なぜバイエルン・ミュンヘンは伊藤洋輝を獲得したのか? その魅力と強みを福西崇史があらためて考える

伊藤洋輝をフカボリ!


伊藤洋輝をフカボリ!
不動のボランチとしてジュビロ磐田の黄金期を支え、2006年開催のドイツワールドカップには、日本代表の中心メンバーとして出場。日本サッカーが世界水準へと飛躍していく瞬間をピッチの中央から見つめていた福西崇史。

そんな福西崇史が、サッカーを徹底的に深掘りする連載『フカボリ・シンドローム』。サッカーはプレーを深掘りすればするほど観戦が楽しくなる!

第106回のテーマは、バイエルン・ミュンヘンへ移籍した日本代表DF伊藤洋輝について。シュトゥットガルトから名門バイエルンへステップアップできた理由、そして今後の課題と期待することを福西崇史が解説する。

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今オフ6月に日本代表DF伊藤洋輝がシュトゥットガルトからバイエルン・ミュンヘンへ完全移籍を果たしました。バイエルンは言うまでもなく、欧州でもトップオブトップのビッグクラブです。

近年、アーセナルの冨安健洋やリバプールの遠藤航など、日本人選手がビッグクラブへ移籍するケースが増えてきました。伊藤もそのチャンスを掴み、日本人としてとても誇らしく思います。

ブンデスリーガでは当たり前のように優勝が求められ、UEFAチャンピオンズリーグでも毎年優勝候補の一角に数えられます。そのプレッシャーの大きさは、我々の想像を遥かに凌ぐものだと思いますが、その中でプレーすることで彼がどれだけ成長するかは非常に楽しみです。

伊藤の特徴は左利きで188cmという長身ながら、ある程度のスピードと足元の高い技術を有していること。その上でサイドバック、センターバック、ボランチと複数のポジションをこなせる頭の良さもバイエルンから非常に評価されているところだと思います。

バイエルンはリーグ戦では圧倒的に主導権を握る側で、ボール保持時にCBが中心にボールを回す場面も多くなります。そのときの落ち着きとポジショニングのセンス、パスの精度と判断力など、伊藤は高いレベルで有しています。

バイエルンは今季からバンサン・コンパニが新監督となりました。現役時代にマンチェスター・シティでジョゼップ・グアルディオラのもとでプレーした彼は、バーンリーの監督時代もCBからショートパスを繋いで崩すスタイルを志向していました。

そんなコンパニ監督のスタイルを見ても伊藤の獲得というのは非常にマッチしていると思うし、より成長できると感じます。

彼のことはジュビロ磐田ユース時代から知っていますが、その頃から先ほど挙げたような能力は別格で、高校生ですでにプロのレベルに入ってもやれていました。個人的にはボランチでプレーしてほしいと思っていましたが、フェルナンド・フベロ監督時代に一つポジションを下げることでより彼の持つ能力が発揮され始め、その後の成長や成功を見ればDFへのコンバートはターニングポイントだったと思います。

バイエルンに加入し、今後課題になってくるのは、攻撃面では精度をより上げていくこと。ビルドアップで繋ぐ能力やロングフィードで前線の裏へ抜けてのパス、あるいは効果的なサイドチェンジは得意としていますが、そこでよりミスを少なく精度を上げることは、もう一段上の選手になるために必要だと思います。

守備面では一対一の強さ。体格には恵まれていますが、まだ競り合いや対人守備での強さには課題があります。ただ、そこはバイエルンへ移籍したことで大きく伸びる部分だと思っています。

私が磐田に加入したときもそうでしたが、チームメイトに能力の高い選手がずらりと揃っていることで、練習をしているだけで日々大きく成長できます。伊藤もバイエルンという世界でも屈指のタレントが揃うなかで練習をしていれば、それだけで守備面がどんどん伸びていくでしょう。

正直、リーグ戦よりも練習でチームメイトを相手にするほうが成長できると思います。それくらいあの環境にいられることは、伊藤にとってとても大きいことです。おそらくですが、そのあたりのポテンシャル、今後の伸び代といったところも評価の一つになっていると思います。

もちろん、前述したようにバイエルンにいることでCLという大きな舞台でのプレーも期待できます。世界最高峰のレベル、プレッシャー下でプレーする経験は、選手としての余裕や自信に大きく影響するでしょう。

日本代表では左SBとしてプレーして、左利きのCBの序列としても町田浩樹に後塵を拝する状況ですが、バイエルンでレギュラーポジションを掴めるようになれば、日本代表でもCBで先発になる選手だと思っています。

ただ、7月のプレシーズンマッチで右足中足骨を骨折し、数週間の離脱が発表されました。移籍したばかりでこれからチームに慣れていこうというタイミングでの長期離脱。慣れというのは、チームのやり方ももちろんですが、バイエルンというトップレベルの強度に体が慣れるということも含みます。

元々その強度にもすぐに慣れるだけの体は持っていると思いますが、それを維持できる体へ変化させ、慣れていくことは思った以上に時間がかかるものです。その適応に時間をさけるプレシーズンで、体が慣れてきてここから維持できるように作っていく段階だったと思います。そのタイミングで離脱することは非常に痛いなと思います。いずれにしても伊藤にとって非常に残念な怪我であることは言うまでもなりません。

今は焦らずに怪我をしっかりと治し、バイエルンのレベルでプレーできるフィジカルを取り戻すことに専念してほしいと思います。彼がバイエルンで当たり前のようにプレーできる日がくれば、欧州での日本人の評価はまた一段上のものになると思うので、伊藤の復帰と今季の活躍を楽しみにしたいと思います。

構成/篠 幸彦 撮影/鈴木大

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