【特集】東日本大震災10年 防災リュック何を入れる? 専門家に聞く備え

03/01 16:00 au Webポータル

「災害は怖いけど、防災はオモロイ」レスキューナースに聞く、家庭での防災のコツ

2021年3月11日で東日本大震災の発生から10年を迎えます。

つい1カ月前の2021年2月13日に、宮城県や福島県で最大震度6強の地震が観測されました。この地震は、東日本大震災の余震と考えられると気象庁は発表しています。今もなお、これだけ大きな余震が発生することに、驚いた人も多いのではないでしょうか。

いざという時に自分や大切な人の命を守るにはどうすればいいのか。一般社団法人育母塾の代表であり、レスキューナースとして被災地支援や「プチプラ防災」の発信も行っている、辻直美さんに話を聞きました。

国際災害レスキューナース 辻直美さん

防災は日常の延長

「防災」と聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべるでしょうか? 防災バッグの用意、備蓄食料や水の確保、避難経路や避難所の確認などを浮かべる人が多いと思います。もちろん間違いではありません。また、自分で防災準備する時には、専用のグッズを用意しておかなくてはいけないのではないか? そんな疑問を辻さんにぶつけてみました。

辻さんは、特別高額な防災用品を購入しなくても100円ショップやホームセンターにあるもので家庭の防災対策は可能だといいます。
「日常の延長に災害があるので、日常で行っていることしか、被災した時には出来ないと思います。」防災を日常生活の中に組み込むには買ったものを大事に置いておくのではなく、家にあるもので防災訓練をしておくことが大事です。
防災のために用意するのではなく、生活の中に防災を取り入れるということですね。

具体的にはどうしていけばいいのでしょうか? 辻さんがあげたポイントは2つです。

1、片付ける
2、防災テクニックを使う

辻さんによると、地震発生時にモノは「落ちる・倒れる・移動する・飛ぶ」という4つが基本で、これらを防ぐ防災テクニックを部屋の中で行う必要があります。地震で被災した場合、家庭内の事故では家具などの転倒による圧死や、食器などが落ちて割れ、散乱することによるケガが多く報告されます。

これらの事故を防ぐ、大型家具の防災テクニックは次の通りです。

1、重たいものは腰より下に収納する
2、上部には天井まで段ボールを積み、中に突っ張り棒を入れて固定する
3、壁から3cm離しておき、下に耐震板や新聞などを噛ませて傾斜をつける
4、棚の中に滑り止めシートを敷き、飛び出しを防止する

とてもシンプルで、必要なものはホームセンターや100円ショップで手に入れることができます。どれくらいの効果があるのか気になりますが、辻さんが2018年に大阪府北部地震に被災した時の自宅の写真があります。

辻さん宅の本棚 『レスキューナースが教える プチプラ防災』より

辻さんの自宅リビング 『レスキューナースが教える プチプラ防災』より

自宅はマンションの12階で、さらに震源から3kmほどしか離れていなかったそうです。震度6弱もの大地震が起きた直後とは思えないほど整然とした室内です。そしてこちらは辻さんの隣人宅の写真です。家具が倒れてモノが散乱し、足の踏み場もありません。

隣人宅のリビング 『レスキューナースが教える プチプラ防災』より

隣人宅の本棚 『レスキューナースが教える プチプラ防災』より

先ほどの防災テクニックはほんの一部ですが、やるかやらないかで結果が大きく違うことがよくわかると思います。

そして、家庭の防災を考える時に大事なことは「ハザードマップを見ること」だと辻さんはいいます。ハザードマップとは、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図のこと。自分の家がどんな被災をする可能性があるかが分かり、必要な備えを考えることができます。

さらに住んでいる環境に応じた備えが必要になります。例えばタワーマンションでは電気が切れたらエレベーターが使えません。オール電化の家であれば、熱源がなくなってしまいます。自分の家はどのライフラインが切れてしまったらどうなるのか? 常に被災した時の状況を想像し、考え、学習することが大切です。

「防災リュック」何が入っているか思い出せる?

突然ですが、皆さん、防災リュックには何を入れていますか?
昨年7月の球磨川の氾濫発生の際に、被災地支援で入った時の話を辻さんがしてくれました。コロナ禍で避難所もいっぱいで、避難所自体も縮小。大雨も降っており、過疎地で高齢者も多い中、慌てて避難してくる人が多かったそう。そこで辻さんは、ある男性に出会いました。

「リュックも背負っているし、ちゃんと用意しているんだな、と思ったんです。でも『生きていけないかも』って言うからリュックの中を見たら、飲みさしのペットボトルと、使いかけのティッシュ、それになぜかリモコンが入っていたんです。」

おそらく慌てて避難所に来たんでしょう。備えていなければ、いざ被災した時には慌ててしまって目の前のものを持って出ることしかできません。防災リュックがあるから大丈夫、と思っていても、定期的に確認しなければ非常食の賞味期限が切れていたり、服のサイズが変わっていたり。防災リュックを作って安心、買って安心、という人も非常に多いといいます。

さて、ここで先ほどの質問に戻りますが、皆さんは防災リュックに何を入れていますか? もし、防災リュックの中身が思い出せない人は、この機会に見直してみてください。

定期的に確認する習慣がなかった人にはこんな方法もオススメだそう。
「月一回、防災のイベントデーにするのがいいと思います。例えば第3金曜日の夜はガスボンベとコンロでご飯を作るとか、防災キャンプをやるとか防災お散歩をするとか。防災リュック背負って歩いてみようとかイベントに紐づけちゃうのがいいでしょうね。」

さらに「家族の誕生日には防災バッグを見直せ、って言っています。誕生日が固まっているご家族もあるかもしれないけれど、少なくとも子どもと自分の誕生日くらいは、命を守るために見ておいてねって。」

避難生活になったら食事はどうする?

実際の避難生活で心配なのは食事という人も多いのではないでしょうか。インスタントラーメンやアルファ米を水で戻す方法などを目にしたことがある人も多いと思います。でも、水で戻したインスタントラーメンを食べるのは少し味気ないですよね。
「避難生活はいかに普段の生活に近づけるかということです。『何を用意すればいい』ではなく『どうやって調理すればいい』を知っておいた方が普段に近づけられます。」

辻さんは被災時の食事の調理方法をYouTubeやInstagramで発信しています。
辻さんが最近思い付いたのは、誰でも1度は食べたことがあるような駄菓子を使ったカルボナーラ。子どもが見て真似できるように考えたというこの動画には、辻さんの防災浸透への思いがありました。

「家にあるもので寄せ集めてできるくらいステップは軽くしている。子どもにできるんだったら、親は絶対できる。おじいちゃんおばあちゃんもできるし、いわゆる防災弱者と言われる人たちだって、できるっていう視点でやらないと防災は浸透しないと思っています。麺をゆでるのにタンブラーを使ったり、ジッパー付きのビニール袋を使ったり、何でも発想の転換ですよね。」

オススメ調理器具としてYouTubeやInstagramで固形燃料とホットサンドメーカーを使った冷凍チャーハンの調理動画を投稿したところ、大きな反響があったといいます。
「子どもが使っても火傷したり、こぼしたりする心配が少ないし、熱伝導がすごくいいので調理時間が短いんです。被災してライフラインが切れると空気が冷えて、建物も冷えます。カセットコンロで調理すると、鍋が温まるまでにガスボンベをけっこう使うんですよね。そういう意味では密閉して調理するのは理にかなっています。冷凍食品は溶けてから冷たいまま食べるイメージだったんですけれど、それを『ちゃんと調理しよう』って考えました。」

そしてもう一つ大切なのは、食料の備蓄です。辻さんは備蓄用としての食料を置かず、普段から食べているお米などをローリングストック法で備蓄しているそうです。この方法は、お米や乾燥パスタなどを少し多めに備蓄しながら消費していくことで、日常的に備蓄されている状態を保つことができるもので、水やお茶などにも応用できます。

みんなが思っている「避難所の誤解」

皆さんは避難所、と聞いてどのような生活を想像しますか? 避難所は学校の体育館などに設置されることが多く、スペースは1人一畳ほど。さらに、インフルエンザなどだけではなく、今は新型コロナウイルスへの感染の心配もあります。

避難所運営はコロナ禍の以前から感染症予防対策マニュアルがあり、現在は、避難所の収容人数を3分の1に減らし、パーテーションをつけ、さらに1.5mは間隔をあけるなど対策が取られています。加えて各々がマスクや消毒用アルコールなどの衛生用品を日常的に持ち歩くことが当たり前になったことで、個人レベルの衛生意識は格段に高くなったといいます。

被災した時には、周りの被害の大きさやショックで気持ちが落ち込む人は多いでしょう。それでも、気持ちを奮い立たせることができるのは、自分しかいません。
「被災者の皆さんはこんなに決断を迫られたことは人生一度もなかったと言います。避難生活はずっと決めていかなきゃいけない。『本当に今まで決めてきたことがなかったんだなって思いました』って皆さん言います。」

辻さんは、2020年からの新型コロナウイルスによる自粛生活が、被災した際の練習になっていると話します。
「自分で決めて自分で責任を負うことの練習だと思います。出かけるのか、家にいるのか。出かけた先ではどう行動するのか。限られたモノの中でどうやってコロナと闘うのか決めていく。それが練習です。」

さらに、避難所では行政は場所を提供してくれるだけで、運営も被災者自身がしていかなければなりません。
「避難所って自分の分の物資が絶対に確保されていて、行ったら『○○さんですか、ペットボトル2本持って行ってくださいね』って渡してもらえて『ここで寝てください』って言ってもらえるイメージみたいなんですよ。だけど物資は住民の2%分しか用意していないし、自分で決めていかなければなりません。」

では、自分の気持ちを明るくしたり、少しでも快適に過ごすにはどのようにすればいいのでしょうか。
「非日常を面白がっちゃう。私が『災害は怖いけど、防災はオモロイ』をテーマにしているのはそこが理由です。面白くないと絶対やらない。だけど、ふざけたら不謹慎だ、被災中にお酒はダメだという意識ってあるじゃないですか。ほろ酔いだったらいいって思うし、ケーキを食べてもいいじゃないと。食べたことで頑張れるんだったら、食べていいですよ。発散出来るなら歌えばいいし、踊ればいいし、何やってもいいと思います。迷惑さえかけなければ。うまくスマホのエンタメも使ってほしいなって思います。」

子どもを連れての避難の場合は、防災リュックに入れておくといいものはあるのでしょうか。
「おもちゃとお菓子を持っていってください。防災リュックにぬいぐるみを入れるって子どもが言ったらお母さんがダメっていうけれど、絶対に入れた方がいいです。それと、漫画、本、ボードゲーム、トランプなど遊べるものをリュックに入れた方がいいです。でも、子どもたちは強いので、何でも遊びにできちゃうんです。実は大人の方が必要かもしれません。大人はスマホがないと時間潰せないから。」

ペットを飼っている人もいると思います。そういう人たちはどのような準備ができるでしょうか。
「私はペット可のマンションなので、マンションの中で自助グループを作っています。月1000円積立金して、いざとなったら猫、犬たちのために使うとグループで決めています。それと、廃校になっている学校とかを貸してもらう提携もしていて、いざとなったらそこに連れていきます。」

もし集合住宅や近所でペットを飼っている人がいたら、いざという時のためにグループを作るのを考えるのも必要かもしれませんね。
さらに「週に何回か猫たちの防災訓練をやっています。普段は、餌を置く場所とかも決めて置いているんですけれど、その時はそれを下げます。自分で開けられるパッケージになっている餌を置いておいて、嚙み切って食べさせたり、ベランダに洗面器を置いて自分で水を飲んでもらったり、訓練しています。」

繰り返し訓練することで猫たちも学習していき、今では舐めて開けられるパッケージの餌をうっかり出しっぱなしにしておくと勝手に開けて食べられるくらい賢くなったそうです。

「3つのアイテム」で避難所生活も気分明るく

「私は何か自分の気持ちが上がるものを、「3秒」で上がる、「3分」で上がる、「30分」で上がるものを用意しておいてくださいってお伝えしています。それぞれ、何だと思いますか?」
インタビュー取材の最後、辻さんからこんな話が出ました。ぜひ皆さんも自分にあてはめながら考えてみてください。

「3秒はね、香りです。好きな香りのアロマオイルとかコーヒーの香りが好きな人は小さな袋にインスタントコーヒーを入れておくとか、好きな香りのするものを用意するといいです。」
避難所では塵や埃、体臭など、臭いの問題があります。そんな時に好きな香りを嗅ぐだけでリラックスできます。辻さんも被災地支援の際、オレンジオイルやバニラエッセンスなどを持ち歩き、ティッシュに垂らして配るそうです。そうすると被災者の皆さんはパッと笑顔になるんだとか。

次は3分です。
「3分はね、触るもの。触覚です。どんなものを触っているのが好きですか? 私は猫を飼っているのでフワフワしたもの。タオルとか、ブランケットみたいなものを入れています。」持ち運べる範囲で好きな手触りのものを入れておくことがおすすめです。

最後は30分です。
「30分は視覚です。好きな俳優さん、アイドル、風景などの写真や、フィギュアなどの造形物を用意しておくと気持ちが上向きになってきます。」
ぜひ参考にして、自分の好きなものを入れてみてくださいね。
今回は辻さんに明日にでも取り入れられる防災知識について、幅広く聞くことができました。東日本大震災から10年。この先も大きな災害が起きない保証はありません。だからこそ、自分の、家族の命を守るために、しっかり備えて防災について考える機会にしましょう。

「災害は怖いけど、防災はオモロイ」

まずは皆さんもこの言葉から始めませんか。


(mediba編集部 小澤沙紀)

(プロフィール)
辻 直美(つじ なおみ)
国際災害レスキューナース
まぁるい抱っこマイスター
一般社団法人育母塾 代表理事

1993年、国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
看護師歴29年、災害レスキューナース歴26年。被災地派遣は国内28件、海外2件(1999年9月台湾地震、2013年11月台風30号フィリピン・レイテ島)。
2018年、大阪市防災・危機管理対策会議にて防災専門家として活動。大阪市福島区中学生被災地訪問事業選定委員も務める。
著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』、『レスキューナースが教える 新型コロナ×防災マニュアル』、『防災クエスト』がある。

『レスキューナースが教える プチプラ防災』

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