かつて育てた愛馬の子 最高峰に挑む矢作調教師とフォーエバーヤング
米国競馬の祭典「ブリーダーズカップ(BC)」のメインレース、ダートの中距離王者を決めるBCクラシック(日本時間3日朝)に、日本のフォーエバーヤング(牡(おす)3歳)が優勝候補として参戦する。勝てば、日本調教馬では初の快挙となる。渡米前の矢作芳人調教師に、これまでの歩みや自身が育てた父・リアルスティールへの思い、大一番に向けた意気込みなどを聞いた。
――父親のリアルスティールは芝GI勝利はあるが、ダートは未経験。その子のフォーエバーヤングをなぜダート戦でデビューさせたのですか?
「完全に調教の動きからです。うちの厩舎(きゅうしゃ)はスタッフの意見を重視しています。特に調教で多く乗る調教助手、(所属騎手の坂井)瑠星も含め、乗り手が『芝でも走るけど、とりあえずダートの方がいいんじゃないか』と判断しました。まずはそれが一番大きかった。他の要因はリアルスティールが奥手(晩成型)だったこと。ゆっくり成長するタイプとなると、故障を予防することも考えなければならない。だったら、足元への負担が比較的軽いダートから使い始めるのもありだなと。加えて、リアルスティールがダートで走る子も出すんじゃないか、という見立てが自分の中でありました」
――フォーエバーヤングのオーナー、藤田晋さん(サイバーエージェント社長)は「リアルスティール産駒(さんく)なので芝だと思い込んでいた」とかつて取材に答えました。実際にダート戦で見せた走りは、想定通りでしたか?
「こちらが思った以上でした。新馬戦(1着)から、あれだけのパフォーマンスをするとは思っていなかった。でも実は、(デビュー前に受けなければならない)ゲート試験も落ちているんですよ。やっぱり体が緩くて、あんまりゲートを出なかった。それこそ、(所属騎手の古川)奈穂ががんばって、受からせたという経緯がありました」
――3歳となった今年、上半期は中東、米国と長期間にわたって海外で過ごしました。中東では重賞を2連勝、米ケンタッキー・ダービーは勝ち馬に迫る3着でした。
「馬の状態で言うと、川崎(昨年12月の全日本2歳優駿=1着)が良くて、サウジアラビア(今年2月のサウジダービー=1着)で落ちて、ドバイ(3月のUAEダービー=1着)で上がって。ドバイが今までのピークでしたね。そこからガタッと落ちました。(5月の)ケンタッキー・ダービーは、非常に良くない状態で臨むことになりました。まともな状態なら勝っていたでしょうね。100%の状態にできなかったことが悔しかった」
――BCクラシックに向けた調整はうまくいきましたか?
「夏場は北海道で過ごしました。ちょっと暑さに弱くて、2度、発熱しました。暑さ負けですね。その分、仕上がりは遅くなって、八分くらいの出来でこの前の大井(10月のジャパンダートクラシック=1着)を使いました。今朝(10月19日)、国内での最終追い切りをしましたが、すばらしい動きだった。今日の動きを見れば、渡米してからそんなに強い追い切りはいりません。あとはとにかく順調にいってほしい」
――復帰戦のジャパンダートクラシックは、完調手前とは思えない力強さでした。
「持っているポテンシャルが、他の馬とは違いました。あのレースには、国内のすばらしいライバルたちがそろっていました。その中にあっても、フォーエバーヤングの威圧感は別格でした。それは、ケンタッキー・ダービーの経験があるからでしょうね。『お前らとは経験値が違うぞ』という感じがにじみ出ていました」
「ケンタッキー・ダービーに一度行ってみれば分かります。全員が熱狂し、お祭りをしているような喧騒(けんそう)の中で、馬を走らせる。普通の日本の馬だったら、真っ当な精神状態でいられるわけがない。うちのフォーエバーヤングでさえ入れ込んでいました。あんな経験をしてしまったら、もうどんなところへ行っても、怖くないなと思いました」
――再び、米国競馬の頂を狙います。矢作調教師にとって、BCクラシックを勝つことの意味とは。
「今年のメンバーで言うと、英国ダービー馬のシティオブトロイ(牡3歳、アイルランド)が来るじゃないですか。管理するエイダン・オブライエンにとってのBCクラシックは、日本人にとっての凱旋門賞のような存在だと思います。彼が過去に出走させた馬を見れば、それがはっきり分かる。送り込むのは、ジャイアンツコーズウェイや、ガリレオといった超一流馬。それだけのレースだということ。世界一の調教師がどうしても取りたいレース、それがBCクラシックなのです」
「競馬には最高峰がいくつかあります。もちろん、フランスの凱旋門賞も最高峰の一つでしょう。もう一方の最高峰が、米国競馬であり、ケンタッキー・ダービーとBCクラシックなのです。そこに有力馬として挑戦できる。しかも今回はケンタッキー・ダービーとは違って良い状態で出走できる。そのことを誇りに感じます。BCクラシックの勝利を契機に、もっともっと競馬の知識が、日本のみなさんに広まるといいなと思っています」
――自身が育て上げたリアルスティールの子でのBCクラシック挑戦。その点について、特別な思いはありますか?
「リアルスティールを初めて見たのは、彼が1歳の時でした。それはそれは衝撃的に良い馬でしたよ。あの素晴らしい母系と体からして、種牡馬(しゅぼば)として成功するだろうと思っていました。そして先ほど言ったように、ダートで走る良い馬を出すのではないか、という自分の見立てがありました。それが合っていたことは、すごく誇らしい」
「現役時代のリアルスティールとは悔しい思い出が多かった。(矢作厩舎の3冠馬)コントレイルと比べれば、不遇の時代を過ごした馬ですから、リアルスティールの子で大きなタイトルを取れるとしたら、余計にうれしい。キタサンブラックやエピファネイアといった他の種馬の子で勝つのとでは、僕の中では全く意味が違います」(構成・松本龍三郎)
11/02 12:30
朝日新聞社