2013年の賞金女王・森田理香子が振り返る休養とツアー復帰まで 「心も体も、もう疲れていた」

■スポルティーバ 森田理香子インタビュー【前編】
復帰のきっかけと、今、未来


6年振りのツアー復帰を果たした元・賞金女王の森田理香子 photo by Sportiva

【未だに伸び続ける飛距離への自信】

 今季、6年ぶりに国内女子ツアーに復帰した元賞金女王の森田理香子。復帰戦となるツアー開幕戦の「ダイキンオーキッドレディス」では、2日目を「69」で回るなど36位で終えた。ドライバーの飛距離も「昔よりも飛んでいる」と笑うほどで、4日間平均で「255.625ヤード」を計測し、大会2位を記録。

 長いブランクがあったとは思えないショットのキレと飛距離に「まだやれる」という手応えも感じつつ、その後、主催者推薦で出場した6試合は予選落ちで、60台もそう簡単には出せていない。

「復帰してみて、6年空いたブランクはすごく感じています。体力面もそうですが、自分のやれる気持ちと体のついてこない感じのバランスの調整もそうですし、今はシードがないので、推薦(最大で年8試合)の限られた試合しか出られないので、体調をそこに合わせてベストの状態に持っていく難しさも感じています。スイングした時の体の動きも、試合に出ないとわからないことも多いんです」

 ツアーにフル参戦した頃とは違い、「初めて経験することだらけ」と苦笑いを浮かべる。それでも「球が飛んでしまうんです。球が飛ばなかったらここでは戦われへんな、ってなると思うのですが、そこに関しては気持ちに余裕があるんですよ(笑)」と飛距離への圧倒的な自信ものぞかせる。

 久しぶりのツアー出場に多少のとまどいは感じつつも、ゴルフの楽しさを存分に味わっているようにも見えた。

「ゴルフが楽しいかって? 楽しくないです(笑)。というよりかは、昔は成績出さなあかんとか、いろいろと追い込まれることがあったけれど、今は別に誰にも追い込まれず好き勝手やらせてもらっているので、そこは楽しいところかな。この先、お先真っ暗じゃなく、挑戦して収穫があって、気づきもたくさんあるので楽しいです」

【もがけばもがくほど悪い方向に】

 ルーキーイヤーの2009年から賞金シードを獲得し、13年には横峯さくらと賞金女王争いを繰り広げ、年間4勝をあげ23歳で初の賞金女王に輝いた。美しいスイングフォームと圧倒的な飛距離は、アマチュアゴルファーの憧れとなり、若きヒロインの誕生に注目度と人気も絶頂を迎えていた。

もちろん、14年もこの勢いは続くかに思われたが、周囲の期待とは裏腹に森田の心は、決して前を向いていたわけではなかった。

「13年はシーズン開幕の3月から(賞金ランキングで)トップを走っていて、最後まで賞金女王争いをしていたので緊張感がありました。今振り返るとすごく充実していたけれど、当時は目の前のことしか見えていなかった。賞金女王になり、シーズン終了後は次のことを何も考えられなくなってしまったんです」

 オフに入ってもモチベーションは上がらなかった。14年に1勝をあげるも、「あまり嬉しくなくて、自分のなかで冷めてしまったものがあった」と振り返る。

「ゴルフ以外のことでもいろいろありましたし、メンタル的に病んでいました。心も体も、もう疲れてしまっていたんです」

 トップアスリートにありがちではあるが、注目度の高さゆえに私生活がメディアに取り上げられることが増え、ストレスを抱えるようになった。メンタルの不調は当然、技術にも影響を及ぼす。

「それまでは感覚でゴルフをしてきたので、悪くなった時は練習して直していたのを、当時は練習していてもわからないくらいでした。ゴルフを始めた時に理論からしっかり学んでおけば、こういうことにならなかったかもしれない。感覚でずっとやってきたから、元に戻れなかったのかもしれません」

賞金女王という肩書きも重くのしかかっていた。「自分がうまく打てないのを認めたくなかったし、人の目を気にして生きていた。プライドもすごく高かったし、いろんな人に聞いたりしていました。考えれば考えるほど、もがけばもがくほど悪い方向に行ってしまった」と振り返る。

【"事実上の引退"と囁かれるも「引退はしたくなかった」】

 14年の1勝以降は勝てない日々が続き、16年に初めてシードを喪失。行き場を失うと18年シーズンを最後に「休養」を宣言したが、そこには様々な出来事が重なったことも大きかったという。

「辞めたいと思っていた時に、おじいちゃんが亡くなり、京都でおじいちゃんが経営していたゴルフ場も手放すことになったんです。私のスポンサーの契約関連もすべて終わる時期が重なっていて、これはタイミングかな、って。両肩にあるものも重かったんです」

 スポンサーの支援と期待は、不振だった元賞金女王の森田には荷が重すぎた。それに様々なアドバイスをもらっていたことも、思いきって休養を宣言するきっかけにもなった。

「悩んでいる時にいろんな人との出会いもあったし、離れていく人もいました。いい時って誰でも寄ってくるけれど、悪くなると本当に人っていなくなるんですよ。だから、一番苦しい時に側にいてくれた人を信用したかったんです。そこからは支えてくれる人の助言も聞くようにして、やめるなら休養という形にして、ゴルフから離れてみるのもいいよ、というアドバイスももらっていました」

当時、多くのメディアは「事実上の引退」と書いたが、森田自身が公の場で引退を宣言したことは一度もない。

「プロゴルファーなので、引退はしたくなかったんです。またツアーでやりたくなるかもしれないじゃないですか。人との出会いがやっぱり大きいです」

それから公の場に姿を現わさない日々が続いたが、5年が経ち、ツアー出場以外にも、インスタグラムなどのSNSでは自身のプライベートやレッスン動画を積極的に発信したり、ツアー解説や企業のプロアマ参加、自身がプロデュースするゴルフウェア「ヤミーローズ」の販売も手掛けるなど、活動の幅を大きく広げてきた。

そして森田は、今年の2月、女子ツアーの開幕戦となる「ダイキンオーキッドレディス」で6年振りとなるツアー復帰を果たす。

(つづく)

【Profile】森田理香子(もりた・りかこ)/1990年1月8日生まれ。京都府出身。
ゴルフ練習場を経営していた祖父の影響で、8歳からゴルフを始める。京都学園高3年時にアマチュアとして出場した『日本女子オープン』でローアマ(16位)を獲得。2008年にプロ転向。美しいスイングから繰り出される圧倒的な飛距離を武器に、2010年「樋口久子IDC大塚家具レディス」でプロ初勝利。2013年には年間4勝をあげ、賞金女王にも輝いた。その後長らく不振に苦しみ、2016年には賞金シードからも陥落。2018年6月「ニチレイレディス」を最後にツアー休養を発表も、今年2月の「ダイキンオーキッドレディス」で6年ぶりにツアー復帰を果たした。ツアー通算7勝。

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