ロケッツ時代の元同僚アルストンがヤオ・ミンを回想「彼は唯一無二の男だった」

 2002年のドラフト全体1位でヒューストン・ロケッツから指名されたヤオ・ミン(元ロケッツ)は、ケガのためNBAキャリア8シーズンで引退したものの、チームメートたちにも好影響を与えていたようだ。

 9月23日(現地時間22日)にYouTubeへ公開された「VLAD TV」へ出演したレイファー・アルストン(元ロケッツほか)は、ロケッツで約4シーズンを共にプレーしたヤオについてこう語っていた。

「ヤオ・ミンとプレーしたことは、僕のバスケットボール人生の中で最もすばらしいうちの1つだ。選手として向上し、自分の仕事を日々正しくやっていくという点でね」。

「11時から練習が始まるとしたら、彼は9時にはその建物にいて、彼のゲームやフットワーク、フリースロー、ポストアップムーブなどを練習していた。彼は(練習が始まる頃には)すでに汗だくだったんだ」。

 アルストンはNBAで11シーズンをプレーしたポイントガードであり、NBAキャリアで平均10.1得点2.8リバウンド4.8アシスト1.2スティールをマーク。また、ストリートボールで観衆を虜にしてきたスターでもある。

 一方のヤオはオールスターに8度、オールNBAチームに5度も選ばれ、16年にバスケットボール殿堂入り。229センチ140キロという驚異的なサイズを誇るビッグマンは、キャリア平均19.0得点9.2リバウンド1.6アシスト1.9ブロックにフィールドゴール成功率52.4パーセント、フリースロー成功率83.3パーセントと、ショットの上手さも光った。

 アルストンは中国出身の殿堂入りセンターをこのように評していた。

「彼のスポーツやゲーム、チームへ見せてきた献身は唯一無二のものだった。彼のお陰で、僕は1日1日を大切にし、打ち込みたくなったんだ。(ロケッツへ)トレードされたこと、毎日ヤオを見ることができたことに感謝しないとね。だからこそ、僕は正しいことを続けることができたんだ」。

「ヤオは驚異的な個人能力の持ち主だった。でも皆がアリーナを出た後の彼を見るチャンスがあったわけじゃないからね。彼はいいヤツで、面白い男でもあったのさ」。

 ヤオには柔らかいタッチから放たれるジャンパーや、ブロック不可能とも言えるフックショットがあり、フリースロー成功率も8シーズンのうち7シーズンで80.0パーセント超えと、高精度を誇っていた。

 その裏には地道な練習があったから、ということなのだろう。また、ルーキー時にメディアから「英語で話してください」という質問に対して「No.(嫌だ)」と軽妙に切り返すなど、ユーモアも備わっていた。

 キャリア8シーズンと、長くはなかったものの、ヤオがNBAに確かなレガシーを残してきたことは間違いない。

【動画】ヤオ・ミンのキャリアトップ10プレー!

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