ナダルが覆した「短命」の先入観。フェデラー&ジョコと競い合って。

タフマッチを制し、4度目の全米制覇を達成したナダル。その情熱はフェデラー、ジョコビッチとはまた違う魅力である。 photograph by Getty Images

 ノバク・ジョコビッチが消え、ロジャー・フェデラーが散った全米オープンは、ラファエル・ナダルの19回目となるグランドスラム優勝で幕を閉じた。これで、彼ら<ビッグ3>によるグランドスラム・タイトルの独占は丸3年、12大会連続となった。

 この間にナダルだけが経験していることがある。25歳以下の若手との決勝での対戦だ。

 昨年、今年と2年続けて全仏オープンでドミニク・ティームを下し(今年の対戦時に25歳)、そして今回は23歳のダニール・メドベージェフの挑戦を退けた。

 いずれも、もしナダルが敗れたとしたら、2014年の全米オープンで当時25歳だったマリン・チリッチ以来の若きグランドスラム・チャンピオン誕生となっていた。そこには、フェデラーやジョコビッチ、アンディ・マレーやスタン・ワウリンカとの対戦とは違うプレッシャーがあるのではないか。

 そう聞かれたナダルは、軽く笑い飛ばした。

「僕たちの時代はもう十分じゃないかな。15年にもなるんだよ。遅かれ早かれこの時代は終わるし、近づいてきていると感じる。僕は33歳で、ノバクも32歳。ロジャーは38歳だ。時間は止められない。

 だからそんな心配はあまりしていないよ。テニスはいつだって、次の時代のすばらしいチャンピオンが生まれてきたじゃないか」

メドベージェフも全力を出し切った。

 世代交代の主役となる資格を持って決勝に進んできたメドベージェフは、いわゆる初代ネクスト・ジェンの一角。アレクサンダー・ズベレフやステファノス・チチパスに遅れをとっていた印象だが、この夏のハードコート・シーズンで大ブレークした。

 全米オープンも含めて出場した4大会全てで決勝に進出。うちシンシナティではマスターズ初優勝を遂げ、今年の勝ち星数でもツアートップに躍り出た。

新しい悪役からナイスガイに。

 198cmの長身からのビッグサーブと、長いリーチを生かした守備力と破壊力は予測不能のショットを生み出す。ナダルの2セットアップから追いつき、最終セットも最後の最後までわからない展開にスタジアムを熱狂させた。あとでメドベージェフはこう振り返っている。

「僕がやることすべてにラファは答えを出してくるように感じていた。だから次々と新しいことにトライしたんだ。ネットにも出たし、ドロップショットやスライスも使った。やれることは全てやった。今持てる力を全部出し切って負けたのだからしょうがない」

 今大会中は、ボールパーソンからタオルを奪い取るようなマナーの悪さを見せ、主審をなじり、ファンに対して扇情的にふるまい、すっかり<新しい悪役>というポジションを得ていたメドベージェフ。そうした出来事が嘘のように、決勝での彼はただただ才能豊かなプレーヤーで、表彰式でもとびきりのナイスガイだった。

 偉大な選手は、こうして別の偉大な選手を育てるのかもしれない。

優勝まで一番年数がかかった全米。

 表彰式に先立って、センターコートのスクリーンにはナダルの19回の優勝シーンが初優勝から順に番号とともに映し出された。

「1」は2005年の全仏オープン、「2」「3」「4」も続けて全仏だ。「5」に'08年のウィンブルドンがきて、「6」が'09年の全豪オープン。初めて全米オープンが登場するのは「9」――優勝までにもっとも年数のかかった大会だった。

 初出場の2003年から数えて8年。全米オープンのサーフェスやボール、気候などあらゆる面でもっとも自分のテニスを順応させにくいトーナメントだったという。

 クレーコート・プレーヤーの苦手は芝というケースが多いが、ナダルは芝での難しいフットワークが苦手ではないと感じていた。

 フェデラーの下で丸3年間も2位であり続けたナダルが、ナンバーワンになるために、クレーコート以外でもフェデラーを破るために、次に狙いを定めたのはウィンブルドンだった。

 ベースラインの中に入って、より攻撃的なプレーを身につけ、ネットプレーを磨いた。その結果、'06年の決勝進出で世界をあっと言わせ、次の年も準優勝して芝での可能性を証明し、翌年にはついに決勝でフェデラーを破って1位の座も奪い取った。

30代で5度のグランドスラム制覇。

 こうして、クレーから芝までのヨーロッパ・シーズンに全精力を注ぐナダルは、シーズン後半に息切れ状態で苦手なハードコート・シーズンを迎えなくてはならなかったのだ。

 弱点といわれたサーブを強化し、1年を戦いきるスタミナをつけ、到達したのが決勝でジョコビッチを破った2010年の全米初優勝だった。

 しかしそのジョコビッチにはその後、6連敗、7連敗という辛酸をなめさせられた時期もあった。得意のクレーコートですら黒星を重ね、全仏オープンの準々決勝で完敗した2015年には、もうナダルの時代は終わったと囁かれたものだ。次の年は3回戦で姿を消している。それが、その翌年から3連覇とは……。

 フェデラーとジョコビッチ、このライバルたちがいなかったら、今のナダルはいないだろう。

 次の目標のために課題を見つけ、自分のテニスを少しずつ変えていく。

「そのプロセスが楽しくなければ、こんなに長く続けてくることはできなかった」とナダルは言う。テニスへの献身が求められれば求められるだけ強くなり、ナダルの「楽しむ」は別の次元に到達した。

 30代を過ぎてから手にしたグランドスラム・タイトルの数はこれで5個。フェデラーやジョコビッチ、ロッド・レーバーケン・ローズウォールという新旧のレジェンドたちとのタイ記録から一歩抜け出し、単独記録となった。

 こんなことを予言できた人はいただろうか。

20回ものサーブ・アンド・ボレー。

「全てのポイントがマッチポイント」というのは、ナダルのテニスを表すわかりやすい表現だ。ただ、限界まで鍛え抜かれた肉体や研ぎ澄まされた精神は、疲弊するスピードも速く、短命が予想されていた。

 思えば、ナダルのキャリアは人々の先入観や固定観念との闘いであり、それを覆す偉業達成の連続だ。

 今回の決勝戦では、20回もサーブ・アンド・ボレーを試みたクレーコート・キングの姿に皆が驚いた。若くパワフルな23歳とのベースラインの長い打ち合いを避けた戦術は、なんと85%の成功率をおさめている。ナダルの進化の歴史を見せつけた戦いぶりだった。

ナダルが考える「幸せ」の意味。

 19回の優勝シーン映像を、目を潤ませながら見つめていたナダル。のちの記者会見でそのとき何を考えていたのかと聞かれ、「年とったな、って」と答えて笑わせた。上にはフェデラーの「20」という記録があるが、年の差とロランギャロスという牙城の存在を考えれば、記録の更新は十分にありえる。

 しかしナダルは、記録好きの記者たちを諭すように語った。

「自分がそんな偉業を成し遂げられるなら最高にうれしい。でも、僕は今、グランドスラムのためにテニスをやっているんじゃないんだ。もっと獲りたいかと言われたらもちろん獲りたい。だけど結果がどうなったとしても、それによって幸せになったり幸せじゃなくなったりするわけじゃない。

 幸せっていうのは、どれほど力を尽くしたかという自分の中の満足感から生まれるものだから。そういう意味で僕はとても穏やかでいられるし、自分に満足している」

 いったいどれだけのエネルギーを注ぎ、どれだけの苦難を乗り越えれば、33歳でこんなことが言えるのだろう。

 アスリートの境地に立つナダルの可能性は狭まるどころかより広がりを見せ、世界中のファンを、テニスに関わるあらゆる人々を魅了している。

(「テニスPRESS」山口奈緒美 = 文 / photograph by Getty Images)

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