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甲子園球場の土を守るプロ集団「一人前になるのに最低10年」

トラクターでグラウンドを均等にならす

 日本一の球場はどこか──。野球好きが集まる酒の席でこんな話題が出たら、侃々諤々の議論がなされ、さぞ盛り上がるだろう。そして必ず、誰かの口からこんな一言が飛び出すはずだ。

「それは甲子園だ。阪神園芸の技術は素晴らしい」

 球界で随一の知名度を誇るグラウンドキーパー集団、阪神園芸。阪神甲子園球場のコンディションを厳密に管理し、「水はけが良い」「日本一イレギュラーバウンドが少ない」と言われる理想的な環境を作り出しているプロたちだ。その知られざる仕事内容に迫った。

「理想は白球がよく見えて、硬すぎず、柔らかすぎない。それで水はけがよければ満点です。僕らが整備したグラウンドで、イレギュラーバウンドがあってはならないんです」

 そう熱弁するのは、阪神園芸・甲子園施設部長の金沢健児氏。キーパーたちが黙々と整備を続けるグラウンドに、厳しい視線を送り続ける。

 阪神園芸は阪急阪神東宝グループに属する総合緑化事業会社だ。都市や公園などの緑化活動に加え、主な事業として阪神甲子園球場の管理を行なっている。球界ではその技術の高さは有名で、例えば2016年には、楽天のホーム球場に技術指導のため1年間、阪神園芸のスタッフが常駐したほどだ。

 彼らの作業は練習開始の5時間前から始まる。まず鋤をつけた2台のトラクターで内野をクルクルと何周も巡る。保水力のある鹿児島の黒土と、水はけがいい京都の砂が6対4の割合でブレンドされた、土の表面3cmほどを丁寧に掘り起こしていく。

「砂が表面に浮き出ると土が乾き、弾力性を失って打球が跳ねやすくなりますから、それを防ぐために黒土と砂の配合を最適なバランスに戻す。そのために欠かせない毎日の作業です。吸水性を取り戻したグラウンドでは、イレギュラーバウンドが減少します」(金沢氏)

 掘り起こした土が乾いて変色すると、ローラーで踏み固めてトンボで整備し、最後に水を撒く。毎日同じ作業の繰り返しだが、天候や気温、湿度によって土は違う表情を見せる。

「砂が乾けば下の黒土が固まって弾力性が増すのでボールが跳ねすぎる。水分が多くなれば柔らかくなってケガをする可能性が高くなる。状況によって微妙に作業時間や内容を変え、季節で土の配分も変えます。もちろん明確なマニュアルはない。長年の経験をもとに手作業で理想の硬さに仕上げていきます」(金沢氏)

 選手にとっての理想の硬さに仕上げ“援護射撃”することも。かつて赤星憲広が5年連続で盗塁王に輝いた時は、岡田彰布監督の発案で一、二塁間を固めていた時があったそうだ。

「マウンドの高さや傾斜を変えることはルール違反だが、グラウンドの硬さや芝の長さにルールはない。今は均等にしていますが、20年前は選手の好みで守備位置の硬さを変えていました。柔らかいグラウンドでのプレーに慣れていない外国人選手のポジションだけ硬くしていたこともあります」(金沢氏)

 よく「甲子園は日本一水はけがいい」といわれる。金沢氏によれば、「土の配合や形状など構造的な面もあるが、日頃の手作業によって仕上げられた成果によるところが大きい」という。

「グラウンド作りは1月から始まります。地中30cmまで耕し、雨が降るのを待って時間をかけて固め直す。自然の雨を利用するのはグラウンド全体に水を均等に撒いてくれるためです。

 そこでしっかり固まって壊れにくいベストの状態の水加減を見極めながら固めていく。毎年、気温や雨の量が違うため、すべて経験と勘で見極めなければならない。一人前になるには最低でも10年かかりますね」(金沢氏)

 観客を魅了する美技は、陰で支える人たちがいてこそ生まれるものなのだ。

※週刊ポスト2017年10月13・20日号