選手たちに存分に味わってほしい、五輪の「特別な高揚感」【松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~ 第6回】

6月に開催された旭化成のパリ五輪出場選手のための壮行会で、トークショーのナビゲーターを務める松田。「アスリートは時に孤独」と語る松田が、現役時代に励みになったのもこうした所属企業や地元の人々の応援の声だった


6月に開催された旭化成のパリ五輪出場選手のための壮行会で、トークショーのナビゲーターを務める松田。「アスリートは時に孤独」と語る松田が、現役時代に励みになったのもこうした所属企業や地元の人々の応援の声だった
いよいよパリ五輪が開幕しました。この原稿執筆時点ではわかりませんが、まずは競技場以外での開催が史上初となるセーヌ川沿いでの開会式が成功していることを願っています。

【写真】3大会連続で五輪メダルを獲得した松田

開会式において、各国選手団で最も注目されるのは旗手ですね。今大会の日本選手団の旗手を務めるのは女子フェンシングの江村美咲(えむら・みさき)選手と、ブレイキンの〝シゲキックス〟こと半井重幸(なからい・しげゆき)選手です。両選手とも金メダルが期待される注目選手であり、旗手として日本選手団の「顔」を務めます。

日本は、前回の東京2020大会まで旗手とは別に主将を設けていましたが、今大会から廃止しました。そもそも選手団の主将というのは日本独自の制度で、ほとんどの国にはありません。

廃止の理由として、東京2020大会より、国際オリンピック委員会(IOC)が旗手をこれまでの1名ではなく、ジェンダーバランスを考慮して男女2名にするよう要請してきたことがあります。東京2020大会では男子バスケの八村塁(はちむら・るい)選手と女子レスリングの須崎優衣(すざき・ゆい)選手が日本選手団の旗手を、主将は男子陸上の山縣亮太(やまがた・りょうた)選手が務めました。旗手男女2名の制度がパリ大会でも採用されており、今後も継続されるでしょう。

日本選手団の「顔」ともいえる開閉会式の旗手。前回大会から男女各1名ずつが選ばれる決まりとなり、東京五輪では男子バスケの八村塁と女子レスリングの須崎優衣が旗手を務めた(写真/JMPA)


日本選手団の「顔」ともいえる開閉会式の旗手。前回大会から男女各1名ずつが選ばれる決まりとなり、東京五輪では男子バスケの八村塁と女子レスリングの須崎優衣が旗手を務めた(写真/JMPA)
旗手が男女2名となり、日本独自の主将という役割が必要なのかも検討が進められてきました。主将に任命されると、日本国内では選手団の代表として注目されますが、実際には旗手のように「開閉会式で旗を持つ」という明確な任務が与えられるわけではありません。しかし、旗手と同様に本番の開閉会式だけでなく、大会前に国内で行なわれる壮行会や大会後のさまざまな式典やイベントにも主将として出席することになります。主将というだけでプレッシャーもかかりますし、開閉会式や式典への出席は時間も拘束されますから、コンディション調整にも少なからず影響します。

かつては「主将になると結果が出ない」など根拠のないジンクスが語られることもありました。大会後のメダリストだけが参加するイベントにも、主将であった選手は仮にメダルを獲得していなくても参加しなければならないなど、いろいろなところで負担が大きかったと思います。そのような負担を選手にかけないようにと、日本の主将制度は今大会から廃止されました。私も主将の廃止には賛成です。

主将や旗手に限らず、五輪代表選手は大会前から、結果が出れば大会後も、日本オリンピック委員会(JOC)関連のイベントやメディア対応、所属企業のイベントなどで大忙しです。私は先月、これまで数々の五輪選手を輩出している旭化成株式会社のパリ五輪出場選手の壮行会に呼んでいただき、トークショーのナビゲーターを務めました。私の地元である宮崎県延岡市には旭化成柔道部と陸上部の練習拠点があります。かつては水泳部もあって、私を長年指導してくれた久世由美子コーチは旭化成水泳部の選手でした。

パリ五輪には、旭化成からは男子柔道81kg級の永瀬貴規(ながせ・たかのり)選手、男子20㎞競歩の池田向希(いけだ・こうき)選手、男女混合競歩リレーの川野将虎(かわの・まさとら)選手の3選手が出場します。壮行会には200名ほどの社員が集まり、オンラインでも全国の支社や工場からたくさんの方々が参加しました。選手たちは現在のコンディションや気持ち、東京五輪からこれまでの道のり、会社のサポートへの感謝やパリ五輪の目標などを語り、トークショーは大いに盛り上がりました。会社の皆さんも非常に温かい雰囲気で、選手を応援する気持ちが強く伝わってきてとても良い壮行会でした。私も現役中に所属企業やスポンサー、地元の方々からいただいた応援を思い出し、胸が熱くなりました。

アスリートは時に孤独です。私でいえば、夏も冬も朝から晩までプールの底を見ながら何十往復も泳ぐ生活は、世間から自分ひとりだけが乖離しているような感覚に陥ることもありました。そんなとき励みになったのが所属企業やスポンサー、地元の皆さんからの激励でした。「応援しているよ」「感動した」「頑張ってね」――それらの言葉は、「結果を求めてひたすら泳いでいる自分の水泳人生が誰かの心と感情に届き、何らかの活力を生み出しているのであれば、意味があるのではないか」と感じさせてくれたものでした。

2016年のリオ大会でも銅メダルを獲得し、3大会連続の五輪メダリストとなった松田は、「五輪の際には『特別な高揚感』があった」と当時を述懐する(写真/JMPA)


2016年のリオ大会でも銅メダルを獲得し、3大会連続の五輪メダリストとなった松田は、「五輪の際には『特別な高揚感』があった」と当時を述懐する(写真/JMPA)
もうひとつ思い出したのは、選手としては今後もう味わえないであろう五輪前の「高揚感」です。

オリンピック本番に向けてのカウントダウンが始まり、数年かけてつくり上げてきた肉体と技術で勝負する日がやってきます。試合が近づくにつれて血液が沸騰し、身体の細胞ひとつひとつが五輪に反応して仕上がっていくような感覚がありました。それは、自信と不安とが交錯する中でもいよいよ準備が整い、これから特別な時間を迎えようとしている高揚感でした。

選手としての高揚感は、私はもう味わえませんが、多くの人がそうであるように、五輪に出場する選手を応援することでその高揚感の一部を味わうことはできます。パリ五輪閉幕まで、大いに楽しませてもらいたいと思います。

選手の皆さん、今が最高の瞬間です。五輪の高揚感を十分に味わってください。

文/松田丈志 写真提供/株式会社Cloud9

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