「あきらめなかったからチャンスが来た」パリパラ五輪車いす女子テニスで悲願金メダルの上地結衣を支えた“あの”レジェンドのアドバイス

 パリパラリンピックの車いすテニス女子シングルス決勝が6日、ローランギャロスで行われ、世界ランキング2位の上地結衣(30、三井住友銀行)がフルセットの末に同1位のディーデ・デフロート(27、オランダ)を破り、4度目の出場で悲願の金メダルを獲得した。第1セットを落とした上地は、粘り強いストロークで前回の東京大会の決勝で敗れた絶対女王に食い下がり、続く2セットを連取して逆勝勝利。同種目の金メダルは日本人初で、前日の女子ダブルス制覇に続いて「単複」制覇も日本人女子としては史上初の快挙だった。

 

 こらえても、こらえても涙が頬を伝ってきた。
 5-4とリードして迎えた最終第3セットの第10ゲーム。40-15とマッチポイントを握っていた状況で、デフロートのセカンドサーブがほんのわずかだけサービスラインを超えた。ダブルフォルトでの勝利とともに、夢にまで見たパラリンピックの金メダル獲得が決まった瞬間から、上地は涙をこらえきれなかった。
 パラリンピック連覇を逃した敗者のデフロートが、ネットを越えて勝者を祝福しにくるとますます涙腺が緩んでいく。表彰式前に臨んだフラッシュインタビュー。上地は「すみません……」と涙で声を途切れさせながら、思いの丈を言葉に変えた。
「ファーストセットを取られて、本当に厳しい時間も長かったと思うんですけれども、コートサイドで見守ってくれているチームのみなさん、それからたくさん応援してくださっている方々の後押しや声援があって、本当にあきらめずに最後まで戦うことができたと思いますし、あきらめなかったからこそ、ああいったチャンスがきて、それをしっかりとものにすることができたと思っています。決して自分一人で戦っているのではなくて、たくさんの方々と一緒に戦っている気持ちで毎日を過ごしてきて、最高の結果をみなさんに報告することができてすごく嬉しいです」
 これまでの人生が凝縮されたような決勝だった。
 第1セットは3ゲームを連取するなど、一時は4-1とリードしながら、立て続けに5ゲームを奪われて4-6で先取された。前回の東京大会決勝でストレート負けを喫した、世界ランキング1位のデフロートのオーラに圧倒されてもおかしくなかった。
 しかし、サービスゲームをお互いにブレイクしあった第2セットで、4-3で迎えた第8ゲームで上地が初めてキープ。必死に食らいついてくる上地の前に、圧倒的なパワーを誇るはずのデフロートにミスが目立ちはじめて6-3で奪い返した。
 迎えた運命の最終セット。4本連続でリターンエースを決められ、第1ゲームをブレイクされた上地は続く第2ゲームですかさずブレイクバック。デフロートにペースをわたさなかった上地は第4、第8、そして第10ゲームでもブレイクに成功して、歓喜の涙とともに2時間を大きく超える熱戦に終止符を打った。
 勝負を左右するアンフォーストエラーは、最終的には上地の「24」に対してデフロートは倍以上の「49」を数えている。そのうちダブルフォルトは上地が「0」で、一方のデフロートは最後の場面を含めて「17」に達した。上地が見せ続けた粘り強さが、サービスを含めてデフロートのプレーを狂わせたといっていい。
 兵庫県明石市で生まれ育った上地は、先天性の潜在性二分脊椎症で特に足に麻痺があった。装具をつければ可能だった歩行が成長とともに困難となったなかで、10歳のときに車いすバスケットボールをはじめ、チームメイトの紹介でスタートさせた車いすテニスでは14歳のときに史上最年少で日本ランキング1位になった。

 

 

 高校3年生で臨んだ2012年のロンドンパラリンピックではベスト8に進出。銅メダルを獲得したリオデジャネイロ大会を経て自国開催の東京大会で金メダルを狙うもデフロートに完敗した。何かを変えなければとの思いから、昨年の冬には車いすテニス界のレジェンド、国枝慎吾さん(40)のもとを訪ねている。
 ちょうど「もう十分にやりきりました」という言葉とともに、国枝さんが現役を退いた直後だった。上地の方から「私とテニスをしてください」と連絡を入れて、実現させた練習を通じて国枝さんの多彩なサーブを伝授された。
 ダブルフォルトが「0」だった決勝に象徴されるように、身長143cmと小柄な上地にとってはサーブのバリエーションが増え、さらにサーブからのポイント取得率も高まった効果は絶大だった。ベースラインで辛抱してラリーを重ね、根負けした相手のミスを誘う戦術をしっかりと確立させた上地は、今年7月のツアーでデフロートにストレート勝ち。連敗を「28」で止めて、4度目のパラリンピックを迎えていた。
 師匠でもある国枝さんがテレビ解説を務める眼前で、前日5日の女子ダブルス決勝では田中愛美(28、長谷工コーポレーション)とのペアで、東京大会を制したデフロートとアニク・ファンクート(34)組を撃破。車いすテニスが正式採用された1992年のバルセロナ大会から続いてきた、オランダ勢による女子の単複完全制覇を阻止した。
 一夜明けたこの日は女子シングルスでも頂点に立ち、2008年の北京大会から男子シングルスを4連覇した国枝さんも経験していない二冠も達成。放送席の国枝さんにも手を振った新女王は、全仏オープン決勝も行われるローランギャロスのセンターコート、フィリップ・シャトリエを埋めた大観衆をお互いのプレーで魅了した、四大大会の女子シングルスで15連覇中のデフロートへの感謝も忘れなかった。
「もちろんディーダ(・デフロート)への声援もすごくたくさんあって、でもそれが決して自分にとってマイナスになるのではなくて、彼女を後押しする声援、それから彼女がいいプレーをするたびにあがる声援も含めて、やはりディーダと2人で決勝のこの舞台を作ったと思うので。今日は本当にすごくいい試合ができたと思っていますし、彼女も私が泣いてちょっと動けなくているところに来てくれて、祝福の言葉をかけてくれました。ディーダとこの舞台で戦えて、本当によかったと思っています」
 上地自身も四大大会で8回の優勝を誇る。その半分の4回を全仏オープンで達成するなど、相性のいいクレーコートで悲願を成就させた上地は、授与された金メダルにキスした表彰式でも再び感極まった。もちろん美しき勝者の瞳は涙越しに、パラリンピックの二冠女王の肩書きが加わる今後の戦いもすでに見つめている。

ジャンルで探す