「主役は敗者」 甲子園歴史館で球児に魅せられた彫刻家の作品展

甲子園歴史館に展示されている宮瀬富之さんの作品=兵庫県西宮市

 今夏も全国高校野球選手権の地方大会が各地ではじまった。

 しかし、甲子園の優勝校を除き、みな敗者となる。

 そんな高校野球の敗者に魅せられ作品を作り続けた彫刻家、宮瀬富之さん(82)の作品展「主役は君だ!!」が兵庫県西宮市の甲子園歴史館で開かれている。

 8月に阪神甲子園球場が100周年を迎えるのを記念した企画のひとつ。1988年から2001年にかけて宮瀬さんが日展に出品した14作品から3作品を展示している。

 高校野球を見るのが毎年の楽しみだったという宮瀬さんは約30年前、甲子園で負けたチームの控室を見学させてもらった時の光景が今もまぶたから離れないという。

 真っ青な顔をしてうずくまり、おえつする選手たち。「『人間の真理』をまざまざと見せてくれる。こんなに美しいものはあるのだろうかと思った」

 その後も見守ってきた。人さし指を立ててマウンドに集まる勝利チームの横でがくぜんとして肩を落とす選手たち。試合後、応援してくれた人たちにあいさつしようとアルプスにかけよっていく彼らは、唇をかみしめ天を仰いでいる。「その顔の陰影がものすごくきれいでね」と語る。

 青春の全てをかけた選手の姿、表情そのままを形にとどめたい――。

 全国各地の大会を取材した宮瀬さんの脳裏に浮かぶ球児の姿を、14年にわたり年に1体ずつ作り続けた。「ガッツポーズをしている顔が美しいのは当たり前。『今度必ず勝てよ』という祈りを込めて作った」という。

 今回展示されている作品に宮瀬さんはコメントをつけた。

 ■9回裏の攻防戦。塁には誰もいない。仲間全員の応援と監督の配慮で最後の土壇場、イッテコイヤの掛け声が響く。でも三振、試合は終わった。三年間の練習は本当に辛(つら)かった。流れる汗・涙をユニホームの袖で拭いながらアリガトウと云(い)った。(「三振・夕陽(ゆうひ)の中の青春」)

 バットを手にうなだれる作品のモデルは京都のある高校球児。同じく野球部だった兄に負けじと努力した。最後の試合で代打で打席に立ったが三振で試合が終わった場面だ。

 ■入魂の一球を君は捕逸した。時間が止まった中、涙にくれる君に球場の拍手が鳴り響いた。自分はこの作品と同じ負け方をした。この作品は自分と重なるので畳の上に置き自慢したいですと君は私を訪ねて遠くからやって来た。(「青春の賛歌をつづった君に栄光あれ」)

 捕逸した捕手がマスクを手に苦しみの表情を見せる作品は、かつて高校球児だった北海道の男性から譲って欲しいと懇願されたことがあるという。「作品と同じ負け方をした。これを一生の宝、糧としたい」と話していたと振り返る。

 宮瀬さんは言う。「会社でうまくいかないなど、悩みを持っている人はたくさんいると思う。負けるというのはこんなに悔しいことで、これをバネに成長していく。そういうものを僕自身勉強させてもらった」

 選手が塁上で膝をつき、天を仰ぐ作品にはこのように書いた。

 ■ホームは遠くに見える。夢中で走ったセカンドベース。目を閉じた瞬間試合は終わっていた。見上げた景色はアルプス席の旗・帽子・メガホンがカラフルに交差し、ふる里の山河に花がいっぱい咲いているように君は見えたという。この時の想いを、今、時を経てすべての人たちに誇らしく伝えたい。(「甲子園からのメッセージ」)

 会場を訪れた大阪府羽曳野市の高校3年生、竹内柊真さん(18)は「表情から悔しさが伝わってくる」。大阪市の会社員女性(56)は「選手の汗と涙を感じます」と話した。

 展示は9月1日まで。(石田貴子)

ジャンルで探す