認知症の家族から「私の物を盗ったでしょ!」と疑われるのは<信頼されている証>?解決策は「不安な気持ちに寄り添ってなくし物を一緒に探すこと」
* * * * * * *
【書影】認知症の人と”うまいこと生きる”!『ボケ、のち晴れ』
「盗ったでしょ」は信頼の証
「ねえ、私の物を盗ったでしょ!?」
こんなことを認知症の家族に言われたら、介護が順調な証拠かもしれません。
認知症の周辺症状としてあらわれる妄想の中でも、トップクラスで出現頻度が高いのが「物盗られ妄想」です。
男性よりも女性に出現しやすい傾向があるといわれ、ほとんどの場合、真っ先に疑われるのが家族など身近な人です。まったく身に覚えがないうえに、介護している自分を「泥棒」として疑ってくること自体が大きなショック。
でも、じつはこの「物盗られ妄想」は、「信用している相手だからこそ遠慮なく疑っている」という「信頼の証」でもあるのです。
神戸に住む75歳の平井さんが「物盗り」疑惑をかけたのは、一緒に暮らす次女。
昔からメイクが好きで、事あるごとに次女さんに、「この化粧品、高いのよ」「すごくお肌との相性がいいのよ」と自慢していた平井さん。
ところが、認知症を患ってからは「勝手に使ったでしょ! こんなに減ってる!」「私に黙って、勝手に持っていったでしょ!」と言って責め立てるそうです。
勝ち気な次女さんも、「そんなわけないじゃない!」と全面的に応戦してしまいます。まさに「土砂降り」です。ただでさえ慣れない介護で大変なのに、次女さんはほとほと疲れ果て、すっかり気持ちも追い込まれてしまっていました。
そんな妹を心配した遠方に住んでいる長女さんから私に連絡が入り、急遽、熊本と神戸を結ぶオンライン会議が開かれたのでした。
「疑われる」ということは、介護を頑張っている証
画面越しに見る次女さんは、介護疲れなのか、肌つやも悪く、髪もボサボサ。
5歳年上の長女さんのほうが、むしろ若々しく見えます。
「母は、私のことがもともと嫌いなんですよ……」
そんな痛切な言葉を口にする次女さん。
聞けば、平井さんは、日中に来てくれるヘルパーさんのことは絶対に疑わないそうです。ニコニコと愛想よく振る舞い、なぜか次女さんにだけキツく当たり、疑いをかけてくる。それは結局、お母さんが自分を嫌っているからだ――。
涙をこらえて説明する次女さんに、私は言いました。
「それは、お母さんが誰よりもあなたを信頼しているからですよ」
「物盗られ妄想」は、記憶障害によって、どこにしまったかを忘れていることが大半です。平井さんは、化粧品やお金を自分で使ったことを忘れてしまいました。
そこで「誰かが盗った!」と妄想が始まるのですが、一方では、頭の中があいまいになっていることで「また自分が忘れてしまったのかもしれない」という不安もせめぎ合っています。
そのため、疑いをかける人物には、自然と「信頼しているから、困っている私を助けてほしい」「もし間違っていても許してほしい」という思いを抱えています。
つまり、「疑われる」ということは、介護を頑張っている証。
むしろ、自分を褒めてあげてもいいくらいです。
「物盗られ妄想」に直面したら
実際、長女さんは、献身的に介護をしてくれる次女さんへの感謝の言葉を平井さんがたびたび口にするのを聞いていました。
私の説明と、姉から母の感謝の言葉を聞かされた次女さんは、
「嫌われているとばかり思っていたのに、まさか信頼されていたとは……」
と、安堵の表情とともに涙を流していました。
「物盗られ妄想」に直面した場合、まずは1回、深呼吸。
「自分が信頼されているからこそだ」ということを再確認してください。
そして、本人にかける言葉は「それは大変だね」「困ったね」です。
否定も肯定もせず、パニックになっている気持ちそのものに寄り添います。
そのうえで「一緒に探そうか?」と、なくし物を一緒に探してあげてください。
最後にどこで使ったか、いつもどこに片づけるか、ないことにいつ気づいたか、なにをしようと思っていたかを聞いてあげましょう。
うなずきや相づちを打ち、全面的に協力するという態度を示します。
いざ見つかったら「良かったね!」と
ソファの後ろや仏壇の中など、意外な場所に隠してしまうこともありますが、そこであなたが見つけてしまうと、「ほら、やっぱり。あなたが盗って隠したんでしょ!」と逆効果になりかねません。
「お母さん、ちょっとこのあたりを探してみて」などと上手に誘導して、本人が見つける流れを演出してあげるのがベストです。
探しながら、探し物を見つけたあとの話や、昔の思い出話をしたり、しばらく探してから、お茶やおやつに誘ったりして、注意を別のものに向けるのもいいですね。そうするうちになくし物のことを忘れてしまい、落ち着くこともあります。
そして、いざ見つかったら、「良かったね!」と一緒に喜びましょう。
考えてみれば、これは、子どもの頃に大切なおもちゃをなくして、お母さんに一緒に探してもらっていたシチュエーションを逆転させたようなものです。
「あら! どうしたの? なくしちゃったの? 大変! じゃあ一緒に探そう」と寄り添って、二人で見つけるストーリーを見せてあげてください。
そういえば、2カ月後にまたオンラインで集まったとき、平井さんの次女さんは「子育てをしているような感覚で、また母と向き合えるようになりました」と言って、じつに穏やかな表情を浮かべていましたっけ。
※本稿は、『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』(アスコム)の一部を再編集したものです。
04/08 06:30
婦人公論.jp