陰謀論から縁遠いはずのリア充が、SNSで荒唐無稽な自説の拡散に勤しむこともある

最近の陰謀論界隈で注目を集めSNSで世界中に伝播したのがアメリカの極右が提唱する陰謀論とそれに基づく政治運動「Qアノン」。彼らは新型コロナウイルスにまつわることも陰謀があると主張する(イメージ、dpa/時事通信フォト)

 陰謀論とは、出来事や状況について、邪悪で強力な者や集団による作為によって起きているという主張だ。最近ではSNSを通じて影響を受けたり喧伝する人が多いこともあり、陰謀論を主張する人たちにはリアルで親しい人が少なめの人、非リア充が多い印象だった。ところが、ネットより地元の友人や先輩後輩の言うことを信じがちなヤンチャだった人たちや、学生時代にカーストの頂点にいたような人が、SNSで陰謀論を叫び始めて古くからの友人知人を戸惑わせている。ライターの宮添優氏が、リア充コミュニティのメンバーだったはずの人が主張するがゆえに、リアル(現実)で悩まされる人たちについてレポートする。

【写真】陰謀論にハマりワクチン反対

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 高度な情報化社会の弊害とでもいうべきか、世論にはネットを発信源とみられる偽情報やフェイクニュースが溢れ、一体何が真実で何が嘘なのか、わかりにくくなりつつある。「親がネトウヨ(ネット右翼)になっていた」とか「友達が反ワクチンの陰謀論にハマってしまった」という人も珍しくなくなっているが、高齢者や情報弱者だけでなく、意外な人が陰謀世界に「闇堕ち」し、周囲を悩ませるパターンも続出している。

「昔は暴走命、ケンカに明け暮れ、確か傷害事件を起こし少年刑務所にも入っていたと思います。そんな先輩が、ワクチンの真実とか世界人口削減計画とか、毎日のようにSNSにポストしはじめたんです。最初はアカウントを乗っ取られたかな?くらいにしか思っていなかったんですよ」

 こう話すのは、愛知県在住の自営業・橋本孝明さん(仮名・40代)。10代の頃、橋本さんは地元の暴走族に属していたが、当時から頭の上がらなかったリーダー格のX男とは、長らくSNSで緩く繋がっているだけで、もう十年以上も会うこともなかったという。しかし、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し、日本でも感染が拡大し緊急事態宣言が発令され異例のスピードでワクチン接種が行われてからというもの、X男は「ワクチンで人口削減計画が始まる」とか「世界を牛耳るDS(ディープステイト)を潰さなければ」といった、怪しげな書き込みを始めたという。

 ディープステートとは、選挙で選ばれた政権を操る闇の政府を意味するスラングで、インターネットが存在するより前から使われてきた言葉だ。この言葉が改めて脚光を集めたのは、ドナルド・トランプ米大統領が在任中に、自分の計画をディープステートが邪魔していると主張していた影響が大きい。世界征服を企む悪の秘密結社が存在すると本気で信じて子供番組を見るような年頃ならともかく、いい年をした大人が信じるには、あまりに荒唐無稽な理屈だと思われているため、信じている人たちを説得するのが難しい。だが、世界中に「DS」の存在を信じている人たちが、相当数いるのだ。

「最初は無視していましたよ(笑)。ですが、一応先輩だから、いいね押したりコメントしたりしていました。まあ、これがいけなかったんでしょう。”怖いですね”とか当たり障りのないコメントをしたところ、いきなり電話がかかってきて”お前も真実に気が付いたか”と大興奮されてしまった」(橋本さん)

 ヤンキー時代の上下関係が今なお「生きている」こともあり、X男の主張を受け入れたフリをしていたが、ある時、橋本さんの生活を脅かすような事態に陥った。X男が、ヤンキー時代の「部下」をタグ付けする形で、陰謀論投稿を始めたのだ。

「ワクチンの死亡者が実は数万人いるとか、福島の原発処理水で魚に奇形が出ているとか、真偽不明の情報の投稿に、僕をはじめ、X男さんの後輩の十数人の名前がタグづけされたんです。何も知らない人から見たら、僕が陰謀論を信じているかのように見えてしまい、会社の同僚や知人から”お前大丈夫か?”と相当心配されたし、何も言ってこなくとも、あいつはやべえ奴だと思われているに違いありません。タグ付けをやめてほしいといった知人は、X男さんに”日本の将来がどうなってもいいのか”と相当怒鳴られたそうで、もう我慢するしかないんですよ」(橋本さん)

 知人が陰謀論にハマったとしても、無視を決め込んだり距離を置くことによって、自身に降りかかる災いからは逃れられるかもしれない。だが、学生時代の先輩後輩関係、職場の上司後輩関係など、弱い立場の片方が「NO」といえない関係の中で、強い立場の人間が「陰謀論」を振りかざせば、否定することも逃れることもできないのだ。

スクールカースト頂点だった彼女がハマったもの

「学校中の男子生徒の憧れだったY子のSNSに、反ワクチンとか食品添加物がどうのという、訳のわからない投稿が増えたのは2年くらい前でしたね。最初は、子育てなどが落ち着いて、いろいろ勉強しているのかな?という風にしか思わなかったんです」

 都内在住の公務員・吉田郁子さん(仮名・30代)は、美人でその名を他校にまで轟かせていたという友人Y子のSNSに、いきなり見慣れない文言が投稿され始めたのを見てギョッとした。ほとんど更新されていなかったY子のSNSタイムラインにある日、急にサラダの写真が大量にアップされ「ビーガン生活を始めた」と書き込まれたのだ。他にも、酵素やお酢などの健康食品がいかに良いか、新型コロナワクチンの代わりになる食材が存在するなど、いかにも眉唾な情報の書き込みが半年以上続いたという。

「なんか怪しいのにハマっちゃったね、と女友達同士でガッカリしていたんですが、Y子は美人。Y子がどんなに変なことを言っても、陰謀論の投稿にいいね押したり、コメントする男性ユーザーが何人もいるんです。だからY子も、自身の主張が受け入れられたと思ったのか、投稿数は日を追うごとに増えましたね。1日に何十回も投稿をして、コメントには”Y子さんすばらしい”とか”マスコミが言わない情報だ”とか、どこかの知らないおじさんのコメントが並んでいるんですよ」(吉田さん)

 それから間も無く、吉田さんの耳に入ってきたのは、Y子はただ陰謀論にハマっただけでなく、SNSの投稿で吊り上げたかつての男子同級生や、SNS上で知り合った見ず知らずの男性たちを「マルチ商法」に引き入れていたという、驚くべき事実だった。

「もともとY子を狙っていたのか知りませんが(笑)、Y子の陰謀論投稿にやたらコメントしている元同級生の男が、Y子に30万円を盗まれ戻ってこないと訴えたんです。そうしたら、他にも被害を訴える元同級生の男がゾロゾロ出てきました。結局Y子は、自身の美貌を生かしながら陰謀論を語りかけ、最終的にはついてきたカモをマルチに陥れたんです。騙された男も気の毒ですが、下心もあったから陰謀論に同調して擦り寄っていき、結局身ぐるみ剥がされたんだろうと思いますよ。私の男友達も20万円を取られて、奥さんに顔向けできないと項垂れていました」(吉田さん)

 容姿端麗なY子の「陰謀論」は、Y子の美貌に目が眩んだ男たちにとって「Y子とお近づきになれる」きっかけくらいのものだったのだろう。だが結局、男たちはY子の陰謀論にいいように翻弄され、金や社会的信頼まで失ったのだ。

「まさかあのY子がと思いましたが、結局、陰謀論にハマったのが先なのか、陰謀論を使った金儲けのための方便なのかわかりません。こういう事例もあるんだと、旦那にもキツくいっておきました」(吉田さん)

 かつては「バカみたいだ」と気にも留めなかった陰謀論も、それを信じる人が増えれば増えるほど、それが事実かどうかは関係なく「正しいといわれている情報」として拡散し、既成事実化してしまう。偽情報があまりにも増えすぎた現状下でも、同様の事象はすでに起きているはずだ。

 情報の取捨選択・精査には自信がある、陰謀論者は信じないし騙されない。そう心に決めていても、意外なところに存在する陰謀論者の影響が、いつか突然あなたに降りかかってくるかもしれない。

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