映画公開で「アントニオ猪木」トレンド入り…本誌に語っていたアントンジョーク「10年、20年早いって言われる。人生の早漏だよ」

アントニオ猪木(1978年、写真:木村盛綱/アフロ)

 

 2022年10月1日、79歳で、この世を去った “燃える闘魂” アントニオ猪木さん。

 

 あれから1年――。プロレスラーとしての偉大な功績はもちろん、政治家や実業家としても数々の伝説を残した猪木さんのドキュメンタリー映画『アントニオ猪木をさがして』が、10月6日より全国公開されている。影響力は健在のようで、「X」には「猪木さん」「アントニオ猪木」などがトレンド入りした。

 

 猪木さんといえば、「元気ですかー!」「バカになれ!」など猪木語録ともいえる数々の名言とともに、ファンの間ではダジャレ好きとしても知られていた。

 

 

 映画のドキュメンタリーパートで、猪木さんとマサ斎藤さんの巌流島での決闘(1987年10月4日)を紹介している講談師・神田伯山は、9月20日、都内でおこなわれた完成披露試写会で、猪木さんの言葉の力について、こう語っている。

 

「なんの気ない言葉でも、猪木さんだからこそ、ありがたみを感じる。ダジャレを放ってスベっているときですらありがたい。それは、猪木さん自身に魅力があるから。

 

 猪木さんが発する言葉を聞くと、楽しいし嬉しい。もはや言葉を超越した存在。ダジャレがウケたりウケなかったりするのもチャーミング」

 

 2000年5月、猪木さんに電話でインタビューした本誌記者も、猪木さんのダジャレの “洗礼” を受けている。

 

 晩年の猪木さんは、実業家としての「最後の夢」として、「水プラズマ」を使った廃棄物処理の実現に情熱を傾けていた。記者とカメラマンは、そのお披露目イベントに出向き、無事、猪木さんの撮影は済ませた。ところが、担当者から「取材は後日、電話でお願いします」と告げられた。

 

 後日、記者が指定された時間に電話をかけると、最初に電話に出た担当者が猪木さんに取り次いでくれた。電話を代わった猪木さんに記者が自己紹介すると、猪木さんは開口いちばん「元気ですかー!」
と叫んでくれた。

 

 記者は、思いがけぬ第一声に「恐縮です! ありがとうございます!」と返した。このころの猪木さんは体調もあまりよくなさそうだったが、電話取材ですらサービス精神を忘れない人なのかと感激した。

 

 猪木さんは、水プラズマ事業について「コロナが落ち着いたら本格的に始動する」と語った。その際、記者が、失礼ながら過去に手がけた事業が物議を醸すことも多かったことを指摘すると、猪木さんはこう答えた。

 

「ご心配無用ですよ(笑)。心配したからって、その人たちがなんかやってくれるわけじゃねえんだから。私は私で、自分で走っていくわけですから。いいんですよ、人間は否定する奴もいて。肯定ばかりじゃ面白くないしね。

 

 いつもそうですけど、10年、20年前に俺が言ったことが、のちに実現して、『猪木さんは10年、20年早いんですよね』って言われる。まあ、早いって言われれば早いのかもしれないけど。しょうがねえな、人生の早漏だよ! ってね(笑)」

 

 いま振り返ると、このときも最後はダジャレだった。猪木さんの残した名言のひとつに、こんな言葉がある。

 

「道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ!」

 

 そう、誰よりもそれを具現化して生き抜いたのが、アントニオ猪木さんだったのだ。

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