増田明美 千鳥・ノブさんの実家には天然記念物の巨木、チャンカワイさんは剣道三段。「こまかすぎる解説者」と呼ばれる私が相手をとことん調べるワケ

増田さんが仕事で関わる相手をとことん調べるのには理由があるそうで――(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
13年間のマラソン競技生活で、日本記録を12回、世界記録を2回更新した増田明美さん。92年に引退後はスポーツジャーナリストとして各紙誌での執筆や、大学での講義など幅広く活躍しています。特にマラソン・駅伝における「こまかすぎる解説」はテレビ中継で人気を博していますが、関わる相手をとことん調べるのには理由があるそうで――。

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【写真】スポーツジャーナリストに転身してしばらく、30代半ばの増田明美さん

時代とともに変わりゆくスポーツ界の現状

走り続ける選手たちを追うなかで、時代とともに変わりゆくスポーツ界の現状も見えてきます。スポーツライターとして、できるだけ冷静な視点からその現状を捉えていきたいと思いました。

新聞で始まったエッセイでは「コーチにしてほしい気配り」「女子選手の恋愛」「身近にライバルがいる効果」「最新の練習方法より自分に合った環境を」「選手とスタッフの信頼関係」など、取材を通して気づいた問題や意見を率直に投げかけてきました。

私が現役で走っていた時代と比べると、トレーニング法や栄養管理など、スポーツ科学にもとづく練習環境ははるかに進歩しています。

そこでは選手自身のモチベーションも大きくかかわります。目標に向かって挑戦する意欲が高く、監督やチームのためではなく、自分自身の存在や可能性を確かめるために走る。それが周囲のプレッシャーをはねのけて、世界の舞台へ挑んでいく選手たちの精神的な強さにつながっているのです。

取材相手はとことん調べる

『調べて、伝えて、近づいて-思いを届けるレッスン』 (著:増田明美/中公新書ラクレ)

そうした現場をより深く取材するためには、事前の情報収集がとても大切です。選手の競技データはもちろんのこと、スポーツ科学の文献や気になる最新資料はチェックしています。そして、監督やコーチなど取材先で関わる相手のこともとことん調べてから、取材に行きます。

周りの情報収集も怠らないことが、取材の鉄則。これはマラソン解説やスポーツ記事の仕事に限らず、必ず心がけていることです。

テレビのバラエティ番組などに出るときも、ゲストの人たちのことは全員調べていきます。

たとえば、私が出演している市民ランナー向けの番組『ランスマ倶楽部』(NHKBS1)で、お笑いコンビ「Wエンジン」のチャンカワイさんがゲストの回がありました。私は初めてお会いするので、趣味を調べたところ「剣道三段」と。番組ではさっそく「剣道、やっていましたよね」と突っ込んでみました。

東京パラリンピックのときも、パラを盛り上げるため、スポーツ番組にお笑い芸人さんがよく出てくれました。私も千鳥さんがMCを務める番組に、女子マラソンの道下美里さんと一緒に呼ばれたことがありました。

千鳥の大悟さんとノブさんのことを調べると、ノブさんの実家の庭にはカヤの巨木があって、天然記念物に指定されていることを知りました。

だから、番組の中で「おうちに天然記念物の木があるんですか」と聞いてみたら、「えー、なんで知ってんの?」とすごく盛り上がりました。

テレビの仕事では初対面の人との共演が多いので、ムード作りがとても大切です。そのためにも面白い小ネタを調べておくことは欠かせません。

情報収集にもギブ・アンド・テイクの気持ちが欠かせない

調べるといえば、私はパラリンピック競技への支援を得るため、スポンサー企業を訪ねることもあります。そういうときも、その企業がどんな商品を作っているか、どのようなサービスを展開しているのかなど、事前にできる限り調べます。

株式会社明治では松田克也社長にお会いすることができたので、「皆さんに長く愛される『きのこの山』が私の目標です」とお話ししたら、とても喜んでくださいました。支援も継続されて感謝しています。

ちょっと話が逸れてしまいましたが、スポーツ選手の取材をするときも、その選手に興味を持って事前に調べることから始めます。地方の大会などを取材するときの情報収集に役立つのは、何といっても地元の新聞です。

岡山の天満屋チームを取材するときは山陽新聞とか、男子マラソンの服部勇馬さんの取材では郷里の新潟日報が役立ちました。地元紙は郷里の選手にすごく密着しているので、選手への思いも強く良い記事が多いのです。その記者と電話で話すうちに親しくなって、お互いに情報交換もする。情報収集にも、ギブ・アンド・テイクの気持ちが欠かせません。

もっと知りたいという好奇心がそうさせているだけ

私は「こまかすぎる解説者」と言われることに、恐縮しつつも少し恥ずかしい気もしています。とりたてて努力しているわけではなく、ただその人に興味があって、もっと知りたいという好奇心がそうさせているだけだからです。

取材ノートに、現場で出会った選手たちの練習ぶりや日々の生活の様子、監督や家族から聞いたエピソードなど、何でも綴ってきました。

「マラソンにはまぐれがない」という言葉があります。

レースを観る人にとっては、42.195キロが人生のドラマと重なり合うのかもしれません(写真提供:Photo AC)

良い結果は、完璧に練習をこなしたときにしか出ないといわれる厳しい競技。さらにレース当日の天気やコースのコンディションによっても記録の伸びが左右され、最後まで何が起きるかわからない。

それだけにレースを観る人にとっては、42.195キロが人生のドラマと重なり合うのかもしれません。

汗かき、恥かき、手紙書き

この取材ノートには、自分の支えになる言葉も書き留めています。新聞を読んでいて「これだ!」と思った言葉、出会った人から聞いて心に残る言葉などを、ノートの後ろのページにメモしていたのが始まりで、一冊のノートの後半は「言葉ノート」になっています。

そこにはたとえば松任谷由実さんの言葉も書いてあります。ユーミンは、ある賞の贈呈式での挨拶で、こう語っていたのです。

「私の名前は消えても、歌だけが詠み人知らずとして残るのが理想だ」と。そんな気持ちで仕事をするのは素晴らしいことだと、感じ入りました。

こうして大切な言葉を書き留めておくことで、私自身の心の引き出しも少しずつ豊かになっていると思います。もっとも引き出しに入れっぱなしにしたまま、なかなか開けず、取り出せないことも多いのですが……。

書くという習慣でいえば、お世話になった方に手紙を書くことも心がけています。

「汗かき、恥かき、手紙書き」、私はこの言葉がとても好きなんです。テレビやラジオ、講演やイベントの仕事でも、終わった後にお礼状を書かないと終わった気がしませんね。テレビの仕事はスピーディーなので、番組の放送は必ず見て、見終わったらすぐに制作の方に感想をメールで送ります。

今は何でもメールで済ませる時代ですが、できるだけ手紙を書くことで自分の気持ちが伝わればいいなと思っています。

「汗かき、恥かき、手紙書き」が、私の変わらぬモットーです。

※本稿は、『調べて、伝えて、近づいて-思いを届けるレッスン』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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