北京五輪4継の日本の“繰り上げ”銀。原因の選手は「何も話したくない」。

世界リレーの会場で、「繰上げ」銀メダルを授与された、(左から)朝原宣治、高平慎士、末續慎吾、塚原直貴。 photograph by AFLO

 5月12日。世界リレーが行われた、横浜国際総合競技場。

 北京五輪4×100mリレーで銀メダリストの塚原直貴、末續慎吾、高平慎士、朝原宣治は揃いのスーツに身を包み、笑顔で表彰台に上った。

 国際陸連のセバスチャン・コー会長から銀メダルを授与されると4人は笑顔で集まった観客に大きく手を振った。

 今回の銀メダル授与式は、北京五輪の同レースで1位のジャマイカチームからドーピングで処分された選手が出たためだった。彼らの金メダルが剥奪され、日本は3位から2位に繰り上がった。

末續「自分が走っていた頃から……」

 銀メダル授与に先立って4人は記者会見に臨んだ。冗談やちょっと天然な発言もあり、笑いがあふれる会見だった。

 だがドーピングに関する質問が飛ぶと、末續慎吾は真剣な表情でアンチ・ドーピングを強く訴え始めた。

「ドーピングというのは、物心がつき、自分が日本代表として走っていた頃から(陸上界には)あった。頭の片隅で、ある程度分かった上で競技をやっていた」と競技人生とドーピング問題について語った後に、こう続けた。

「スポーツにはルールがあり、守らなければいけないものだと思う。スポーツにドーピングがあるのは、(その時点で)スポーツではないと思う。日本人としての思想のなかで、ほかの3人もアンチドーピングの気持ちを持って戦ってきた。それを誇りに思うかは分からない。でも、アンチドーピングの気持ちを持たなければならないし、それによってスポーツが洗練、そして成熟していくと思う」

 静かな怒りを感じた。

 2008年から11年。ドーピングをした選手がいなければ、彼らはもっと前に銀メダルを手にすることができていたのだから。

メダル剥奪の原因になった選手が復帰。

 4人が銀メダルを受け取った約3時間後、大会最後の種目、男子400mリレーの決勝にはジャマイカの金メダル剥奪の原因を作ったネスタ・カーターの姿があった。出場停止処分が終わり、再び、世界の舞台に出てきていたのだ。

 カーターが1走を務めたジャマイカは38秒88で6位に終わったが、チームメイトたちと穏やかな表情で引き揚げてきた。

 カーターとは既知の間柄だ。向こうから「久しぶり」と声をかけてきた。

「久しぶり。元気だった? レースはどうだった? 会場の雰囲気は?」

 ゆっくりと質問を投げかける。

「みんないい走りをしたから、結果には満足。日本の皆さんは親切で、日本が大好きだよ。雰囲気もとても良かったし、また日本に戻ってきたい」

 こちらが本当に聞きたい質問など予想もつかないだろう。ニコニコと笑顔で饒舌に答えてくれた。

「何も話したくない」と言うと走り去った。

 意を決して核心に触れる。

「あなたの薬物違反でジャマイカは金メダルを剥奪され、日本が繰り上がりましたが、それについてどう思っていますか」

 カーターの顔からサーっと血の気が引き、表情が一気に強張った。視線が宙を泳ぎ、必死で言葉を探している。

 沈黙が続いたが、言葉を発するまで待つつもりだった。無言の圧力を感じたのかしばらく経って、なんとか言葉を絞り出した。

「何も話したくない」

 頭に血が上りそうなのを抑えて、聞き返した。

「何も?」

 カーターは目を合わせず、再びつぶやいた。

「何も話したくない」

 そう言うと、着替えの場所に駆け足で去っていった。

反省でも無実の訴えでもよかったのに。

 カーターが、まるで初めてその質問をされたかのような表情を見せたのに驚かされた。一般的にドーピングで処分された選手たちは、使用した理由がどんなものであっても定型句の答えを持っている。

「自分はすでに処分期間を終えた」

「コーチやトレーナーにはめられた」

「自分はやっていない。何かのまちがいだ」

 そんな言葉をこれまで何度も何度も耳にした。世界リレーという世界の舞台に出てくる以上、ドーピングに関する質問はある程度予想できたはずだ。でも、カーターの表情には戸惑いしかなかった。

 ジャマイカではドーピング関連の質問をされなかったのか。

 ドーピング関連の質問をされることを予想していなかったのか。

 金メダルを剥奪されたことを責められたことはなかったのか。

 日本やほかのチームが被害に遭ったこと、彼らに対する申し訳なさなどは感じていないのか。

 薬物を使用したなら「反省している」と、無実ならばそれを訴えればいい。何も話さないのが最も卑怯な気がする。

 足早に立ち去るカーターの背中を見ながら、胸にざらりとした感触が走ると同時に、怒りを感じた。日本の4人がこの場にいたらどうなっていただろう。そう思うと同時に、彼らがここにいなくて良かったとも思った。

 カーターへの失望と安堵から大きなため息が出た。

繰り上げで笑顔が戻るわけではない。

 2017年ロンドン世界陸上の場で、今回と同様に2007年世界陸上以降にドーピングの違反の影響で順位が繰り上がった選手たちの表彰式が行われたが、メダルを受け取った選手たちはみな心からの笑顔ではなかった。

 大阪世界陸上女子1万m銅から銀に繰り上がったアメリカのガウチャーは、「ずっと、自分は実力がないのに運でとれたメダルなんじゃないかと思っていた。でもあの時に銀メダルだったら、その後、もっと自信を持って競技人生を送れたと思う」と泣きじゃくった。

 北京五輪4×400mリレーでメダルを逃し、繰り上げで銅メダルになったイギリスの男子選手は「レース後に悔しくて、着替え場所の椅子を蹴った。今もはっきり当時の悔しさを覚えている」と言いながら号泣した。

朝原「最後のチャンスでメダルが取れた」

 日本の4選手は、五輪の舞台で銅メダルを受け取っているので、4位から3位に繰り上がった選手とは立場が異なる。

 そして朝原が「10年近くリレーを走ってきたが、メダルの壁があった。メダルは不可能だと思ったこともあったけれど、諦めずにやってきて最後のチャンスでメダルがとれた」と話したように、運ではなく実力でとった銅メダルだった。だからこそ、銀メダルに繰り上がった際にも涙がなかったのだと思う。

 4人だけではなく補欠としてサポートした選手、そしてスタッフは、悔しさ、複雑な気持ちを抱えながら、違反が発覚してからの3年を過ごしてきたはずだ。涙がなかったことは救いではあったが、心の中で泣いた瞬間はまちがいなくあったのではないだろうか。

 末續は「これからは銀メダリストとして生きていく」と話したが、もしあの時に銀メダルを受け取っていたら、彼らの競技人生はどう変わっていただろう。考えると胸が締めつけられる思いだ。

 日本陸連は会見の場でアンチドーピングを強く推進していくことを発表した。クリーンな土壌作り、そしてそれを世界に積極的に発信し、これ以上の被害者が増えないように努力してほしい。それを切に願っている。

(「Overseas Report」及川彩子 = 文 / photograph by AFLO)

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