異例の注目度!! 彗星JAPAN ハンドボール男子の若き司令塔・安平光佑を直撃!!

安平光佑 2000年生まれ、富山県出身。身長172㎝。氷見高校時代にキャプテンとして三冠を達成。日本体育大学在学時に渡欧し、欧州チャンピオンズリーグに日本人男子選手として初出場し得点も記録。現在は北マケドニアリーグの強豪、RKヴァルダルに期限付きで在籍。日本代表ではセンターバックとして司令塔を務める


安平光佑 2000年生まれ、富山県出身。身長172㎝。氷見高校時代にキャプテンとして三冠を達成。日本体育大学在学時に渡欧し、欧州チャンピオンズリーグに日本人男子選手として初出場し得点も記録。現在は北マケドニアリーグの強豪、RKヴァルダルに期限付きで在籍。日本代表ではセンターバックとして司令塔を務める

■36年ぶりの快挙の立役者

昨年10月のアジア予選で格上とされた韓国や中東勢を次々と倒し、1枠しかないパリ五輪の出場権を手にしたハンドボール男子日本代表。自力での五輪出場は1988年のソウル大会以来、36年ぶり。その立役者となったのが、決勝のバーレーン戦でチーム最多の10点を挙げたセンターバックの安平光佑(24歳)だ。

【写真】36年ぶりに自力出場を果たした日本ほか

アジア予選前までは代表経験はほとんどなかった。だが、2022年に日本人男子選手として初めて世界最高峰の欧州チャンピオンズリーグ(以下、CL)に出場した経歴もあって、パリ五輪に向け代表合宿がスタートした際には「40社70人以上」(広報担当者)と、ハンドボールでは異例ともいえる人数のメディアが集まったほど。

身長172㎝とチーム一の小柄ながら、そのセンスあふれるプレースタイルが絶賛される安平とは、いったい何者なのか。

ハンドボールの盛んな富山県氷見市出身の安平は、幼少期から天才少年として知られてきた。

小6で全国準優勝すると、中学では春と夏の全国2冠。地元の強豪・氷見高校3年時には選抜、インターハイ、国体の高校三冠を達成した。

日本体育大学に進学後もドイツの名門キールへの留学などを経て、ポーランドの強豪プウォツクに移籍しCLに出場。23-24シーズンはそのCLで過去2度優勝経験のある北マケドニアのRKヴァルダルに期限付きで移籍していた。

パリ五輪アジア予選決勝でバーレーンを破り、36年ぶりの自力出場を果たした日本


パリ五輪アジア予選決勝でバーレーンを破り、36年ぶりの自力出場を果たした日本

アジア予選を振り返れば、実は試合前までは「突破は厳しい」という声が多数を占めていた。パリ五輪で主将を務めるベテランの渡部 仁(34歳、トヨタ車体)はこう話す。

「予選前は『五輪出場を目指します』とは言っていたものの、正直、半信半疑なところがありました。ただ、安平と吉田(守一。安平と同学年で、フランスのナントに所属するポスト役の選手)が入って、攻撃のパターンが増すなど試合を追うごとに自信を深めていったというか。

守備は吉田中心で、攻撃は安平。『この対戦相手にはこう攻撃したほうがいい』などと、編集したビデオを見せながらふたりがすべてレクチャーしてくれました。僕が代表に入った頃は、ただただ先輩に合わせようとしていましたが、頼もしい後輩ですね(笑)」

安平の相棒ともいえる吉田も、こう続ける。

「安平はフェイントひとつとってもキレが違うし、ハンドボールIQが高い。攻撃は安平がいないと始まらないですね」

チームの要となる安平(左)と吉田(右)は、いずれも海外所属。ふたりはプライベートでも仲が良く、よく連絡を取っているという


チームの要となる安平(左)と吉田(右)は、いずれも海外所属。ふたりはプライベートでも仲が良く、よく連絡を取っているという

また、氷見高時代の恩師で現JHL(日本ハンドボールリーグ)富山ドリームス代表理事の徳前紀和さんは、安平の魅力について「彼がコートにいると、コート内にもうひとり監督がいるようなもの。とにかく統率力がスゴい」とした。

「試合に横軸(その瞬間に起きていること)と縦軸(その後に起きる展開)があるとすれば、彼はそのどちらも把握し、試合をコントロールできる。競った展開なら普通は自分のプレーで精いっぱいですが、彼は勝負どころを見極めて指示を出し、周りを生かすこともできるんです」

■2m級の選手にもプレーは通用する

実際に安平がどんな人柄なのかも気になる。そこで日本代表の合宿中に直撃した。

172㎝と身長は高くないが、間近で見ると筋トレを継続している成果か、想像より体はがっしりしている印象を受けた。そして決して多くを語るタイプではないものの、聞かれたことにストレートに答える力強さも伝わってきた。

スピードと鋭いフェイントを武器に、時に利き手ではない左手を使ってシュートを放つなどトリッキーなプレーも安平の代名詞だが、その原点はハンドボール経験のない父親との特訓にあったようだ。

漁師でもある父の哲治さんは、日本がハンドボール弱小国であったことから、成長するためには最先端のヨーロッパから学ぶ必要があると考え、独自にCLの映像を入手。安平はスター選手の映像から見よう見まねで技術を身につけたという。

「最初は僕が見たがったというより、お父さんがハマっていたみたいで。よく見たのは当時世界最高峰の司令塔といわれていた元クロアチア代表のイバノ・バリッチのプレーで、体育館でフェイントの足の動かし方をずっとマネしていました。

4学年上の兄も一緒でしたが、お父さんが『あれやれ、これやれ』と言って、その練習はめちゃくちゃキツかった(笑)。

左手を使うのは、単純にそのほうがチャンスが増えるからです。普段練習しているわけではないですが、子供の頃から遊び感覚でやっていたので、試合でもとっさに出る感じですね」

安平については、ハンドボールに対する探究心が強いという声が聞こえてくる。

「ハンドボールに関しては目標を立てると、それを達成するまで終われない。でも、それ以外のことに関しては無頓着というか、何も考えてないですね(笑)」

CLでは何を感じ、ハンドボール選手としての今後については何を思っているのか。

「CLについては、最初ベンチで見て自分は何もできないんじゃないかと思いましたが、いざ出てみると案外通用するプレーもあるなと。海外には2m級の選手も多くいますが、逆に相手はこっちが小さいことを嫌がっているのも感じました。

今後? 東欧は物価も安くて暮らしやすかったですが、あまり契約条件が良くなくて(笑)。給料未払いや遅延も普通にありますから、エージェントと相談しながらよく考えたいと思います」

地元の氷見は魚介がおいしいことでも知られる。安平に好きなすしネタを聞くと「やっぱりブリが好きです」と明かしてくれた。合宿中の空き時間などは韓流ドラマを見て過ごし、試合前は音楽も聴くと言い、コートを離れれば24歳の普通の青年であることも垣間見えた。

「試合前はアイス・キューブ(米国人ラッパー)とか、海外のラップを聴きます。あと日本人ならback numberが好きですね」

■2勝して初のベスト8を目指す

パリ五輪では、グループステージから東京五輪3位のスペインのほか、ドイツ、クロアチア、スロベニア、スウェーデンら欧州の強豪と対戦する。

「日本はベスト8に進出したことがないので、まずは2勝してベスト8を目指したい。そのためには初戦(7月27日)のクロアチア戦がカギ。1点差でもいいので、そこで勝って波に乗っていきたいです」

日本代表は7月1日と3日にフェロー諸島と強化試合を行ない、1勝1敗に終わった。故障の影響で大事を取って安平の出場が限定的だった初戦は1点差で敗れたが、安平がスタートから出場した第2戦は31-25で快勝。安平がいるかいないかでチーム自体がまったく別物に見えたが、自身の役割についてはどう考えているのか。

「(第2戦ではチーム最多の8点を挙げたが)自分で点を取りたいっていうよりも、僕の役割はゲームコントロール。自分が死んでも周りの選手が生きれば、それでいい。連係面ではまだ改善が必要ですが、パリではスピードや戦術眼で世界と勝負できることを証明したいです」

前任の辞任を受け、日本代表の新監督に電撃就任したカルロス・オルテガ氏。現役時代は名門バルセロナなどでプレーしていた


前任の辞任を受け、日本代表の新監督に電撃就任したカルロス・オルテガ氏。現役時代は名門バルセロナなどでプレーしていた

日本代表は今年2月にダグル・シグルドソン前監督が突然辞任。その後、16年から17年にかけて日本代表を率いていたスペイン人のカルロス・オルテガ監督の再登板が決まり、5月より新たなスタートを切った。オルテガ監督は、今季もスペインの強豪バルセロナを指揮しCLで優勝に導いた名将である。

かつてオルテガ監督の下で日本代表としてプレーし、ハンガリー1部リーグで得点王を獲得したこともある銘苅 淳さんは、安平について「周りを生かしながら、自分ひとりでも局面を打開し得点できる」のが魅力とし、パリ五輪への期待についてこう続けた。

「客観的に見れば、2勝はかなり厳しい目標。ただオルテガ監督を迎え、安平ら若手選手が台頭し、チャンスがないわけではない。安平のプレーは世界にも通じるはずですし、それを結果で証明してほしい」

日本から世界に飛び出し、新たな扉を開いたという点では、安平を野球の野茂英雄やサッカーの中田英寿にたとえる関係者もいる。かつてはバレーボールやバスケも今ほど人気はなかったが、石川祐希や八村 塁の登場で人気に火がついたように、ハンドボール界には安平にそうした役割を期待する声もある。

安平はマイナー競技からの脱却を狙うハンドボール界の救世主となれるか。パリでどんなプレーを見せてくれるか楽しみだ。

取材・文・撮影/栗原正夫 写真/時事通信社

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