影のMVPは順天堂・花澤だった――箱根駅伝「TVに映らなかった名場面」復路編――2018上半期BEST5

2018年上半期、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ部門の第4位は、こちら!(初公開日:2018年1月4日)。

【写真】駒大・工藤はこの後フラフラに……

*  *  *

 青山学院大の4連覇で幕を閉じた第94回箱根駅伝。筋金入りの駅伝好き集団「EKIDEN News」(@EKIDEN_News)の西本武司さん、駅伝マニアさん、ポールさんが、TVを見ているだけじゃわからない“細かすぎる名場面”を語り合う。復路編は6区山下り、シューズの話からスタート! (全2回 「往路編」も公開中)

◆ ◆ ◆

【6区】なぜナイキの新シューズをはかなかったのか

マニア 6区はやはり青山学院の小野田勇次。58分03秒と区間記録まであと2秒に迫る素晴らしい走りでした。金栗杯(箱根駅伝のMVP)は同じ青学で7区を走った林奎介に持っていかれましたが、青学優勝の起爆剤は小野田に間違いない。

西本 僕は東洋大学の下りに注目していました。東洋はナイキの「ヴェイパーフライ4%」というシューズをこれまでもほとんどの選手がはいているのです。今までランニングシューズは薄いソールがいいとされてきましたが、その常識を覆す厚底のシューズなんです。それによって往路を制したといっても過言ではないのですが、実は東洋のなかで5区の田中龍誠選手、6区の今西駿介選手の山担当の選手だけ履いていなかったんです。山を下った後の平地は上り坂のように感じ、足が動かなくなるらしい。でも、ここが6区攻略の鍵でもあるのですが、ヴェイパーフライ4%を履いた選手に聞くと、山を降りて箱根湯本の駅を越えても脚が残っていると。それだけ山下りに適した靴なのに、どうして履かなかったのか。

ヴェイパーフライをはかなかった東洋6区の今西選手(左)

 ゴール後、大手町で関係者と「なぜ今西選手はヴェイパーフライを履かなかったのか」と話題になったんですが、あれは合う、合わないが分かれるシューズらしい。誰でも速くなれるというわけではなく、シューズの良さを生かせない選手もいる。多分、今西選手にはヴェイパーフライは合わなかったんじゃないかと。

【7区】駒大・工藤の粘りの走りに拍手

ポール 僕はニューイヤー駅伝から箱根駅伝まで、ほとんどの選手の走りをみましたが、青学の林の走りがダントツで良かったと思いました。動く歩道を走ってるようななめらかな走りなんですよ。

西本 僕は駒澤大学の工藤有生です。途中からフラフラになったのをテレビで見た方も多いんじゃないでしょうか。小田原中継所で見たときはなんて素晴らしい肉体なんだと感動しました。海外選手と並んでも遜色のない体格と、立派で美しい脚の筋肉。本来ならエース区間の2区にエントリーされてもいいぐらいの選手です。

 その工藤がタスキを受ける写真を撮って新幹線に乗っていたところ(ニューイヤー駅伝観戦中に走って脚を負傷したため、復路は小田原から東京に直行)、工藤が蛇行を始めたというのを聞き、驚愕しました。あれだけフラフラだと止められてもおかしくない。でも、これはあまり指摘されてないけど、順位を落とさなかったのはすごい!

ポール 残り10kmほどを残してあの状態ですからね。あれが18km地点とかならまだ分かるんですけど。

西本 あれが駅伝主将としての姿です。底力がある選手なので、意地で走り抜けることができた。ツイッターでも先頭争いとは無縁なのに、瞬間的に工藤の名前がトレンド入りしました。

マニア 僕はポールさんと同じく林ですね。ハーフマラソン日本記録保持者の設楽悠太の記録を更新し、MVPも獲得したんですが、実は駅伝初出場なんです。だからみんなそこまで走るとは思っていなかった。でも、言わせてもらいたいのは栃木県で行われた「高根沢町元気あっぷハーフマラソン」で、‪1時‬間3分45秒で3位に入っている。さらに11月に行われた世田谷246マラソンで日本人トップを取っているんですよね。着実にステップアップしていて、僕はこれらのレースを見て、今年の箱根はやるはずだと確信してました。そもそも高根沢ハーフは池田生成(青学→引退)、下田裕太(青学)、渡邊利典(青学→GMO)など、箱根駅伝で活躍してきた青学の選手たちが、このレースをきっかけにブレイクしていったレースなんですよ。だから林も当然来るという兆しがあった。

西本 マニアさんはメディアで唯一、林の高根沢ハーフの成績を暗記して言える人です(笑)。ただこの記事を見て、「高根沢ハーフを見ればいいんだ」と思った皆さん。残念ながら、今年から大会日程が変わったため、青学は出ないこととなりました。

【8区】届かなかった20年ぶりの区間記録更新

西本 8区は頼まれてもないのに「区間記録達成への道」というコラムを書いた“8区マニア”のポールさんにお任せします(笑)。

ポール そうですね。勝負という面では林の走りで青学の優勝はほぼ決まっていたので、8区は青学の下田裕太が区間記録を出せるかという目線で見てました。僭越ながら区間記録更新への必要条件として僕があげたのは4つです。

 まずはチーム力。下田ほどの力のあるランナーを8区に置ける、選手層の厚い青学のようなチームであること。2つ目は暑さへの対応。下田は初夏の関東インカレハーフマラソンでも実績があるため、全く問題はない。3つ目は レース展開。青学の優勝は確実だったので、競り合うことなく、記録だけに集中できる。そして最後はレースコンディション。現在の区間記録は1997年に山梨学院の古田哲弘が出したもので、このときは強い追い風が記録を後押ししました。今回はこのレースコンディションだけが味方してくれなかった。ゴール後に下田はマネージャーに「たれた」と言っていましたが、それだけじゃない。海からの追い風が吹かず、運が良くなかった。ついに、8区は21年区間記録が更新されていないということになりました。

マニア もうひとつ、僕が注目したのは下田のダブルピース。彼はゴール後にいつもカメラに向かってピースをするんですが、今回は箱根を走ることができなかった主将の吉永竜聖も一緒にピースをして、めでたくダブルピースが完成しました。

【9区】東洋・小早川と握手した走路員の謎

西本 記憶に残っているのは鶴見中継所にいた走路員ですね。

マニア 走路員というのは、各大学の陸上部から派遣されるボランティアスタッフです。黄色いウエアを着てる走路員によって、箱根駅伝は運営されているんです。

西本 東洋大4年の小早川健が、ゴールした後に走路員を呼んで握手をしたんです。「彼は誰なんだ?」と気になり、ツイートで呼びかけたところ、まさかの本人から連絡がありました。なんと明治大学の中距離、保坂拓海選手だったんです。

マニア 走路員のなかに有名選手が結構いるんですよね。さすがに桐生祥秀はいませんが、短距離の選手もいます。

西本 保坂も4年生なんですが、彼に気づいた小早川が呼び止めて「4年間お疲れ」って言ったらしいんです。「お前もな」って言葉が交わされて。勝ち負けとは違うドラマがありました。鶴見中継所は往路でも立ち寄ったんですが、「すみません」と呼び止められた学連スタッフが明治大学主務の本橋佳樹さんでした。「『あまりにも細かすぎる箱根駅伝ガイド!』を送っていただき、ありがとうございました。来年は走れるように頑張ります」と声をかけられました。そうやって箱根を走れなかったけど、有力な選手が沿道にいるんです。

ポール 予選会に出た学校は箱根駅伝のボランティアスタッフを出しますからね。

【10区】順天堂・花澤の姿にもらい泣き

マニア まずは箱根駅伝、最後の給水です。

西本 10区の給水はすべてのドラマが詰まってますよね。ゴールシーンには立ち会えないけど、選手には声をかけられる。そこに誰を置くかはすごく重要。

マニア 今年は青学の4年生で優勝メンバーでもある中村祐紀が橋間貴弥に水を渡しました。

西本 それまでレギュラークラスで箱根を走ったこともある実力者の中村が給水メンバーとして走る。

マニア それだけ青学の層が厚い。中村は全日本大学駅伝は走ってるわけですから。ひとくちに給水といっても大変なんですよ。選手はキロ3分のスピードで走ってきます。短い距離とはいえ、そのスピードに対応する必要がある。だから、給水担当はちゃんとウォーミングアップをしてるんです。

西本 ピッチもきっちり選手に合わせて走り、給水ボトルを渡し、監督からの伝令や激励もこなす。誰でもできる仕事ではないんです。

マニア もうひとつ外せないのは、順天堂の花澤賢人。4年間で初めて駅伝を走ったんですけど、彼は高校のときに5000mで13分台の記録を持っているトップ選手。その選手が一度も走れなかったのには理由があって、強直性脊椎炎という難病にかかっていたんです。治療法も確立されていない病気ですが、それを乗り越えてようやく箱根駅伝の舞台に立った。鶴見中継所では10位と1分差の11位でたすきを受け取り、シード権争いというポイントもありましたから、走り出す前はドキドキしましたよ。

西本 花澤はたすき渡しのときにもう泣いてたんです。走る前から感極まって。

マニア やっと走れる。うれしくてたまらないですよね。その思いが伝わってきました。

西本 このシーンは何度見ても号泣します。色々なMVPがありますけど、EKIDEN Newsが勝手にMVPをあげるとしたら花澤です。

マニア ポール それはもう間違いないですね。

西本 さて、僕たちは12月31日に行われた早稲田大学のエントリーから漏れた選手たちによる男祭りを見て、1月1日のニューイヤー駅伝を見て、昨日・今日と箱根駅伝を観戦してきました。ここでEKIDEN Newsの活動は一旦終わりだと思うでしょうが、翌日1月4日は、‪朝6時‬前から行われる来年の箱根駅伝出場を賭けた駒澤大学の朝練を、校舎が見える多摩川の河川敷から眺めるというミッションがあるのです。そう、終わりのようで、今日からが新たな箱根駅伝への始まりなのです(笑)。

(「往路編」も公開中)

写真/西本武司、駅伝マニア(EKIDEN News) 構成/モオ

(「文春オンライン」編集部)

ジャンルで探す