企業女性リーダー400人の94%が元アスリート 女子選手の起業家育成支援にEYが関わるワケ

競泳の元五輪代表選手で、引退後は国連児童基金(ユニセフ)の職員として発展途上国の平和構築・教育支援に従事し、昨年から一般社団法人「SDGs in Sports」代表としてスポーツ界の多様性やSDGs推進の活動をしている井本直歩子さんの「スポーツとジェンダー」をテーマとした「THE ANSWER」の対談連載。毎回、スポーツ界のリーダー、選手、指導者、専門家らを迎え、様々な視点で“これまで”と“これから”を語る。第4回のゲストは世界中で会計監査やコンサルティングなどを手掛ける大手グローバル・プロフェッショナルファームEYの関連会社であるEY Japanの佐々木・ジャネルさん。女性アスリートのキャリア・トランジションやリーダーシップについて全3回で議論する。今回は前編。(取材・構成=長島 恭子)

井本直歩子さんとEY Japanの佐々木・ジャネルさんが女性アスリートのキャリア・トランジションやリーダーシップについて議論【写真:回里純子】

井本直歩子さんとEY Japanの佐々木・ジャネルさんが女性アスリートのキャリア・トランジションやリーダーシップについて議論【写真:回里純子】

連載第4回「競泳アトランタ五輪代表・井本直歩子×EY Japanの佐々木・ジャネル」前編

 競泳の元五輪代表選手で、引退後は国連児童基金(ユニセフ)の職員として発展途上国の平和構築・教育支援に従事し、昨年から一般社団法人「SDGs in Sports」代表としてスポーツ界の多様性やSDGs推進の活動をしている井本直歩子さんの「スポーツとジェンダー」をテーマとした「THE ANSWER」の対談連載。毎回、スポーツ界のリーダー、選手、指導者、専門家らを迎え、様々な視点で“これまで”と“これから”を語る。第4回のゲストは世界中で会計監査やコンサルティングなどを手掛ける大手グローバル・プロフェッショナルファームEYの関連会社であるEY Japanの佐々木・ジャネルさん。女性アスリートのキャリア・トランジションやリーダーシップについて全3回で議論する。今回は前編。(取材・構成=長島 恭子)

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井本「以前から女性アスリートのビジネス分野への挑戦やキャリア・トランジションのサポートを行うEYが創設したプログラム『女性アスリートビジネスネットワーク(Women Athletes Business Network/以下、WABN)』に注目していました。今回、日本でのプログラムディレクターである佐々木さんとようやく直接お会いできて大変嬉しいです」

佐々木「本当に、やっと対面でお会いできましたね。私も今日を楽しみにしていました!」

井本「早速ですが、なぜEYが世界的に、女性アスリートのアントレプレナー(起業家)育成支援に関わることになったのですか?」

佐々木「以前、イギリスのEYがアメリカのテレビ局ESPN-W(スポーツ専門チャンネルESPNの女性スポーツ版)と一緒に、日本を含む世界中の企業の女性リーダー400人を対象にした調査を行ったんです。その調査結果で、女性リーダーの94%が、競技としてスポーツをしていたことが明らかになりました。つまり、女性アスリートと女性リーダーの間の強い関係性が、浮き彫りになったんですね。

 それから、スポーツをしてきた94%の女性リーダーのうち、57%は大学レベルで競技をしていて、80%の人はそのスポーツで培った経験がキャリアに役立っている、と答えました。私たちはこういう結果になるだろうと予想はしていたのですが、調査によって、より鮮明になりました。これが、EY本社がWABNプログラムを始めるきっかけの一つになったのです」

井本「男性でも同じことが言えるのかなと思うんですが、女性アスリートに限ったサポートを始めたのはなぜですか?」

佐々木「実は、男性アスリートはサポートしないのか? とよく聞かれました。でも、私たちEYは以前からビジネスにおけるジェンダー・ギャップの解消を、大きな目的の一つにしています。いくつかの国では、教育レベルでジェンダー平等のためのルール、法律があります。例えばアメリカの大学スポーツは法律によって男女平等が守られており(通称『タイトル・ナイン』)、女子学生のスポーツ参加率や競争力を高めることにつながっています。

 でも企業にはこういったルールはありませんから、自ら動いて企業や社会のジェンダー・ギャップを解消し、ジェンダー平等を加速させなければなりません。こういった理由から、EYのWABNプログラムが始まりました。WABNの目的は、女性アスリートたちのリーダーシップのポテンシャルを磨いて、スポーツで培ったスキルをビジネス界で成功を収められるように転換させて、キャリア・トランジションを支えることです」

井本「ビジネスの視点から、女性アスリートのポテンシャルを支えるというのは、私たちアスリートたちからするととてもありがたいですね。特に、アスリートのキャリア・トランジションやデュアルキャリア支援というのは数多くの組織や個人が取り組んでいると思うのですが、女性に特化したものは非常に少ないと感じています。日本の女性アスリート特有の課題もありますから、そういったところに配慮しながらスキルアップを支援するプログラムはとても貴重ですね。

 WABNプログラムのなかで特に素晴らしいと感じるのは、メンタリング・プログラムです。これは、女性のビジネスリーダーが、1年間、女性アスリートのメンターとなり、定期的にメンタリングセッションをしてもらうというものですよね。これによって、アスリートたちは何を得ているのでしょうか?」

アカデミーの1期目を実施し、素晴らしいスタートを切ったと話す佐々木さん【写真:回里純子】

アカデミーの1期目を実施し、素晴らしいスタートを切ったと話す佐々木さん【写真:回里純子】

アカデミー1期生から発言は活発「日本の女性アスリートも変わってきている」

佐々木「『グローバル・メンタリングプログラム』は、WABNの柱と言っていいと思います。グローバルのWABNプログラムには毎年、世界各国から選ばれた20名の女性アスリート(現役・引退は問わず)が参加しているのですが、彼女たち一人ひとりにメンターがつき、キャリア転換のためのアドバイスを受けられます。このプログラムによって、アスリートたちはビジネスリーダーや起業家、トップアスリートとの人脈を広げながら、ビジネス界での成功に必要なスキルのヒントを得ることができます」

井本「WABNプログラムは、グローバルでは2016年リオデジャネイロ五輪の時、日本では2018年の平昌五輪の時にローンチされましたが、今はグローバルのWABNとは異なる形態の、日本独自の『WABNアカデミー』として開催されているんですよね」

佐々木「そうです。まず、2016年から、日本人の女性アスリート数名をグローバルのプログラムに参加してもらうようにしました。でも、残念ながら語学力の問題で、毎年応募者数が少なかった。それで2018年に、日本でWABNプログラムを開始したんです」

井本「それは現在のWABNアカデミーとは別のプログラムでしょうか?」

佐々木「そうです。最初の2年間(19~20年)は、日本人アスリートの間に、WABNプログラムについての認知度が低かったので、まずは現役・引退は問わず、誰でも聴きに来られるスキル育成ワークショップを、パイロット・プログラムとして開催していました。これは四半期に1度程度開催していましたが、1回に20人程度の女性アスリートたちが参加してくれました。

 その際、WABNプログラムに登録してくれた女性アスリートとEYジャパンのメンターをペアにして、メンタリング・プログラムも始めました。東京2020の開催も近づいていたため、そうやって認知度を高めてきました」

井本「そして2021年、東京五輪・パラリンピック終了後、WABNアカデミーを日本でスタートさせました。なぜ、日本ではグローバルと同じ形態ではなく、アカデミーという形でWABNプログラムをスタートすることに踏み切ったのでしょう?」

佐々木「2年間、オープンのワークショップを開催してきましたが、続けて参加するアスリートは多くはなく、大きなインパクトを生み出せなかったんですね。そこで、オープン開催ではなく、参加者のターゲットを絞り6か月間継続して行う方向に舵を切りました。

 WABNアカデミーの開設をアナウンスすると、たくさんの女性アスリートたちが応募してくれました。そこから、書類とインタビューの選考プロセスを経て、ビジネス分野への進出やリーダーシップスキルの向上に意欲的な10人の女性アスリートを選出しました。6か月間のプログラムで、今年の1月からリーダーシップスキル育成を行いました。

 内容はグローバルのプログラムとほぼ同じですが、日本向けにカスタマイズしています。EYジャパンのプロフェッショナルらが講師を務めるセッションと、 1対1 のメンタリングを通じて、ビジネス界で必要とされる実践的なスキルを学ぶことができます」

井本「実際、アカデミーの1期目を実施してみて、参加者の反応はいかがですか?」

佐々木「すごく良いですよ! この1期生は本当に素晴らしいグループです。セッションは原則月1回の開催ですが、皆、とてもアクティブで、たくさん発言もします。実は私、始まる前までは参加者の皆さんがあまり発言しないのではないかと、少し心配していたんです。でも、日本の女性アスリートたちも、新しい世代は変わってきているんですね。素晴らしいスタートを切りました」

井本さんはWABNプログラムのなかで特にメンタリング・プログラムに注目しているという【写真:回里純子】

井本さんはWABNプログラムのなかで特にメンタリング・プログラムに注目しているという【写真:回里純子】

今後はメジャースポーツ出身の女性アスリートに「もっと参加を」

井本「具体的にはどんなテーマでセッションは行っているんですか?」

佐々木「最初のセッションはパーパス、存在意義についてでした。彼女たちは今まではアスリートとして、パーパスを実行してきた。そして今、自分自身を理解し、自分の持つスキルや、強みを理解し、新しいパーパスを創造しています。

 2回目は仲間から学ぶ、ピア・トゥ・ピアのセッション。参加したアスリートたちは皆、素晴らしいスキルやアイデアを持ち、それぞれの課題も持っているので、それらをシェアし、お互いから学ぶことによって、刺激し合ったり、一緒に解決方法を探ったりしてもらいました。このときのファシリテーターは、元サッカー日本代表の東明有美さんにお願いしました。

 アカデミーのセッションは6月に終了しました。改めて振り返ると、ビジネスの世界で新しい目標を達成するために、自信を持って去っていくアスリートたちの姿を見て、とても充実した気持ちになりました。また、何人かのアスリートは自分のビジネスを始める意欲が湧いたようです。

 今後はメジャースポーツ、例えばサッカー、水泳、柔道、テニス、ゴルフなど出身の女性アスリートたちにも、もっと参加してもらいたいですし、起業家精神を育てるためのコンテンツをさらに多く提供したいと思っています。そしてWABNの同窓会ネットワークが構築されることを期待しています」

■佐々木・ジャネル

 米カリフォルニア州出身。EY Japanのピープル・アドバイザリー・サービスのコンサルタントとして、グローバル企業にブランディング・人事ソリューションを提供。ダイバーシティ、エクイティ&インクルーシブネス(DE&I)、グローバル人材管理、働き方改革に重点的に取り組む。女性アスリートのビジネス分野への挑戦やキャリア・トランジションのサポートを行う、EYのグローバルが創設したプログラム、WABN(Women Athletes Business Network)のリーダー及び、日本プログラムのディレクターを務め、女性アスリートと女性起業家を積極的に支援。自身も体操競技を13年間以上続けた。

■井本 直歩子

 東京都出身。3歳から水泳を始める。近大附中2年時、1990年北京アジア大会に最年少で出場し、50m自由形で銅メダルを獲得。1994年広島アジア大会では同種目で優勝する。1996年、アトランタ五輪4×200mリレーで4位入賞。2000年シドニー五輪代表選考会で落選し、現役引退。スポーツライター、参議院議員の秘書を務めた後、国際協力機構(JICA)を経て、2007年から国連児童基金(ユニセフ)職員となる。JICAではシエラレオネ、ルワンダなどで平和構築支援に、ユニセフではスリランカ、ハイチ、フィリピン、マリ、ギリシャで教育支援に従事。2021年1月、ユニセフを休職して帰国。3月、東京2020組織委員会ジェンダー平等推進チームアドバイザーに就任。6月、社団法人「SDGs in Sports」を立ち上げ、アスリートやスポーツ関係者の勉強会を実施している。

(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。

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