内村航平、決断の真相(2)こだわりは捨てずに

 キングの明るい表情が、タブレットの画面に映っていた。2月に種目別の鉄棒に絞って東京五輪を狙う決断を下してから、約5カ月。体操男子の内村航平(リンガーハット)が取材に応じたのは7月29日だった。新型コロナウイルス感染防止のため、オンラインでの対応。遠隔での問答を少し楽しみながら、予定されていた取材時間を大幅に超過し、言葉は紡がれた。

 過去、何度も「体操は6種目できてこそ」とオールラウンダーへのこだわりを見せてきた。今も、その思いは変わっていない。40分以上に及んだ取材で内村が一番、伝えたかったのは「個人総合、団体を諦めたわけじゃない」ということだった。

 「実際は6種目で狙いたい。今でも6種目で行きたい思いは変わっていない。結構、悩んだ。6種目へのこだわりは実際、捨て切れていない。あわよくばやりたい思いはあるけど、なかなか難しい」

 16年12月のプロ転向後、内村は連続して試練と直面した。17年世界選手権は予選で左足首を負傷し、個人総合の世界大会連覇が8でストップ。18年も世界選手権前に右足首を痛めた。そして、19年は深刻な両肩痛から全日本選手権で予選落ち。完治には遠い両肩の状態が、決断の大きな理由だった。

 2月にスペシャリスト転生の意志を固めたが、3月に東京五輪の1年延期が決まった。増えた調整期間に、また心は揺れる。個人総合、団体総合での代表入りは狙えないか。6種目の練習に臨もうとすると、厳しい現実に引き戻された。

 「ちょっとやってみようかなって日が何日もあって。あ、でも、やっぱりできないんだって日々の繰り返し。やりたい気持ちはすごくあるのに、やっぱりできない」

 今後、オールラウンダーに戻る可能性は「1、2%くらい」と言う。「まあ、ほぼないってことですね。肩の状態がこれ以上、良くなったとしても、6種目の練習を積んでいくと痛みが出てしまうのが分かっている。6種目だと(五輪に)出るのも無理だなと分かってしまった」。悔しさも未練もある。それでも、この状況で輝くため心に折り合いをつけた。

 「6種目やりたい気持ちだけは捨てずに、鉄棒の演技にさらにさらに磨きをかけていきたい」

 64年東京五輪で日本選手団の主将を務めた小野喬は鉄棒を得意としたことから、「鬼に鉄棒、小野に鉄棒」というフレーズが生まれた。半世紀を超え、体操界に君臨してきたキングによって「王に鉄棒」が刻まれる。個人総合への思いを込め、挑む1種目。これまではあまり口にせず、胸に秘めてきた個人的な目標が、今の内村を支えている。(杉本亮輔)=つづく=

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