体操・杉原愛子が膝に入れた3度のメス 次世代に伝えたい、怪我で「強くなれる」思考
リオデジャネイロ、東京と2度の五輪に出場した体操の杉原愛子さんは今年6月、競技生活に「一区切り」をつけ、第一線から退くことを発表した。中学時代から日本のトップレベルで戦い続けた競技人生は、華やかな経歴に彩られている一方、怪我との闘いの連続でもあった。時には手術に踏み切り、長期のリハビリを強いられる日々はアスリートにとって孤独でつらいもの。そうした“どん底”とも言える経験から、オリンピアンが得たものとは――。体操人として競技の魅力を伝えていくことを目指す杉原さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、世界での飛躍を期す後輩アスリートたちに向けて、自身が怪我から学んだことを明かした。(取材・文=THE ANSWER編集部・出口 夏奈子)
トレーナーが教えてくれたこと、大事なのは「焦る気持ちをいかに抑えられるか」
リオデジャネイロ、東京と2度の五輪に出場した体操の杉原愛子さんは今年6月、競技生活に「一区切り」をつけ、第一線から退くことを発表した。中学時代から日本のトップレベルで戦い続けた競技人生は、華やかな経歴に彩られている一方、怪我との闘いの連続でもあった。時には手術に踏み切り、長期のリハビリを強いられる日々はアスリートにとって孤独でつらいもの。そうした“どん底”とも言える経験から、オリンピアンが得たものとは――。体操人として競技の魅力を伝えていくことを目指す杉原さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、世界での飛躍を期す後輩アスリートたちに向けて、自身が怪我から学んだことを明かした。(取材・文=THE ANSWER編集部・出口 夏奈子)
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膝にメスを入れたのは、これで3度目だった。2021年夏の東京五輪後、杉原愛子さんは左膝の手術を受けた。すでに両膝に1度ずつメスを入れている。昨夏の怪我は練習中に負傷したというよりも、慢性的なものだったという。
「オリンピックが終わってから、9月に開催される大会に向けて新しい技の練習をしていたのですが、ちょっと膝に違和感があって、痛くて練習できなかったんです。以前、膝を怪我した時と同じような違和感だったので、手術を決断しました」
体操はその競技の特性上、両足着地や高い柔軟性が求められるため、怪我のリスクが高いと言われている。杉原さん自身もこれまで幾度となく怪我を経験してきた。負傷によってトレーニングができない期間はとてもつらく、そして余計に長く感じるものだ。
「怪我をして練習ができなくて、リハビリ期間も長い時は、リハビリ自体もすごく地味なトレーニングで面白くないし、早く実戦練習に復帰したいという気持ちが強いです。でも、その気持ちをきちんと抑えて、このトレーニングを毎日継続してやれば、復帰した時に前より強くなっている。そう信じて、地味なトレーニングの中にも楽しみを探しながらリハビリ期間を過ごしています」
大阪人らしく、もともとがポジティブな性格だ。「家族が仲良くて、比較的明るい家庭で育ったこともあって、(前向きに考えられるのは)性格的な部分も大きいと思います。それもあるけど……」と明かしてくれたのは、トレーナーからのアドバイスの影響だ。
「今、焦ったら復帰しても、また怪我につながると聞いたんです。だから地味だけど、今(リハビリ期間)が踏ん張りどころだ、と。ここを頑張れば、すぐに練習に復帰できるからと」
トレーナーからのアドバイスがきっかけで「頑張ろう」と思えるようになった杉原さんは、リハビリ期間中の地味なトレーニングにも前向きに励んだ。その結果、「以前よりも、できなかった技ができるようになった」と成功体験を掴むことができ、怪我をしても「弱点強化の期間」だと捉えることができるようになったという。
後輩たちへ伝えたい想い「焦ってやっても意味がない」
「例えば、足を怪我したとしても、上半身は使えるので、上半身の弱点を強化できるいい時期、強くなれる期間だと思って、リハビリに取り組めばいいんです。なので、リハビリはそういう期間だと考えて取り組んでいました」
それでも、ライバルの活躍を見聞きしたり、大会出場への意欲から焦りが生まれるものだ。焦りは禁物だと頭では理解していても、その焦りを抑えるのは簡単ではない。
「焦って早く復帰したところで、また同じ怪我をしたり、リハビリ期間が長くなったりするだけだとトレーナーから言われたからこそ、『焦ったらアカン』と思っていました。だから自分の弱い部分を、逆に時間をかけて取り組むようにやっていきました。焦ってやってもいい結果は出ないと思うので、焦る気持ちをいかに抑えられるか。難しいけど、その焦りを落ち着かせないと復帰できないと思ってやっていました。焦ったところで意味がない。言い方は悪いですけど、『焦ってやっても結局は怪我をする』と自分に思い込ませたうえで、『このトレーニングをやったら絶対に復帰できる』とリハビリに取り組んでいました」
さらに杉原さんにはもう一つ、成功体験がある。「病院の先生から復帰までに半年かかると言われていた怪我が、地道なトレーニングを続けていたら、3、4か月で復帰することができた」という。リハビリ期間中の変化は目には見えないが、時間が経てば変化は必ず出てくる。「そういう経験もあったからこそ、焦らずにいこうと思うことができた」と語る。
競技生活に「一区切り」をつけた杉原さんは、先輩競技者として、後輩たちにこんなアドバイスを送る。
「年齢が低いほど感情のコントロールが難しい。やりたい気持ちだけでやるんじゃなくて、怪我につながるということをきちんと教えたい」
そしてリハビリ中には、「このトレーニングを頑張ったら、復帰した時により強くなっているよ、ということも伝えたい」。
体操に限らず、どんなスポーツでも怪我はつきものだ。だからこそ、怪我とどう向き合うのかが大事になる。不運にも負傷してしまった時もすべてを悲観するのではなく、怪我に寄り添い、自身の状態を安定させることに注力したほうが、回復後にきっと大きく飛躍できる。第一線で活躍してきたアスリートたちの背中が、そのことを教えてくれている。
(THE ANSWER編集部・出口 夏奈子)
10/29 17:03
THE ANSWER