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「あのつらさに比べたら」 震災から10年、初の甲子園

学校でオンライン抽選会の様子を見届けた後、取材に応じる柴田・横山隼翔選手(2年)=2021年2月23日午後4時48分、宮城県柴田町、近藤咲子撮影

 第93回選抜高校野球大会の組み合わせが23日、決まった。東日本大震災から10年となる節目の時期に、コロナ禍での甲子園になる。全国32校の球児たちが、それぞれの特別な思いを胸に、春の頂点を目指す。

 春夏通じて初めて甲子園に出る柴田(宮城)には、2011年の東日本大震災で被災した球児もいる。三塁手の横山隼翔(はやと)選手(2年)。抽選会があった23日、「大変なこと、つらいことがあったけど、乗り越えて成長した姿を見てもらいたい」と話した。

 宮城県石巻市で生まれ育った。10年前は小学1年生だった。地元野球チームの練習に初めて参加する前日、小学校で揺れに襲われた。帰宅後も余震が怖くて、庭で両親の帰りを待っていた。

 「津波が来てるぞ! 逃げろ!」

 家は海から約1・5キロ。叫んで逃げてくる人たちの向こうに黒い壁のような波が見えた。姉や兄と駆け出し、大人の手を借りて線路の跨線橋(こせんきょう)にのぼった。周りにはがれきや車をのみ込んだ津波が押し寄せた。心細さに震えながら跨線橋で夜を明かし、ダンス教室に避難した。捜しに来た父親と会えたのはその4日後だった。

 自宅は1階が津波に襲われたが、野球道具を入れたバッグはなぜか流されずに居間にあった。避難先の中学校から片付けに通いながら、兄や父とキャッチボールをして過ごした。別の避難先に移る時、いつもバッグを持ち歩いた。「きっとまた野球ができるように」。お守りだった。

 練習再開は3カ月後。自衛隊のテントが置かれている地元小学校のグラウンドに道具を持ち寄った。ユニホーム姿の隼翔選手は満面の笑みだった。

 柴田の野球部OBの父隆弘さん(47)を追うように、兄の航汰さん(18)に続いて県立の強豪を選んだ。震災10年の節目につかんだ甲子園の切符。「生きたくても生きられなかった人たちがいる。お前は訳あって助かったのかもしれない。色んな人に支えられていることへの感謝を忘れずに」。隆弘さんがよく口にする。

 点差が開いた試合、きつい冬の走り込み。歯を食いしばれるのは「震災のつらさに比べたら、何でもない」と思えるからだ。

 2月上旬、航汰さんがお年玉でバットを買ってくれた。小さい頃からずっと同じチームで、柴田の前主将。「打ってくれよ」と託された。

 2番打者として粘りのプレーが持ち味だが、東北大会では5試合で4安打。「打撃で貢献したい」とチーム練習の後に、最低100球のティーバッティングをこなす日々だ。

 バットを包むフィルムはまだ開けていない。玄関に飾って、眺めては気合を入れている。おろすのは甲子園の舞台と決めている。(近藤咲子)

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