スケボーではいま日本の4番手。平野歩夢は五輪より「楽しむこと」。

「高さやスピード、自分にしかできない魅力的な滑りを伝えられれば」と思いながら滑ったと語った平野。 photograph by Asami Enomoto

 3月15日、大会前日の鵠沼海浜公園は、平日とあってまだ人影もまばらだった。

 インラインスケートを楽しみにきた大人たちやビギナーズエリアでえっちらおっちら練習するキッズの姿が、湘南の海をバックにのどかな雰囲気を作り出していた。

 そんな風景に溶け込むようにして、平野歩夢は白いTシャツ姿で調整に励んでいた。

 弟の海祝(かいしゅう)らと話しながら、時おり白い歯をのぞかせる。すでに数台のテレビカメラが一挙手一投足を追いかけていたが、それを特別気にするでもない。その表情が雪上にいるときよりもぐっと身軽に感じられたのは、分厚いスノーボードウエアを脱ぎ去ったせいばかりではないように見えた。

 平野の父・英功さんが以前に言っていたことがある。スノーボードの大会に息子を送り出す心境についてだった。

「腕1本、2本の覚悟はしている。命だけは何とか取らないでくれと思っている。今はそういう領域の技をやっているから」

スノボは楽しいより苦しい。

 平野自身も同じように考えていた。

「(スノーボードでは)楽しいより苦しいことの方が全然上回っている。楽しくやるんだったらコンテストライダーではいられない。楽しさ以上に自分を追い詰めてまでやらなきゃいけない部分を感じている」

 実家が地元でスケートパークを運営していたため、4歳からまずスケートボード、それからスノーボードを始めた。

 初めから大それた目標があったわけではない。子供の戯れに始まり、カッコよくなりたい、もっと高く跳びたい、あこがれの選手と戦いたい、と段階を踏んで成長してきただけだった。

大ケガの危険性があるが。

 だが「遊び」として始めたスノーボードも、フロントランナーとなった今では別物に変わってしまった。

 平昌五輪前年の2017年3月には着地の失敗で左膝と内臓を損傷、生死に関わりかねない大怪我を経験した。極限を越えた先に、さらに命をむき出しでさらすような技に挑まざるを得なくなっている。

 スケートボードにも大けがの危険性は同じようにある。だがスケーターとしての平野の滑りはまだ極限には達しておらず、挑まれる王者の立場でもない。スノーボードでは失われた「楽しむ」余地が、ここにはまだ残っているのだった。

“デビュー戦”となった16日のスケートボード日本オープン・パーク選手権、大会当日になるとパークの外まで人がごった返し、メディアも大挙して押しかけた。IOCの公式インターネットテレビ局も平野だけを目当てに取材にやってきた。

「リスクとかプレッシャーは今まで以上にすごく大きくて、何かに挑戦するってことはそれだけの注目も受け止めないといけない。そういう点でも人が経験できないところを、いま、前を向いて走っていると思う。その経験によって今まで以上に強くなることができればと思って挑戦した」

「共通するものは必ずある」

 自らを取り囲む喧騒の中で、他の選手とは明らかに違うオーラを醸し出しながら、平野はスピードと高さを武器にしたランで沸かせた。メソッドエアーやバックサイド540の高さは他の誰もまねできない圧倒的なもの。その特長は雪上での滑りとも共通するものだった。

「2つの競技をやってみて、共通するものは必ずあると思う。それを探しながら、このチャレンジに挑んでいるところもある。僕自身の滑りでも、高さだとか、スノーボードやってるからこういう滑りができるんだよなっていうのを、少しでも感じてもらいたい。自分にしかできない魅力的な滑りがちょっとでも伝わればと思って今日は滑った」

「まさか」の表彰台ゲット。

 結果は66.87点で、昨年のアジア大会優勝の笹岡建介(72.40点)、永原悠路(66.90点)に続く3位。五輪出場のために必要な五輪ランキングポイントを獲得するには、今大会と5月の日本選手権の総合成績で上位3人に入り、海外派遣される強化候補選手に選ばれる必要がある。

 今大会で上位に入れなければ東京五輪への道は早々に閉ざされていた可能性もあった。しかし平野自身が「まさか」と驚いた表彰台ゲットで、世間の関心もこの先へとつながった。

 そして、やはり印象に残ったのはスノーボードでの緊迫感とは少し違った楽しげな顔である。

プロスケーターからも感謝の言葉。

 試合後の平野にスノーボードの大会よりも楽しそうだったねと聞いてみると、「そうですね。まあ、確かにそう」と答えて再び表情を緩めた。

「スケートボードは楽しんで(滑る)。スノーボードよりも楽しむことがメイン。本当にみんな上手なので、そんなに簡単にはいかないのが現実だと思う。楽しめて、結果よりもそこが次につながればいいかなって」

 今大会でMCを務めたプロスケーターの上田豪は、名声に傷をつけるリスクを恐れず、スケートボードの普及のために出場を決めた平野に感謝を込めて言った。

「僕は彼が小さい頃から滑りを見てきた。高さを特徴にするためにはその前の動作がすごく大事で、踏む力、そしてそれを素直に上に持っていく力。1つ1つの点と線を結びつける能力がすごく高い。そこはスノーボードともがっちりつながっている。

 ただしスノーボードであれだけすごくなったのは、スケートボードのバーチカルをやっていたから。彼はスノーボードからスケートボードに来たんじゃなくて、スケートボードから来たからスノーボードがある。そして、今回その原点に戻って滑ってくれた」

挑戦したことで何か伝われば。

 現在の序列は日本の3番手。ストリートを専門とし、昨年のパーク世界選手権でも6位になった堀米雄斗を加えれば、4番手とも考えられる。

 代表の座を得ることは容易ではなく、海外勢の壁はさらに高い。それは平野も分かっていることだ。ただしそれで悲観的になるわけではない。

「みんながあまり挑戦しないものにチャレンジしたことで、少しでも何か伝わればいい。この競技を始めたいとか、もっとうまくなりたいとか、夢を大きく、オリンピックを意識して頑張ってくれればありがたい。夢をさらに大きく持つことで、子供たちの未来が広がればいいなと、そう考えています」

 挑戦するから背負うものがあり、挑戦したから脱ぎ捨てられたものもある。

 東京五輪。その一点に縛られることなく、平野はスケートボードの上で今までと違う解放感とプレッシャーを楽しんでいる。

(「オリンピックPRESS」雨宮圭吾(Number編集部) = 文 / photograph by Asami Enomoto)

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