領域への展開も考えられます。そこで、未知の技術に理解と興味を示していただいた研究者や医師の皆様と協業体制を構築し、見えない水の確かさと可能性を多角的に追究しています。

三吉 理容・美容分野の商品展開はどのように?

土井 一昨年ヘアケア用の「Hydraid(ハイドレイド)」、昨年スキンケア用の「WINDSCELL(ウィンセル)」をローンチしました。Hydraidは、カラーやトリートメントなどの薬剤浸透時間を活用し、髪の内側まで水分を浸透させ、素髪の状態が整うことで薬剤も綺麗に入るという理容機器です。髪に入り込んだ水分は定着し、柔らかさやツヤが持続し、カラーの仕上がりの質を高め長持ちさせます。

三吉 髪の染め上がりは見た目にも明確ですし、トップサロンのスタイリストの間で評判になれば拡販の可能性が広がりますね。

土井 おっしゃる通りで、すでに都内トップサロンを中心に57台を販売し、一都三県にて拡販中です。実績を重ねてブランド価値を高めていきたいと思っています。WINDSCELLは「水で肌を施術する」という新しい発想で展開しているクリニック用美容機器です。肌に塗布したビタミンCなどの美容成分の浸透をAIRがサポートすることで、保湿と導入の効果を実現し、シワ・シミの改善、炎症緩和といった肌コンディションの改善が期待できます。こちらは100を超えるクリニックから引き合いをいただき、現在7つのクリニックに採用いただいています。

三吉 先ほど研究者や医師の皆さんとの協業についてお話されましたが、目に見えない技術だからこそエビデンスや研究者のお%

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