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柔道・大野将平インタビュー詳細版「5年は逆に面白い」

五輪を延期した期間で「英気を養う」と話す大野将平(26日、奈良県天理市の天理大で)=大舘司撮影

 柔道の2016年リオデジャネイロオリンピック男子73キロ級王者で、東京大会の代表に内定していた大野将平(28)(旭化成)が、インタビューに応じた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で東京オリンピック・パラリンピックは延期が決まったばかりだが、2大会連続の金メダルを目指す決意は揺るがない。東京大会への思いや、王者としての思考法を語った。

■緩急つけて英気を養う

 ――東京五輪・パラリンピックの延期が決まった。

 「3月は、例年通りだとグランドスラム・デュッセルドルフ(ドイツ)が終わって、4月に福岡で全日本選抜体重別選手権がある。もう一踏ん張りというか、そういう時期。今年はまあ、そういった(新型コロナウイルス感染拡大の)影響があって、合宿や出稽古もなかなか難しくなった。ただ、ゆっくりできる時期でもあるので、言い方が難しいけど、緩急をつけて英気を養う。365日頑張れるわけでもないし。そういう感じかなと思う」

 ――金メダルを獲得した2016年リオ五輪からの4年間が、5年間になりそう。長期プランへの影響は?

 「逆に面白いんじゃないか。4年間が5年間になって。まあ、私だけじゃなくて全選手に当てはまることとしては、別に期間がどうなろうが、アプローチの仕方が変わるというだけ。私の場合は、4年であろうが5年であろうが、リオまでの4年間と同じことを繰り返していけば金メダルを取れるわけでもない。2017年に1年間(大学院の修士論文執筆のため競技を)離れたので、そういう意味でも帳尻も合うし、いいんじゃないか」

 ――さらに強くなることが可能?

 「とらえ方というか、どう考えるかは、選手それぞれ。混乱している選手も不安に思っている選手もいるだろうけれども、やることは変わらない。いつやるとか、次の試合をいつ設定するとか、目標というかゴールというのを決めた方が、選手としては間違いなくやりやすい。けれども、今は待ちの状態で、選手側がコントールできるような問題ではない。私も、合宿をやるのか、試合に出るのか、どういう状況になるか分からない。ただ、冷静に考えて、今月は合宿とか稽古をガツガツやるような時期ではないので、体も心もこの天理(拠点を置く母校の天理大)で休むという時期に設定しようと。内定というか、2月のGSデュッセルドルフで勝ったらそういう月にしようと、あらかじめ考えていた。狂いはない」

■先生方の方が大変

 ――約1年間延期というニュースを知った瞬間は、冷静に受け止めた?

 「まあ、普通にはできないだろうなという感じだったし、そればかりは私には何も言えない。正解はないというか、全選手が納得する形というのは、まずないと思う。そういったコントロールできない部分にストレスを感じていても仕方ない。私たちがやることは変わらない。それに、東京オリンピックが今年7月に開幕していたとして、終わった後は柔道をやらないかというと、私の場合はそうではない。先を見据えて、これも対応力だと思う。もちろん、そこで終わりと考えていた選手もいるだろうけど。選手以上に(全日本女子監督の)増地克之先生や(全日本男子監督の)井上康生先生は大変ではないだろうか」

 ――五輪への思いは変わらない?

 「いつ開催するかということとか、合宿があるか、大会がいつ開催できるようになるかということとか、その辺は気になるところではある。五輪の代わりの大会をどこかでもう一回挟まないといけないだとか、再選考だとか、考えなければいけない要素は色々とある。でも、延期になったからもう稽古をしなくていいとか、トレーニングをしなくていいとかいうことには、結局ならない。必死にやってケガをしたり、五輪開催前に気持ちのスタミナが持たなかったりという事態になったらよくないので、今は健康第一で、汗をかきに道場に来ているぐらいの気持ちでいる。どんな相手とやってもいい。楽しくやってもいい。真剣にやってもいい。いろいろなやり方ができる唯一の時間だと思う。そこは本当にポジティブにやるべき。練習ができない他の選手がいることは、もちろん気になる。柔道ができているだけで、ありがたいのかなと思う」

■覚悟を胸に「求められる存在」めざして

 ――「覚悟」という言葉を、よく用いる。自身にとって大切な言葉?

 「大切な言葉はいっぱいある。こうなったからには、覚悟ひとつで全然変わってくると思うし、自分自身がぶれなければ問題ないかな、大丈夫かなと思っている」

 「どういう形になるか、まだ分からないけれども、東京オリンピックで、そして柔道を通じて何かを伝えられたら。これは本当に常にというか、オリンピックだけではなく、ほかの国際大会を含めて、私はそう思って畳の上で戦っている」

 ――空手の西村拳選手など、いろいろなスポーツの選手と交流している。

 「西村選手とは昨日(3月25日)一緒にご飯を食べに行った。彼も柔道に詳しいし、私も世田谷学園(東京)という空手が強い高校出身なので、空手も詳しい。同じ武道で頑張っていけたら、と思って。深い話をしたわけではなく、普通の友達同士みたいにプライベートな感じで会った」

 ――大相撲の力士とも交流がある。他競技の選手から刺激を受けることは?

 「エネルギーを持っている人たちは、自然と共鳴しあうものだと思う。くだらない話もしているし、全てをとりいれている感じでは全然ない。最近考えるのは、求められる存在というか、『柔道の大野と話してみたい』と言われるような存在になりたい。他競技のアスリートから尊敬されるような、強いと思われる人間になりたい」

 ――その感情に至るようになったのは?

 「野村忠宏先輩だったり、井上康生監督だったり、他競技のアスリートからも求められる存在が近くに、そして同じ柔道界にいる。これは本当に誇りだし、自分自身もそういった存在に近づけたらいいなと。(だからこそ)同じ業界というか、柔道界という狭い中だけにいても仕方がないな、とも思う。オリンピックも、いろいろな競技を一緒にやる大会なので、そういうのも大事かな」

 ――「絶対的」という言葉も用いる。自身にとって絶対的存在とは?

 「勝負の世界に『絶対』はない。間違いなく、ない。絶対に近いのが『圧倒的』だと思ってきた。ところが、最近よくほかの選手も『圧倒的』を使うようになった。なので、その一つ上をいきたいなという感覚が出てきた。そこで『絶対的』。絶対はないけど、絶対に近いという。『大野だったら』という期待感を常に持たれる選手でありたいし、なおかつその期待を超えていく意味合いを込めて、東京オリンピックで絶対的な存在になれるように。その後も道は続く。鍛錬していきたい」

 ――1964年東京オリンピックの金メダリスト・岡野功さんが全日本男子を指導された昨年末、取材する報道陣に交じって聞き入っていた。心に残った言葉は?

 「私がリオで勝った後の言葉と、岡野先生が東京で勝った後の言葉が、すごく近いのかなと感じた。私はリオで『当たり前のことを当たり前にする難しさを改めて感じた』というニュアンスのことを言ったと思う。岡野先生も東京で『当たり前だと思われることを当たり前にやることは、こんなにも難しいとは思わなかった』ということをおっしゃっていた。そういう意味では、運命に近いものを感じている。ただし、まだ本当に足元にも及ばない。岡野先生みたいな『生きる伝説』に(次の)東京オリンピックで、少しでも近づきたい」

 おおの・しょうへい 1992年生まれ。山口県出身。天理大出。2016年リオデジャネイロオリンピック金メダル、世界選手権は13年、15年、19年に優勝。18年アジア大会優勝。1メートル70、73キロ。

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